Garnet
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Garnet ―2―
「さぁレノ! 今から街に行くわよ!」
どうも、タークスのレノだぞ、と。
この意気揚々と出掛ける準備をしているおてんば娘からどうやったら逃げられるのか、誰か教えてくれませんかね。
昨日、このおてんばお嬢様……じゃなかったナナシお嬢様が突然俺を護衛にすると宣言してしまったが為に突如この護衛任務が決定してしまった。任されるはずのツォンさんは憐れむ目でこっちを見るし、若様についてはつくづく妹には甘いようで二つ返事で承諾する始末。終いには去り際に「妹に手を出したらどうなるか覚えておけ」なんて捨て台詞を吐かれてめちゃくちゃ恐ろしかった。
このお嬢様がジュノンに帰るまでの間のことを想像しただけでゾッとするし、真面目に仕事をしようという俺の向上心はどっかに飛んで行ってしまった。
そんな俺の気持ちなんてお構いなしなお嬢様は「明日からよろしくね!」 と笑顔で部屋を出ていく。
あぁ、明日なんてこなけりゃいいのに。
と言うわけで今に至るのだが、ナナシお嬢様はどうやらこれから街で買い物をしたいらしい。
「今日は沢山買うんだから! 荷物持ち頼むわね!」
「へいへい。わかりましたよ、と」
「あ、あと! 二人でいる間はお嬢様とか言わないでね! 街でそれ呼ばれると目立って嫌なの」
敬語もいらないからと一方的に決めつけ、俺の返事を聞く前に彼女はスタスタと足早で歩いて行った。様なんて普段言い慣れてないからそっちの方が言いやすいとは言え仮にも相手は社長令嬢なのだから少し気が引ける。
用意された社用車の運転席に俺、そして後部座席にナナシを乗せ走り出す準備をする。
「ところで、買い物はどこで?」
セレブの買い物というのだから、てっきり高級ブティックとか宝石店なんぞに行くのだろうと思っていたのだが答えは意外なものだった。
「この街で一番大きい市場に向かってちょうだい」
◇
「こんなにたくさん買ってどこ行くんですか、と」
ミッドガルの中でも有名な市場に向かった俺たち。そこで大量の食品と大量の……子供服? を購入して再び車に乗り込んだ。なんでこんなものを沢山買う必要があるのだろうか。不思議に思っているとナナシは次の行き先を俺に告げた。
「伍番街に行くわよ」
言われた通りに車を走らせ、たどり着いたのは伍番街にある小さな孤児院だった。そこまで来てようやく買い物の意味を理解した。
ナナシは車から降りると、俺に荷物を降ろしておくように言って孤児院の入口へ向かう。すると入口から一人の少年が出てきてナナシに気付くと笑顔で走り寄ってきた。
「わー! ナナシだー!」
「ちょっと見ない間に大きくなったね! 元気だった?」
「うん! 聞いて! ボク、高いところ登れるようになったんだよ!」
「えーすごいね! 高いとこ苦手だったのに!」
「えへへー!」
さっきと別人かと思うくらいの慈しむような顔で少年と話す彼女を見て思わず目を見開いた。それは昨日会社で初めて会った時の印象とはあまりにも違う。あいつあんな顔できんのかよ。
「ねぇ、先生は今どこにいる?」
「中にいるよ! こっち!」
少年に手を引かれナナシは孤児院の中に入っていった。その間に俺は荷物を全て降ろし終わり、車の前で一息ついていると俺の方をじっと見つめてくる少年に気付く。
「何だよ、少年」
「お前、ナナシの何?」
「何って」
護衛ですけどと言いかけたところで気付く。
そうかそうか、ははーん。
「ふーん、何だと思うんだ?」
「ま、まさかお前、彼氏か⁉」
ニヤリと笑って意味ありげに言うと、少年は慌て始めたから思わず笑ってしまった。やっぱりこいつ、ナナシのこと好きなんだな、可愛いねぇ。
「まさか、ただのボディーガードだぞ、と」
「なーんだ! やっぱり! ナナシにこんな派手な奴似合わないと思ってたんだ!」
「おま……っ! 生意気だぞこら!」
全くガキは素直すぎて困る。会ってすぐに暴言を吐かれてふてくされていると、今度は一人の少女が俺を見ていた。
◇
「ナナシ、本当にありがとう。こんなに寄付してくれて、子供たちも喜ぶわ」
「いえ、私にできることなら何でもしますから」
「こんなにたくさん、持ってくるの大変だったでしょう?」
「付き添いがいてくれたので……って、あれ?」
ナナシが先生と共に孤児院の中から出てくると、車のもとにレノの姿はなく、ナナシは辺りを見回した。車を置いて先に帰るなんてことはないだろうし、一体何処に行ったんだろう。するとすぐ先の木陰で、数人の少女達と一緒にしゃがみ込んで何かをしている赤い髪の男が目に入った。
「お兄ちゃんはペットの犬役ね!」
「犬ぅ⁉ せめて人間にしてくれよ、と」
まさか子供の相手などしそうにない風貌の彼が、少女達とおままごとをしている。その光景にナナシは驚きつつも、彼の意外な一面が見えて自然に笑みがこぼれた。
「待たせたわね、レノ……じゃなくてポチ?」
「ナナシまで犬扱いかよ……」
「ふふ、可愛いワンちゃんね!」
「ったく、最近の子供は残酷だぞ、と」
レノは「兄ちゃん仕事があるから、続きはまた今度な」と少女達に告げると、少女達はありがとうと笑顔でレノに礼を言って再び遊び始めた。その様子を微笑ましく眺める彼をナナシは隣で微笑みながら見つめていた。
