Garnet
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Garnet ―7―
———娘がセフィロスと婚約。
そう父が紹介し、まさに今歓喜の目に曝されている。ざわめく会場。そりゃそうだ、娘がいるのも今初めて発表されたし更には今一番有名と言っても過言ではない相手との婚約発表。おそらく今日一番のビッグニュースと報じられるのだろう。
正直、こんなことで有名になるつもりは欠片も思っていなかった。本当は、実力でのし上がりたかった。その為に今まで沢山のことを学んできたのに。
結局父は、この会社とセフィロスをより強固に繋ぎ止める手段でしか私を見ていないのだ。まぁその代わりと言ってはなんだけど、結婚すれば神羅の会社経営に携わらせてもらう約束だから文句はないのだけれど。セフィロスには悪いけど、ここは私も手段を選ばない。そう考えたら、相手がセフィロスで良かったのかな、なんて。
「浮かない顔をするな、嘘がばれるぞ」
これでもかというくらいの視線を浴びながら暗い顔をしていた私にセフィロスが小声で苦言を呈した。
「そういうセフィこそ、全然笑ってない」
「俺はいつもと変わらない」
「無表情でも綺麗って、ずるいわね」
仕方なしに、自分たちに歓喜の眼差しを向ける人たちへにこりと微笑む。これからの私の仕事は、この人たちを魅了して味方にしていくことなのだから。もう私の戦いは始まっている、そう気持ちを引き締めた。
◇
「疲れた……」
娘の存在発覚と婚約発表がなされた後は、少しの休息もなく招待客一人一人への挨拶。ノンストップで愛想笑いさせられて、顔の筋肉が引きつりそう。更によそ行きの声でずっと話していたから異常に声が渇いている。最後にドリンク飲んだのいつだったかすら覚えてないくらい怒涛の時間だった。一段落ついたところで流れるように会場の外に逃げ、そこにあるベンチに座って項垂れた。
「ナナシ」
「セフィロス、あ、フルーツ!」
「何も食べてなかっただろう」
「嬉しい、お腹がすいてどうにかなりそうだったの」
気を利かせて持ってきてくれたデザートのフルーツを一つ口に運ぶと、口の渇きと空腹が少しだけ癒される。幸せそうな表情で食すナナシをセフィロスは静かに見守った。
「セフィは、婚約とかそういう話嫌いだと思ってた」
よく承諾したねと小さく呟くと
、俺にもちゃんと理由はある、と溜息交じりに言う。
「好きでもない女に言い寄られることにほとほと参ってたところだ」
「防衛措置、ってとこかしら?」
「随分な言いようだな。そんなことでナナシを使ったりはしない」
「ふーん、そうなの?」
セフィロスは何を思ったか首を傾げる私の手をそっと取り、その甲に唇を寄せた。ちゅ、と口づけられ、思わず「へ?」と変な声が出てしまう。
「ナナシだから、してもいいと思っただけだ」
何と恐ろしいこと、普段無表情な麗人が微笑するとここまでの破壊力があるのか! 思わず顔を紅潮させてしまった。それを見たセフィロスは満足そうに喉を鳴らす。
「ふ、揶揄いがいがあるな」
「……っな、なんですってぇ」
揶揄ったのかと羞恥心と怒りでセフィロスの腕をポカポカ叩く。セフィロスはくつくつ笑いながらそれを受けた。
すると急に、何かに気付いたセフィロスが視線を逸らす。
「……? どうしたの、セフィ」
視線の先が気になって私も同じ方向に目を向けると、そこにはスキンヘッドでサングラスを掛けたタークスともう一人、赤い髪の人物がこっちを見ていて思わず目を見開いて固まった。
「タークス、見回りか」
「あぁ」
セフィロスが問いかけると、サングラスの男がぶっきらぼう返事をする。隣にいるレノは何も喋らない。目を背けて私の方も見てくれない。
「警備、ご苦労様です」
冷静にと思いながら声をかけるが少し震えてしまった。サングラスの男は「いえ」と返事をするがレノは全くの無視。
「セフィロス、行きましょう」
さすがにその場が居た堪れなくなって、セフィロスの腕を引き会場内へ戻ろうと背を向けると、急にさっきまで黙っていたレノが「ああそうだ」と口を開いた。
「婚約、おめでとうごさいます、と」
このタイミングでそれは反則だ。途切れ途切れにぎこちなく呟かれた声に胸がきゅうっと痛くなる。痛くて痛くて、死んでしまうんじゃないかと思うくらいに。
「……ありがとう」
心の中ではごめんなさい、と言っていたけれど。
◇
