Garnet
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Garnet ―4―
創立記念パーティーがいよいよ明後日に迫ってきた。
ギリギリになっても本を読み続けたりスラムに遊びに行ったりしてなかなか準備に取り掛からないでいたナナシがようやく重い腰を上げて、今やっと当日に着るドレスの試着をしている。手直しやら間に合うのかと聞いたら、着られるものを着られたらそれでいい、だと。パーティーに対してそこまで執着がないのがよくわかる。
「ドレスは動きにくくて嫌いよ。誰かに襲われたらイチコロじゃない」
そう言って選んだのはロングドレスではなくひざ丈くらいのドレス、らしい。試着中は部屋の外で待たされていたから、実際の姿を見ていない。ナナシは「当日のお楽しみよ」と言って笑っているし、まぁ、楽しみにしておくか。馬子にも衣裳とでも言って冷やかしてやろう。
予定よりもはやく準備が済んで、ナナシが「時間があるなら孤児院に行きたい」と言うからその足で伍番街スラムへと向かった。
「あ、ナナシだー!」
孤児院の前では相変わらず子供たちが元気に走り回っていて、ナナシとレノの姿を見つけると一斉に走り寄ってきた。ナナシは丁寧に一人一人の名前を呼びながら、子供たちの言葉に応えている。全員の名前をちゃんと覚えている所がなんとも律儀な性格を物語っている。
「今日はねえ、皆と遊びたくて来たの!」
その言葉を聞いて、思わずげっ、と声が漏れた。まさか、俺も? という表情で彼女を見ると、それに気付いたナナシがニコっと微笑んだ。
「どんな仕事も楽しむのが、プロなんでしょ?」
そう言われると、何も言えなくなるのが悲しい。容赦のない子供たちの相手をするのは骨が折れるが、最近暴れてないからここで発散するのも悪くないか、と首の関節をぽきっと鳴らして気合を入れた。
「……でも、ずっと、走り続けは、しんどいぞ、と」
追いかけっこに参加させられて、もうかれこれ一時間ぶっ通しで走り回っている。ぜーぜーと必死に息を整えるが、また子供たちに見つかり急かされて追いかけっこ再開。嘘だろ。その様子をナナシは女子たちとお花で冠を作りながら見てクスクスと笑っていた。
「タークスいちのスピードが自慢だって、言ってたのはどこの誰だっけ?」
「うるせー! ならお前代われよ、と!」
「またおままごとで犬役、する?」
「……」
どっちもどっち。選べないから返事を誤魔化して、休憩だと言ってナナシの横に腰を掛ける。ナナシは俺なんかお構いなしに花冠を作っては子供たちの頭にかけたりして楽しそうに笑っていた。
「あ、そうだ! ナナシお姉ちゃん、アレ見せて!」
すると急に一人の女子がナナシに話しかける。ナナシはいいよ、とにっこり微笑んでジャケットの内ポケットから小さな巾着袋を取り出した。
その巾着袋をゆっくりひっくり返して、中からコロリと、出てきた赤い石。宝石かと思うくらい透き通ったガーネット色のそれをナナシが大事そうに手に乗せて子供たちに見せていく。
「わぁ、いつ見てもキレイ!」
「ねぇ、これ、拾ったの?」
「ううん、大事な人に貰ったの」
約束の証、なんだって。と嬉しそうに話すナナシを見てこっちも微笑ましくなる。大事な人からの約束の赤い石、か。指輪でも渡してるみてぇだな。
ん? 赤い石……約束?
突然何故か急に再び昔のことがフラッシュバックする。
『約束だ! その日までこれ持って待ってろ!』
『本当に約束だよ! 待ってるから!』
あの時、俺は黒髪の女子に、何かを渡した。それは確か自分を思い出せるようにと、自分と同じ色の——
「っ! ナナシ! お前それ……」
「何? どうしたのレノ……」
「……あ、いや、何でもねえ」
大きな声で名前を呼んでしまい彼女を驚かせてしまった。こんな所で話しても困らせるだけだと思って口を噤む。
まさか、あの時の子供がナナシ? いやでも、子供の頃に出会った子は黒い髪だったはず。ナナシの髪は金色だ。染めた? いや、家族と同じ見た目なんだぞ? ナナシの印象が記憶の中の面影とは微妙に違うことに戸惑う。
ナナシは首を傾げて悩む俺を横目に見ながら立ち上がってそろそろ帰ろう、と言った。気が付けばもういい時間だったことに気付いて、俺も立ち上がる。子供たちにバイバイ、と別れを告げてゆっくりと歩き出す。
帰り道は、何故か無言。いつもならもっと居たかっただの、面白かっただの、元気に口を動かしているのに今日はだんまり、疲れたのか?