「大量の買い物、ここに寄付する為だったんだな、と」
「お金はたっぷりあるんだもの、有意義に使わなきゃ罰が当たるでしょ?」
「はっ、違いない」
「それにここは、私の大事な場所だから……」
そう言ったナナシはとても儚げで、レノは思わず言葉を失う。その所為でナナシの言った大事な場所とやらの意味を聞くタイミングを逃してしまった。
「ねぇ、まだ時間あるわよね?」
「まぁ、少しくらいは大丈夫だぞ、と」
「もう一つ、行きたいところがあるの」
そう言ってナナシはゆっくり歩き出した。
◇
「ここは……」
ナナシについて歩いていくと辿り着いたのは伍番街の中で一番日の当たる場所に建っている廃教会だった。ここは、俺も知っている。任務で来ることがあるから。
しかし何でナナシはここを知っているのだろう。ナナシはチラッと俺の方を一瞥して、教会の扉を開けた。
教会の中には白や黄色い花が咲いていて、ひと際日が当たる場所にはより沢山の花が咲き乱れている。その中心には一人の少女が立っていて、扉の音に反応してこちらを見ると、ナナシの顔を見つけるなり驚いた顔をしていた。
「ナナシ……?」
「エアリス、久しぶりだね」
「ナナシ! 会いたかった!」
栗色の髪の少女、エアリスはナナシに勢いよく抱きつき、ナナシもそれを優しく受け止めた。俺は感動の再会を邪魔してはいけない気がして少しだけ後ずさると、エアリスと目が合って少しだけ怪訝な目を向けられた。そんな警戒すんなよ。俺だってまさかここに来るなんて思っちゃいなかったよ。
「……何でタークスもいるの?」
「あぁ、レノはエアリスの監視じゃなくて私の護衛で連れてるだけだから安心して」
「そ。監視は後でツォンさんが来るんじゃないか」
「もう、そんなのいらないっていつも言ってるのに」
ぷん、と頬を膨らましているエアリスにナナシは苦笑いして優しく彼女の頭を撫でる。
「そう言わないで、エアリスに危険が及ばないようにする為なの」
「ナナシ……。そうだね、ありがとう」
「窮屈な思いをさせてごめんね」
「ううん、ナナシは悪くないよ」
「ありがとう。今日は時間があまりないからまたゆっくり会いに来てもいい?」
「もちろん! いつでも来てね!」
お互いにまた会えて良かったと言い合ってエアリスと別れる。エアリスはナナシにとても心を許しているようだ。
しかしナナシは昨日までジュノンにいたはずだし、会社の殆どがナナシの存在を知らなかった中、二人はどう出会ったのだろう。若様が言っていた『事情』とやらが関係するのだろうか。不思議に思っていると、それに気付いたナナシが俺に向かって口を開いた。
「私、二年前までミッドガルにいたのよ?」
「は? そんなこと全然聞いてなかったぞ、と」
「父は周りに私の存在を公表したくなかったのよ──私、愛人の子だから」
意外な言葉に返す言葉を失う。ナナシは少し自分の話をしてもいいかと俺に尋ね、ゆっくり口を開いた。
「母は私を産んですぐ亡くなって、それからは孤児院で過ごしていたの。父の顔なんて知らなかったし、孤児院での暮らしは楽しくてみんな優しくて大好きだった」
少し俯きがちに話し始めるナナシ。孤児院への寄付は彼女なりの感謝の気持ちだったのか。
「……けど5歳の頃、突然神羅の人たちがやって来て、私がプレジデントの子だから引き取るって」
ナナシは悲しそうに苦笑いする。
「でも愛人の子だから全然歓迎されなかったわ。皆私を蔑むように見てきたし、隠されるように殆ど部屋から出してもらえなかった。お兄様だけが優しくしてくれたな」
悲し気な顔をしていたナナシがふと兄を思い出して微笑むと、重くなってきた心が少しだけ軽くなる。若様だって父親に愛人がいたと聞かされ腹を立てたことだろう。それでも、突然目の前に妹と言う存在が現れても動じずに接することができた若様はさすがだと思う。昨日の様子からして、ナナシを心から大事にしているのは明確だけど。
「それで時折、こっそり部屋を飛び出して中の探検をしてた時に、エアリスと出会ったの」
「へぇ。それくらいの頃からだと長い付き合いだな、と」
「時々しか会えなかったけど同じくらいの年齢の子と会えて本当に嬉しかった。辛くても頑張ろうって思えたの」
微笑みながらも凛とした表情を崩さないで前を向くナナシ。彼女に若様やエアリスみたいな支えになる存在がいて良かったと何故か自分がホッとする。でも声に出しては言うのはどうも気恥しいからポンポンとナナシの頭を撫でた。
「まぁ、なんだ。お前も頑張ってるな、と」
「何よ他人事みたいに」
「他人事だし」
「そうなんだけど! でも、あなただって……」
「ん? なんか言ったか?」
「いいえ、なんでもないわ!」
ナナシは、さぁ戻るわよ! とさっきまでのしおらしさが嘘だったかのような態度で歩き出す。
俺はへいへいとその後ろに続きながら、ふと昨日見た夢を思い出した。あの時は俺も誰かの支えになりたいと思ったことがあったんだなと子供の頃の自分を嘲笑う。
追い付いた俺の横でナナシが不自然にジャケットの胸ポケットをぎゅっと掴んでいたのが横目で見えたが、その時の俺はその意味など知る由もなかった。