Garnet
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
Garnet ―6―
夜明けの光が窓から差し込んで、眩しさで自然に目が覚めた。ゆっくり身体を起き上がらせると、隣にはさっき深く愛し合った男。静かな寝息を立てながらまだ眠っている彼の赤い前髪を控えめに撫でる。動いたときに微かに感じた下腹部の鈍痛が昨夜のことを思い出させた。
そうか私、レノとしたんだな。好きなんてお互い一言も発してないのに。この先の二人の未来はが重なることは無いも等しいのに。ふつふつと込み上げてくる切なさが心を容赦なく蝕み、涙が溢れ目からポロポロと勝手に流れ落ちていく。
ごめん、ごめんなさい。傷つけているよね。
自惚れなんかじゃない。あんなキスされたら、嫌でも気持ちが伝わってくる。そんな人にこんなことしちゃいけないって本当はわかっていたのに。それでも、形ある思い出が欲しかった。レノは私の思いに応えて、いっぱい証を残してくれた。後悔はない、これで進める。
「さようなら。初恋、だったよ」
届かないくらいの小さな声で呟き、レノの額にそっとキスをした。
◇
タークスともあろう者が、いつになく深く眠ってしまっていた。目が覚めるとベッドどころか部屋にもナナシは既にいないことに気付いて、どうしようもない喪失感が全身を襲った。ご丁寧にも昨日割ってしまったワイングラスの片づけまでされていて、昨日のことはまるで夢だったのかなんて思うくらい綺麗にされている。その空気が昨夜の俺を嘲笑っているかのようだった。
「……はっ、挨拶も無しかよ」
乾いた笑いだけが出てくる。押し寄せてくるのは後悔の念なのか。時を戻せるのなら、ナナシに初めて会った時に戻ってほしい。
こんな思いをしてしまうのなら、あの時約束なんてしたくなかった。
「どこまでも、振り回しやがって」
呟いた言葉はもう誰にも届かない。逆にそれがいっそ清々しかった。あいつが前に進むというのなら止める権利は俺にはない。憂鬱になりそうな頭を覚まさせるように、割れていないグラスに残された赤ワインをぐいっと喉に流し込んだ。
◇
「あーもう! だからドレスは嫌いなのよ!」
部屋に帰ってくるなり待機していた秘書たちが私の元にやってきて、あれやこれやと勝手に今日のパーティーの準備を進めていった。全く、余韻に浸る暇もない。
先日、自分で用意していたはずのワンピースは子供っぽいと勝手に却下され、新たに用意されたロングドレスを渡され渋々それを身に着ける。大胆に胸元の開いた黒いイブニングドレスは自分の年齢を考えるとすこし大人っぽすぎるのではと思うが、着てみると高級シルクの感触が肌にしっとり馴染んでさすがのセンスだと心の中で感心した。
しかし、ロングドレスはやはり足元が自由に動かなくて落ち着かない。歩くたびに纏わりついてイライラして思わず苦言を洩らしてしまう程。
「ナナシ、いるか?」
「お兄様!」
コンコンと扉をノックする音とともに入ってきたのは最愛の兄。大好きな存在に会えた喜びでさっきまでのイライラが一気に吹き飛んだ。ルーファウスは美しく着飾ったナナシを見つめ、感嘆の声を洩らした。
「そのドレス、良く似合っている」
「そう? ちょっと大人すぎないかしら?」
「いや、ナナシの雰囲気によく合っている」
急に大人の女性になったな、と褒めてくれる兄が愛おしくてそっと彼に抱き着いた。ルーファウスは驚くこともなく優しくナナシの頭を撫でる。
「ところでナナシ、昨夜はここにいなかったようだが?」
何処に行っていたと聞くと少しだけ彼女の身体が震えた。
「あー、孤児院に泊っちゃったの!」
「一人で?」
「……うん」
「……はぁ」
おそらく、嘘なのだろう。ナナシの目は嘘をつくのが下手だ。これから上に立つものとしてこのような所は早急に改善していかなければいけないのだが、まだまだ若い彼女の初々しく可愛らしい魅力なのだと許してしまう。
「一人は危ないから必ず護衛をつけろ。いいな」
「はい、ごめんなさい、お兄様」
何かあったのか聞きたいところだが聞いても何も言わないのがナナシだ。その強かな所がナナシの魅力ではあるが、如何せん頑固な部分がある。この小さな体で、何処まで抱え込むつもりなのだろうか。いつか重さに耐え切れず潰れてしまう時がくるかもしれない。できることならそれは必ず阻止したい。ナナシには強くなって欲しいと思うが一人の女として幸せになって欲しいとも思う。
婚約すると報告で聞いた。正直、奴にナナシを任せられるのかいささか不安だ。もっとナナシの心の底を引き出せるような存在がいてくれればとも願うが、なかなかそれも困難なようだ。神羅の血というものは実に難儀なものだと自嘲する。
「ナナシ、婚約が嫌になったら言え。何とかしてやる」
「ふふ、大丈夫よ?」
「如何なる時も、俺はお前が一番大切なのだからな」
「……ありがとう、お兄様」
ルーファウスはナナシをもう一度優しく抱きしめ、頬にキスをして部屋を後にした。兄を見送ったナナシは急いでメイクの仕上げをする。ふと、机に置かれたガーネット色が視界に入り、それを取り上げた。
