Garnet
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Garnet ―5―
レノに初めて会ったのは私が5歳の時だった。
あの時の私は神羅に引き取られてからの生活が苦しく辛くて、父だと名乗る人からも冷たく扱われ、誰にも助けを乞うことができなくて、ただ部屋に籠るしかできなかった。
そもそも、今更私を迎え入れたところで私に何をしろというのか。ここにいる意味が全然分からなかった。こんな扱いをされるくらいなら逃げたい。孤児院に帰りたい。ここから去りたい。その一心で、一度だけ神羅を抜け出した。
見張りの目を盗んで見つからないように、孤児院で身に着けた身の軽さを利用してそこから逃げた。まだ小さかった私はそこから孤児院までの道なんて分からなかったから、色んな人に道を聞きながらとにかく走った。早くしないと見つかってまたあの場所に逆戻りになる。それだけはどうしても嫌だった。
でも周りは良い人ばかりではなくて、近道だと聞いて何も知らずに治安の悪いスラム街に迷い込んでしまい、幼い子を標的にした人攫いに狙われてしまった。追いかけてくる男たちから必死に逃げて、後ろから聞こえる足音と野次がたまらなく怖くて、涙が止まらなくて、誰か助けて、と強く願った時だった。燃えるような赤い髪色の少年が、私の手を引いてその場から連れ出してくれたのは。まさしく絶体絶命だと思った時に現れる正義のヒーローだった。
『もう追ってきてないな……大丈夫か?』
『う、うぅ……ひっく』
『あーあー泣くなよ、もう大丈夫だから、な?』
自身の袖で荒々しく涙を拭ってくれたのをよく覚えている。神羅ではそんなことしてくれた人なんていなかったから余計に涙が込み上げて声を出して泣いてしまったんだっけ。すごく迷惑な話だったと思うけどそれでも彼は泣き止むまで待ってくれた。その時の私には彼しか縋れるものが無くて、そこに居てくれるだけでどれだけ安心できたか。
泣き止んでからも彼は六番街を出るまで一緒にいてくれた。何で助けてくれたのかと問うと、そういうのを見過ごす人間にはなりたくなかったから。と言っていた。
『何でこんな危ないとこにいたんだよ?』
『…家から、逃げてきたの』
『ふーん、何で?』
『みんな、冷たい目でみる』
『何で?』
『…私が、あいじんのこだから』
『そうかー』
きっと、彼は大変だったねと私を励ましてくれる。彼は私を助けてくれたヒーローだから、もう俺がいるから大丈夫って言ってくれるかもしれない。と思ったのに、そんな甘い考えは一瞬で崩れ去った。
『それで? 逃げてなんか良いことあるのか?』
『え』
今冷静に考えれば、今孤児院に帰ってもすぐに連れ戻されて終わりだろうし、遠くに逃げようったって5歳の子供ができることなんてたかが知れているだろう。
だけど当時の私はガンと頭に岩が落ちたような感覚だった。子供なりに考えて行動したつもりだったのに、その一言は全て無駄だったことを痛感して頭が真っ白になった。結局どうしたらいいか分からなくなって悔しくて涙がこぼれそうになったのを必死で耐える。
それを見た少年は泣かしてしまったと慌てて必死に励ましてくれた。
『愛人の子とか、関係ねえじゃん! お前はお前だろ⁉』
『そうだけど……』
『関係ないのに、嫌な目にあうの、悔しいと思わないか?』
『うん……いやだ』
『じゃぁさ、見返してやればいいんだよ!』
『みかえす…?』
『誰にも文句言えねぇくらい、偉くなるってことだぞ、と』
えっへんと自慢げに言われて目が点になった。子供らしい抽象的な提案だけど、同じく子供の私には分かりやすくてあっさり腑に落ちた。今まで辛いとしか思ってなかったから前を向くことを忘れていた。無茶ともとれる彼の言葉が何故だか救いの言葉のように聞こえて、胸のつっかえが取れた気分だった。
