Garnet
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Garnet -8-
「それで? ジャケット返さずに今も持ってるんだ?」
「ぐぅ……」
カフェの一件があった翌日、急遽時間が空いた為に久しぶりに訪れた伍番街の教会の中で、花の手入れをしていたエアリスに痛いところを突かれた。来るなり昨日までの一連の話を休みなしで説明し、ひと通り話を聞いたエアリスは呆れ顔でこっちを見ては私の心にグサグサと容赦なく槍を刺してくる。
「未練、たらたらだね」
「うぅ、返す言葉もございません……」
わかってます、わかってますよ! でもでも、ジャケットの匂いとかたまに存在を見え隠れさせられるとどうしても気になっちゃうと言うか。なんて『でも』しか言葉が浮かばないのが嫌で何も言えずに黙っていると、痺れを切らしたエアリスが口を開いた。
「それにしても、驚いたなぁ~」
「……何が?」
「ナナシが言ってた、赤い石の男の子がまさかレノだったなんて!」
小さい頃から一緒にいたエアリスには、昔の思い出はもちろん話している。あの頃は素直に嬉しい気持ちだけで彼の事話していたっけ。当時のエアリスもまるでおとぎ話を聞いているかのように目をキラキラさせて聞いてくれていた。まさかそのおとぎ話の王子様がタークスのメンバーの一人だったなんて、そりゃあ驚くのも無理はない。想像つかないね、とクスクス笑うエアリスに私も素直に微笑み返した。
「長い初恋だったし、すぐに忘れられないのも無理ないんじゃないかな」
「エアリス……」
彼女らしい温かい笑顔で励ましてくれるその姿が天使かと見間違うほど綺麗で、心が洗われるような気持ちになった。思わずお母さんと言ってしまいそうになるけど言ったら怒られそうなのでやめた。すると、エアリスは「でも!」と急にしかめっ面に変えて、私にずいっと詰め寄ってきた。
「ナナシは素直にならないとダメ!」
「え、えありす……?」
「昔っからそう! ナナシは一番欲しいもの、欲しがらないよね」
すぐ自分から離れちゃうクセあるよ、とエアリスに言われて頭にハテナが飛び交う。そんなこと、考えたことも無かった。言われてみれば、何かと諦めていた所はあったかもしれない。人を信じられる環境に居られなかったからか、踏み込み過ぎるのを無意識に止めていたのかもしれない。
「や、でも最近は結構わがまま言ってるつもり……」
「モノは、でしょ! 人は? 傍に居てほしいって誰かに言ったことある?」
「ぐ、それは……」
ぐいぐいと畳みかけられてたじろぐ私に、更にエアリスは優しく微笑んでこう続ける。
「欲しいものは欲しいって言ってもいいと思うよ?」
ナナシはもう弱くないでしょ? とまるで呪文のように、その言葉がもやついていた心の霧を晴れやかにした。そっか、私はもうあの頃の逃げていた自分とは違う。向き合わなきゃ、いけない時なのかな。
「そうだね……まだちょっと、自信ないけど」
「一歩ずつ、だね」
「うん、ありがとう、お母さん……」
「私はナナシのお母さんじゃありませーん!」
「あはは!」
お互いに声を上げて笑い、久々に笑ったなと温かい気持ちが湧き出てくる。エアリスに会えて本当に良かったな。神羅に来て嫌な毎日に光を灯してくれた大事な友達。
「ずっと友達でいてね、エアリス」
これが、私の初めて言う『素直なわがまま』だよ。
◇
「あーぁ、もうちょっと居たかったなぁ」
時間というものはあっという間に過ぎるもので、時間だと迎えに来た秘書に連れられてトボトボとスラムを歩く。
「これからまた講習があるんですから、仕方ないですよ」
「えぇ、大丈夫、ちゃんとやるわ」
やりたいことなんだから嫌になるわけないでしょう。と言いつつもエアリスとの楽しい時間が終ってしまって露骨に寂しい顔をしてしまい、また秘書に軽く怒られた。
「おい」
すると突然、背後から知らない声に呼び止められた。声の元へ振り返ると、そこには見覚えのある顔。あの時石を盗んだ男だ。相変わらずあからさまな怒気を隠すことなくこちらを睨んでいる。
「……今日は何か?」
「お前、神羅の社長の娘だったんだな」
あぁ、ニュースを見たのか。どんな報道されていたんだろうと呑気にもそんなことが頭をよぎる。
「それが何?」
「大人しく、ついてきてもらおうか」
男がそう言うと同時に周りから数人の男が姿を現し、私と秘書を囲んで逃げ道を塞がれた。しまった、護衛をちゃんと連れてくればよかった。兄が口うるさく言っていたことを守らなかったことを今更後悔する。言いつけを守らなくてごめんなさい、お兄様。
ちらりと隣を見れば、秘書がぶるぶると恐怖に震えていた。せめてこの人だけでも逃がせられないか。
「標的が私だけなのならこの人は解放してほしいんだけど」
「ナナシ様⁉」
「一緒に来ても邪魔になるだけよ、必要ないわ」
とんでもない要求に、秘書が驚きの声を上げる。男たちも驚いた様子だが落ち着いた様子で私に話しかけた。
「それはできない。一緒に来てもらう」
「なら、私はここで舌を噛んで死のうかしら」
我ながら無謀な取引している。でも、ここで怯んだらこれまでの努力が水の泡だ。真っ直ぐ迷いのない瞳で彼らを睨むと彼らは少しだけたじろぎ、少し考えてから仕方なさげに溜息を吐いた。
「お前が抵抗したらすぐにそいつを殺す」
「えぇ、じゃあ交渉成立ね」
私は泣きそうな顔で見つめる秘書に安心させるように笑いかけ、持っていたレノのジャケットを彼女の腕に押し付けた。
「これ、持ち主に早く返さなきゃいけなかったの! お願い、代わりに返しておいてくれない?」
ごめんねえと明るくそう言うと、秘書はきょとんと目を見開く。私はハグするように秘書に体を寄せ、耳元に口を近づけ男たちに聞こえないように話しかけた。それを聞いた彼女が小さく頷いたのを確認して、男たちの前に歩み寄る。
「さぁ、どこに連れて行ってくれるのかしら?」
手足が震えている、なんてバレちゃいけない。