「これくらい、持っていてもいいよね」
未練がましいかな、でもまだこれを手放す勇気がない。隠した想いを全て閉じ込めるようにぎゅっと石を握りしめ、会場へ向かうべく部屋の扉を開けた。
広々としたホール、そこに飾られた煌びやかな光を放つ装飾品。数々のフラワーギフト等、準備されているのはどれも一級品のものばかり。招待された人の中には他企業の権力者はもちろん、人気女優や大御所歌手など。さすが天下の神羅カンパニーの招待客と言える錚々たる顔ぶれ。
しかしナナシはそれよりも中心に並べられた高級料理たちを呆けた顔で眺めていた。
「……ナナシ、涎が出ているぞ」
「え! うそ⁉」
「嘘だ」
「セーフィーロース―」
くく、と喉を鳴らして笑うセフィロスをじろりと睨む。レノが護衛から外された代わりに今日の私の護衛はこのセフィロスだ。
「今日はタークスが護衛じゃなくて良かったのか」
「色々ありまして」
「ふっ、だから初めから俺が護衛すると言っていただろう」
「セフィは立っているだけで目立つのよ。護衛が目立ってちゃ意味ないでしょ」
「今日はいいんだな」
「まぁ今日は、仕方なしよ」
正直このソルジャーを隣に歩かせるのは自分まで周りの視線の的になってしまうからできれば避けたかったが今日は事情があって断れない。
今日のセフィロスはいつものソルジャー服ではなく、ピシッとしたダークグレーのスーツを着こなして長いストレートの銀髪は一つにまとめられている。いつものソルジャー服よりは大人しめ、とはいえやはりこれだけ長身で美しい顔立ちならば嫌でも周囲の視線を集めるから困る。できることなら必要な時以外は目立ちたくないのに。と小さく溜息を吐いた。
セフィロスとはエアリスと知り合った頃と同じ時期に出会った。家出から戻ってから勉強の為に見学したいと研究室に行った時に初めて顔を合わした。最初は不愛想で何こいつくらいにしか思ってなかったけど、時折見せてくるどこか寂しそうな表情と彼の生活状況を耳にして何だか自分に似ていると思うようになってからは私から話しかけることが増えた。
セフィロスが私に心を開いたかはわからないし彼はすぐソルジャーになって任務に忙しく会うことも少なくなったのだけれど、数少ない友達の一人だと私は思っている。まぁセフィロスの態度からして、私と同じく友と少しくらいは思ってくれているのだろうとは思う。だから友が護衛してくれるのは正直、安心する。
「やっぱり目立ちたくないからあまり近くにいないでね」
「それは無理だな」
「……くそう」
素早く移動して距離を図ろうとするもあえなく失敗してさすがソルジャーだと感心してしまった。何処にいれば大人しく過ごせるだろうかと周りを見回すと、ふと入り口扉のあたりに黒スーツの男が数人、中の様子を隈なく監視している様子が目に入る。それがタークスだとわかるのに時間はかからなかった。あの中にレノもいるのだろうか、無意識にあの赤い色を探してしまう。しかし辺りを見回しても目当ては見当たらない。何を無駄なことしているんだろう。自分から突き放しておいてまだ会いたいなんて虫が良すぎる。
本当にどこまでもバカだなと隣にいるセフィロスに分からないように自嘲の笑みを浮かべる。やがて、司会進行アナウンスが流れナナシは静かに視線を上げた。
◇
「あー、かったりーぞ、と」
パーティー会場の外をノロノロと歩きながらボヤくと、隣を歩いていた相棒が訝し気にこっちを見てきた。
「昨日までゆるゆる護衛で身体が鈍ってるってのによぉ、今度はだらだら会場警備って苛めか?」
「気持ちはわからんでもないが、命令だ諦めろ」
「……くそっ」
イラつきが抑えられずその辺の石を蹴りながら見回りをしていると、またも相棒が俺を呼び止める。
「随分機嫌が悪いな。何があった」
「あ? 何にもねえよ、と」
「そもそも今日も護衛任務だったんじゃなかったのか」
こいつ、嫌なとこついてきやがる。そういうところはやたらと勘がよくて困る。
「……色々面倒くせんだよ、お嬢様ってのは」
ルードはそうか、と一言だけでそれ以上何も聞いてこなかった。くそ、勝手に察してんじゃねえよ。
朝から全くやる気の出ない身体を無理やり動かそうとした時、耳元にある通信機から会場内の警備をしている上司の声が聞こえてきた。
『レノ、ルード、そっちはどうだ』
「あぁツォンさん、こっちは問題なしだぞ、と」
『そうか。まもなくパーティーが開始される。気を抜くなよ』
「りょーかい、と」
「了解」
すると、通信機から司会のアナウンスが聞こえてきた。どうやら今からパーティ―開始のようだ。初めの挨拶として社長が何かを話しているようだが、正直興味がないから適当に聞き流す。しかし途中耳を疑うような言葉が聞こえてきて、思わず身体が固まってしまった。
『この度、娘ナナシと我社でトップの実力を誇るソルジャー、セフィロスとの婚約が成立したことをここに——』
嘘だろ。相手はまさかの英雄さんかよ。本当に今日の任務は苛めとしか思えない。