『そっか……そうだね。私偉くなる!』
『だろ?』
『でもどうしたらいいかわかんないな·····あ! お兄ちゃんも手伝って!』
『は?』
『私だけじゃ不安。お兄ちゃんも一緒にいてほしい!』
我ながらすごいわがままだを言っていたと思う。この短時間でとても大きな存在となったこの少年とどうしても離れたくない気持ちでいっぱいだったから、思わず出た言葉だった。少年はもちろん困り顔。それはできないとはっきり言われ、悲しくてまた泣いてしまって余計困らせた。すると少年はさらにこう提案したのだ。
『あー……じゃあさ! こうしようぜ!』
『?』
『大きくなったら、俺がお前を守ってやる!』
『大きくなったら……』
『そ! 大きくなって俺がもっと強くなって、お前が偉くなってたら、俺がボディーガードになってやるよ!』
『ほんと…?』
『あぁ、ほんと。だからそれまでお互い頑張ろうぜ!』
『ほんと⁉ 絶対だよ?』
『絶対だ! だからこれ、お前に預けとく! 俺の髪色に似てるだろ?』
俺のお気に入りだとポケットから取り出した一つの赤い石を手渡す。少年を象徴するようなまばゆい赤色を灯した石をまじまじと見つめ『綺麗』と声を洩らした。
『また会えるその日までこれ持って待ってろ』
『うんっ! 本当に約束だよ! 待ってるから!』
その時の、少年の太陽のような笑顔がまだ脳裏に焼き付いている。
名前も聞かず、証は一つの石のみ。そんな確証の無い約束が果たされるとは正直思ってなかった。でもこの約束があったから、私は帰る決意ができた。前を向いて、歩くって決めた。
レノ、もう一度あなたに会いたい。その思いが私を動かしてくれたの。
◇
「やっぱりお前、あの時の……」
思い出話をひと通り聞かされて今までの謎もはっきりしたと言うのに、出てきた言葉はたったそれだけ。
ナナシは一息ついて、再びワインに口をつけた。
「ふふ、覚えてないと思ってた」
「思い出したのはつい最近だけどな、と」
夢に出てきたというと、「それ何だか運命みたい」と嬉しそうにナナシは笑った。
「タークスのオフィスで貴方を見た時、すぐにあの時の少年だって分かった」
「変わってなかったか?」
「えぇ、あの頃のまま。ちょっとガラが悪くなったかしら?」
「はっ言ってろ」
何年も忘れずに自分を探していてくれていたことがこんなに嬉しいとは思わなかった。自分らしくないと自嘲しつつも、素直に顔が綻んでしまう。ナナシだって知らずに思い出してしまうくらいなのだから面影はそのままだ。
ただ、一つ気になることだけを除いては。
「ナナシ、その髪は? 出会った頃は黒だったはずだ」
「染めたの。ほら、神羅の血族って黒髪いないからいちいち怪しまれちゃって」
綺麗に染められているでしょ? と金色の髪をキラキラと光らせながら靡かせた。その姿がとても無邪気でつい微笑んでしまう。
「あの時、レノが助けてくれなかったら私どうなってたんだろうね」
ナナシはふと、素朴な疑問を俺に投げかけてきた。
「お前なら全然知らない場所で上手く生きてたかもな」
「そうかしら? じゃあレノに助けてもらわなくっても良かったかも?」
「ほーぉ、言ったな?」
「ふふっ嘘よ、ほんとに感謝してるの。あなたがいたから、私は今ここで目標を見つけられたの」
勉強は大変だけど知ることは楽しい。お兄様や、孤児院のみんな、そしてエアリス、自分以外に大事だと思える人が沢山できた。としみじみ語るナナシの瞳は、窓から見えるミッドガルの街並みを愛おしむ様に見つめていた。
「私、ミッドガルをもっと良い街にしたいんだ。だから、もっと上にいかないと」
「たくましいな」
「そうよ? 私、あの時よりずっと強くなったの。ううん、もっと強くなる。だから、あなたに守ってもらう約束はもう必要ないから無効にして?」