「おい、どうしたんだよ、と」
「……ねぇ、レノ……あっ」
俺の問いかけに答えようとしたのか、口を開いたのと丁度同じタイミングだった。誰か知らない男がどん、と軽くぶつかってきてナナシの身体がよろける。それを素早く支えて倒れることは免れたが、瞬間、ナナシの顔が一気に強張った。
嫌な予感が一瞬で体中に走る。
「……っれ、の! あの男追って!」
また胸ポケットをぎゅっと掴みながらナナシが青い顔をでそう叫び、俺はすぐに後ろを走っていく男を追いかけた。
必死に走る謎の男。スラムの中を熟知しているのか、どんどんと小道に潜り込んでいって普通だったら簡単に撒かれるのだろう。だけど、タークスにはそんなもの通用しない。自慢の足の速さを使って、いとも簡単に男を捕まえることができた。
「俺から逃げられるとでも思ったのか、と」
「くそっ」
後ろから掴みかかりうつ伏せになった男の上に乗っかるとすかさず両手を固定させて動けないようにする。悔しそうに顔を歪め身じろぎする男を抑え込みながらナナシが来るのを待つと、全速力で走ってきたのか息を乱した彼女がこちらに向かってきた。そのまま男の前にしゃがみ込み、ギッと睨んで大声で叫んだ。
「返して!」
やっぱり、ぶつかられた際に何かをスられてたようだ。男の懐を強引に探すとさっきナナシが持っていた巾着袋を見つける。そっとナナシの手にそれを乗せると、大事そうにぎゅっと両手で握りしめホッと安心の表情を浮かべた。
それが気に入らなかったのか、男は大声を張り上げてナナシを睨みつける。
「良いとこのお嬢さんなら貧しい奴らに少しくらい恵んでくれてもいいじゃねぇか!」
いささか理不尽な主張に、ナナシは目を細める。
「だからって、盗んでいい理由にはならないわ」
「そんな高そうな服装見せつけてよ、金なんて腐るほど持っているんだろうな!」
「まあ……そうね、困りはしないくらいにはあるわね」
「なら……!」
そこまで言って、ナナシの怒気を孕んだ冷たい目にあてられた男が一瞬怯む。その目はやはり神羅の血族なのだと思わざるを得ない程の威力で、さすがの俺も冷や汗が出た。
ナナシははぁと溜息を吐くと、ジャケットのポケットから財布を取り出しおもむろに男の前に投げつけた。それに男も俺も目を見開く。
「今はそれだけしかないけど、お金ならいくらでも差し上げるわ。でも、これだけはダメなの」
「ナナシ、お前……っ」
「レノ、もういい。放してあげて」
そう言って踵を返そうとするナナシを呼び止めても、立ち止まろうとはしない。一発殴ってやりたかったが、それをしたらナナシに怒られそうなので、もう二度とすんなよと捨て台詞だけ吐いて解放してやった。急いでナナシを追いかけ、いいのか、ともう一度聞くと黙ったままコクンと頷く。それ以上は何も言わなかったし、聞かなかった。
すると男の方から怒りの叫び声が聞こえてきて、二人で後ろを振り向いた。
「馬鹿にしやがって……っ!」
男はどこに仕込んでいたのか、小さなナイフを取り出しナナシに向かって飛び出してきた。やっぱり痛めつけといたら良かったとあの時の甘さを後悔する。すばやくナナシを背に隠して、男の手を掴み鳩尾に思いっきり拳を打ち付けるとあっさり男はうめき声をあげて倒れこんでしまった。あーあ、あっけない。もういっそ殺しといたほうがよくないかと思うがそれを制するようにナナシが俺の横をすり抜けて男を見下ろした。
「ばかね。力で勝てるとでも思ってたの?」
「ちくしょう……」
倒れながら涙ぐむ男を、ただ目を細めて見つめている。
「いつか必ず、ここも豊かな街にしてみせるから……」
静かに、そうつぶやいた声が男に届いたかはわからない。黙った男をそのままにして「行きましょう」と再び踵を返し、俺たちはスラムを後にした。
「良かったな、大事なもん取り戻せて」
「えぇ、これがないと生きた心地がしない気がするから」
「へぇ、そんなに大事なものなのか」
じっとナナシの握りしめている石を眺めて、またあの記憶が蘇る。未だ確信のないものだから少しもどかしい。
聞けばいいのに何故かそれができない。だけど思わず記憶の中のあの子がナナシだといいのにと思ってしまう。
ナナシの大事な人が俺だったら、と。
「……ねぇ、レノ、昔話しない?」
俺の想いを知ってか知らずか、ナナシが微笑みながらそう言った。自分の心を見透かされたような言葉に思わずドキッとしてしまう。
「昔話?」
「えぇ、でも今日はもう遅いし、それは明日にしましょう」
「は、焦らすねぇ」
「ちゃんと話したいの。夜、私にレノの時間をくれない?」
明後日は、いよいよパーティーの日。それまでにゆっくり話がしたいとどこか迷いのない瞳で見つめてくるナナシ。俺は「あぁ」と一言だけ返事をした。