パーティーは無事に終了し、次の日からは忙殺の日々が待っていた。婚約を承諾してからは経営に関わらせてもらうというプレジデントとの約束の元、会合に調査同行、会社経営術の講習の参加等、休み暇もないくらい走り回る日が続いた。多忙すぎて倒れてしまうんじゃないかと思うくらいだが、知識が自分の身についていくことを実感するのはやはりやりがいがあって楽しい。寝る間も惜しんで、チャンスがあれば迷わずそこに飛びついた。
それに、忙しいといらないことを思い出す暇もないから助かる。あの日から、レノには一度も会っていない。タークスと顔を合わすことがあっても、彼は私の前に姿を現さない。違う任務に就くことが多いのだろう。まぁ正直、その方が自分にとっても都合がいいのだけど。今はそんな感情は思い出したくない。思い出してはいけないのだ。
「さすがに連日この調子じゃ疲れるわね……」
いつもの大量の冊子に目を通すのも楽しいのだがいい加減飽きてきた。毎日活字との戦い、ここ数日で一気に視力が落ちたんじゃないかと思うくらい視界がぼやけている。
「美味しいコーヒーが飲みたいなぁ」
今まで秘書に頼んで買ってきてもらうことはあったが、部屋で飲むのと外で飲むのとでは気分が全く違う。いつの日だったか、カフェテリアでレノと飲んだコーヒーの味が恋しい。まだ一週間程しか経ってないというのに、もう随分前のように感じる。
「考えたら行きたくなってきた」
幸い今日の予定は夜に会合があるだけだからそれまで少し時間がある。秘書にはそれまで部屋にいるから離れていいと言っておいたのでいないはず。これはチャンスでは?
一応念のためということで、その辺の社員と変わらない服装に着替え大きめの眼鏡をかけて変装する。ちょっとだけ悪いことしている気持ちになってわくわくしてきた。そっと扉を開けて誰もいないのを確認してから部屋を出る。
久しぶりに訪れたカフェはナナシにはやはり魅力的で、美味しそうなお菓子が並んでいる小さなショーケースをまじまじと見つめる。はしゃぎすぎない様に気を付けてホットコーヒーとミニドーナツを購入し、それを持って目立たないような席を探した。少しだけ周りの死角になっている場所を見つけ、そこに腰を下ろす。
熱々のコーヒーに口をつけると、前に飲んだ時と変わらない香ばしい香りと深みのある程よい苦みが口の中に広がる。ホッと一息つけたのは何時振りだっただろうか。こっそり隠れてでも来て良かったな、と改めてこの時間を噛み締める。
「ねむ……」
コーヒーの温かさと、ドーナツの甘味がじわじわと体を癒してくれる。今まで張っていた気が嘘のように解放されてしまい、唐突に睡魔が襲ってきた。
自身の腕時計に目をやる。まだ会合の時間まで時間は少しあるようだ。少しくらいならこの気持ちの良い微睡みに身を委ねてもいいだろうか、といっても、もう抗うことはできないんだけど。そうして静かに瞼を降ろした。
◇
「———マエ様! ナナシ様!」
突然、高く張り上げる声で叩き起こされ、その勢いで一気に目が覚めた。
「あ……」
「こんな所で寝てるなんて、探しましたよ!」
見上げた先には世話係の秘書がいて、どうやら部屋に私がいないことに驚いて周辺を探し回っていたようだ。いつの間にか随分な時間寝てしまっていたことに驚く。
「ごめんなさい……時間は?」
「まだ大丈夫ですよ。全く、タークスの方が教えてくれなかったら間に合わなかったかもしれないんですよ!」
「え?」
何で、タークスが? そこでふと、肩に何かが掛けられていることに気付いた。見覚えのある黒いスーツジャケット。そこからかすかに鼻を擽るタバコと香水の香り。うそ、これ、私知っている。
「……ねぇ、そのタークス、どんな人だったの?」
「あぁ、赤い髪で派手な身なりの方でしたよ」
「……うそ」
「本当です、なんなら私が来るまでずっとナナシ様の横におられましたけど」
淡々と答える秘書の言葉に思わず耳を疑った。レノがさっきまでここにいたの? 起こさずに傍に居てくれるなんて、そんな優しさどこで身につけたのか。
私はまた、あなたに守られていたのか。私の方から突き放しておいて、こんなことで喜んだりしてはいけないのに。胸の内に広がる嬉しい思いが、今は抑えられそうにない。
「レノ……」
秘書に聞こえないくらいの小さな声でその名を呟く。今だけでいいから、あなたの存在に触れさせてほしい。
そう思いながら、彼の香りがするジャケットを両手に抱き締めた。