突然耳に突いた拒絶の言葉。驚いてナナシを見るが、もう堅い決意の色を秘めた瞳は一切揺らぐことが無く。そしてふわりと微笑んでナナシはこう言葉を繋げた。
「今日までのレノとの時間はこれまでの私へのご褒美と、あとけじめかな」
一週間楽しかったなぁ、と大きく椅子にもたれて窓の外を眺めているナナシ。なんだよ、自分だけスッキリした顔しやがって。
「最後に、私のわがまま、叶えてくれてありがと」
もう会うのは最後みたいな言い方。普通ならすました顔ではいお疲れ様と言えば済む話。これは仕事の話だ。ちゃんと分かっている。なのに沸々と湧き上がってくるこの憤りと焦燥感は何なのか。
「まさか最後にレノに会えるとは思わなかったなー」
「おい。勝手に話を解決させんな」
「え?」
「散々振り回しておいて、約束は白紙でもうさよならだ?」
イライラが止まらない。声が震えてカラカラと喉が渇く
。
「ふざけんな、初めから勝手すぎんだよ」
何でだよ、せっかく会えたのに。分かった途端、俺の前から消えようとすんな。
「俺を、無視するな」
無理矢理視線を合わすそうと彼女の腕をぐっと掴む。頼むから、これ以上目を逸らさないでくれ。
「おい、ナナシ」
「レノ……」
恐る恐る目を合わしてきたナナシの瞳は微かに揺れていた。その瞬間、身体が衝動的に動いてナナシの腕を強引に引っ張った。持っていたワイングラスが落ちていく様子がまるでスローモーションで見える。パリンと割れる音が聞こえた時には、すでにナナシの唇に俺の唇が合わさっていた。
荒々しく噛みつくように唇を奪うと、ふっとナナシの熱を帯びた吐息が口内に入り込み、赤ワインの香りが中に広がる。味を占めた自分の舌が、もっと欲しいとまた深く唇を求めようとした時。ナナシの手がそれを優しく制した。
「私、婚約するの」
ナナシの口から小さく、控えめに絞り出されたその言葉に目を見開いた。
「正確にはさせられる、だけどね」
「……政略結婚ってやつか」
「そ、まぁ大企業にはよくある話」
ナナシは自嘲気味に笑みを浮かべる。中途半端にぶつけ損ねた感情が行き場をなくして頭の中を混乱させる。黙って何も言えなくなってしまった俺を見て、ナナシが口を開いた。
「ねぇ、最後のわがまま、聞いてほしい」
嫌なら断って。と言ってナナシは俺の唇に自らのそれを合わせてきた。
「今夜は朝まで、一緒に居たい」
きゅっとスーツの裾を控えめに握ってくる小さな手。少し震えているその手を、俺はゆっくりと覆うように握りしめた。
「……震えてるぞ」
控えめにスーツを掴んだ手を優しく握り返しながらレノは言った。格好よく誘ったつもりだったのに内心強がっていることがバレてるようで悔しい。仕方ないじゃない、男性を誘うなんて生まれてこの方したことがないのだから。さっきのキスだって本当は初めてだったのに。思わず顔が赤くなりそうなのをなんとか鎮めさせて余裕ある素振りを見せた。
「経験ほーふなんでしょ? 私に色々教えてよ」
「勉強熱心が過ぎるぞ、と」
「ふふ、向上心だけは誰にも負けない自信あるわね」
あくまで、遊びのフリ。そのスタンスは変えない。そうじゃないと思いを抑えきれる自信がなかった。
レノの指が私の顎に触れ、くい、と掬ってくると真っ直ぐに目を見つめられる。私の想いを見透かすかのような眼差しを真っ向から受けてドキンと心臓が高鳴った。揺れに揺れているであろう私の瞳の中を見つめて、レノは自嘲気味に微笑む。
「ふ、どこまでも馬鹿にしやがって」
「最後まで、わがままでごめんね」
ゆっくり、彼の唇が降ってきた。さっきの強引なキスとは違って優しいキス。
ちょっと、やめてよ。そんなに優しくされたら泣きそうになる。もっと強く、責めるようにしてよ。