◇
——パーティーの前日。
ナナシは打合せやら準備やらでとにかくバタバタしていた。俺はただ後ろを付いていただけだったが、見ているだけでも眩暈がするほど。それだけ規模のでかいものなのだろう。飯すら食べる暇もないくらいの多忙さに、本番前にナナシが倒れてしまわないか心配だった。しかし、そんな心配を余所にナナシは俺に何度も何度もこう言ってくる。
「今日、約束忘れないでよ」
そんな疲れた顔でよく言うよ。とはいえ、それでも俺との約束を守ろうとしている様子に少し嬉しく思う。「お前こそ忘れんなよ、と」って皮肉しか言わないけどな。
結局一段落ついたときにはもう夜八時を過ぎた頃だった。
ナナシは一日動き詰めで汗だくだから一度部屋に帰ると言って俺に一枚のメモを渡してきた。そこには約束の時間と、近くの高級ホテルの部屋番号が書かれていた。約束された時間までまだ時間があるとはいえ、自身の家に一度帰るには少々時間が足りない。仕方なく時間を潰すために地下三階のタークスのオフィスに向かった。
オフィスに入ればまだ他のタークスの奴らも残っていて、その中にスキンヘッドでサングラスを掛けた強面の相棒ルードもいた。しばらく護衛任務でナナシにずっと付いていたから久々に見る相棒の姿に少しばかり心が躍る。
「よぉ相棒、久しぶりじゃねぇか」
「オフィスに寄るとは珍しいな相棒」
「時間つぶしだぞ、と」
「あのお嬢さんか」
「まぁな」
椅子にもたれてだらける俺の横で何かの報告書を黙々と作成しているルードを見る。そうだ、明日で護衛任務が終わるから俺も報告書出さなきゃなんねぇな。任務が終ったらまた、暴れたり走り回ったりの毎日になるのだろうか。
思えば、ナナシの護衛任務は何でもない普通の日々ばかりで最初はつまらないと思っていたのに、過ごしていく内にナナシの様々な顔を見られて、こんな時間も正直悪くなかったと思う。
「寂しそうだな」
何かを察したルードが、ぼそりと俺に話しかける。
「どこが。ようやくお役御免だと思うとせいせいするぜ」
「……そうか」
ルードはそれ以上何も言わなかった。
そう、特別な思いはない、持ってはいけない。これは任務なのだから。なのに皮肉にも離れがたい気持ちになってしまうのは何故なのか。
情けねぇな、と苦笑いを零すと同時に携帯が鳴った。表示はヴェルド主任、なんでこんなタイミングでと少し嫌な予感がする。
「なんですかっと……は?」
電話の向こうから聞き捨てならないことを聞かされて、思わず変な声が出た。嫌な予感ってのはどうしてこう当たるものなのか。
◇
約束の時間ちょうどに着くようにホテルへと向かう。部屋のチャイムを鳴らすと、中から「はぁい」と気の抜けた声が聞こえて扉が開いた。
「いらっしゃーい♪ レーノ君っ」
ニコニコと砕けた笑顔でお出迎えしてくれるナナシ。いつもと様子が違うが、その原因はすぐわかった。
「……酒くせぇぞ、と」
「頑張ったご褒美♪ レノも飲む? このワイン、高いだけあってすんごく美味しいのよ!」
これこれ~と高級そうな赤ワインに頬ずりをするナナシ。頬をほんのり紅潮させながら上機嫌で部屋の中へと誘われたが、俺は立ったまま低いトーンで彼女に問いかけた。
「何で明日の護衛、俺を外した?」
「あぁ、もう聞いたのね。私から言うつもりだったのに」
さっきとは打って変わって真面目な表情で傍にあった椅子に座り、俺にも座るようにと促す。向かいの椅子に座ると、ナナシは小さくため息をついてから静かに話し始めた。
「明日は違う人についてもらうの。だから、レノのお役目は今日で終わり」
「でも何だってこんな急に」
「いよいよ私の我が侭も聞いてもらえなくなったってわけ」
事情が何であれ、上の命令は絶対なのは重々承知している。しかし突然訪れたナナシとの時間の終わりがこうもあっけないとはなんとも情けない気分だ。
するとさっきまで渋い顔をしていたナナシが悟ったようにふっと微笑む。
「ありがとう、レノ」
最後に乾杯しようとワイングラスにさっきの赤ワインをトクトクついでいく。
「無理やりとはいえ、レノに護衛してもらえて嬉しかった」
チン、とグラスを鳴らす音が部屋に響く。
「私ね、レノに一度でも守ってもらえたって思い出が欲しかったの」
「思い出?」
そう、と微笑む彼女を見てドクンと胸が大きく高鳴る。
「だって、約束してくれたでしょ?」
覚えているかはわからないけど。とポケットから何かを取り出す。ナナシの手には大事にしていたあの赤いガーネット色の石。
「これ、レノがくれたものだよ」
その時、小さい頃の記憶のパズルがぴたりとはまった音が聞こえた気がした。