Pearl
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+ Pearl -1-+
「あー疲れたぁ」
神羅ビルの三十階、都市開発部門のオフィスの隅にあるベンチで、缶コーヒーを片手に項垂れる。
退勤時間ギリギリになって上司から明日の会議の資料作りを頼まれ結局定時よりかなり遅れてようやく仕事を終えた。いつも図ったかのように同じタイミングで仕事をお願いされるこのパターンもいい加減慣れてきた。それにしてももっと早く言ってくれたらいいのに。急ぐ気が失せてしまった体は連勤疲れもあっていつもより少しばかり重い。
もうほとんどの社員は帰ってしまっていてガランとしたフロアをボーッと眺める。すると視線の先にキラリと光る何かが目に入り、近くまで歩み寄りそれを拾った。
「社員証……? えっと総務部調査課、レノ?」
何でこんな所に総務の社員証が? 鮮やかな深紅の髪にどこか色気の漂う男の写真を見て眉を顰める。
え、こんな派手な人会社にいるの?
それはさておき、社員証が無いのは色々面倒なのではないか。総務部まで届けに行こうにも他部署に行くのは少し気が引ける。
こっそり受付に置いといたら届けてくれるかと淡い期待を抱き、急いで帰る準備をして一階の受付に向かった。既に退勤して無人の受付デスクの上に落し物ですと簡単に書いたメモを添えた社員証をそっと置く。明日には無事に持ち主の元に届きますようにと祈りながら、エントランスの方へ振り返ると一人の社員らしき人が入ってきた。
「あ」
黒いスーツにシャツを派手にはだけさせてカツカツと気だるげに歩いてくる燃えるような赤い髪の男は、まさに先程拾った社員証の顔そのもので。見ればすぐ分かるくらい目立つその顔を見て思わず声を洩らし、相手もそれに気付いてこちらを見てきた。
「……俺に何か?」
「あ、いや、社員証、落としていたので」
「マジか……確かに無ぇ」
パタパタと全身のポケットを探りながら少し慌てる姿が見た目の派手さと相俟ってちょっと面白くて、くすりと笑いながら受付を指さす。
「もう帰られたと思って受付に置きました」
「おお助かる。サンキュ」
「いえ、大したことはしてないので」
「お礼にコーヒーでも奢るぞ、と」
「さっき飲みました。あの本当にお礼とか結構ですから」
人を見た目で判断するのは良くないとわかってはいるが、遊び慣れていそうな風貌に正直ビビってしまう。
無事に持ち主の元に渡ったことを確認できたし、もうここから早く立ち去りたい気持ちでいっぱいなのに何故かすんなり行かない。
「まぁまぁそー言わず。あ、酒とか飲める方?」
「飲めますけど……ってだから!」
「じゃー決まりな。明日非番になったからちょうど飲みたい気分だったんだ付き合えよ、と」
「えぇぇぇ」
こんなに強引な人は今まで出会ったことがないかもしれない。レノさんに腕を引っ張られほとんど引き摺られるように近くの居酒屋に連れ込まれた。
もうここまで来たら言い訳して逃げようとかいう気持ちは諦めに変わる。幸い自分も明日は休みだし、向かいに座って適当に注文しているレノさんがここは奢ってくれるというのだから素直に甘えようと思い自分もビールを頼む。
すぐさまドリンクが運ばれ、お疲れ〜と軽い乾杯をしながら冷たいビールをゴクッと流し込む。久しぶりのアルコールが喉を潤して幸せな気分。
「くぅぅ染み渡るー」
「ふはっ! お前すげえ美味そうに飲むんだな、と」
「この一口目が特に最高ですよね〜」
運ばれてくる料理もつまみながら、レノさんとの当たり障りのない会話がスタートする。
「今日もえらく遅くまでお仕事だったんだな?」
「そうなんです。思っていたより時間かかっちゃって」
「遅くまでご苦労さまだぞ、と」
「それはお互い様です」
初対面なはずなのに思っていたより会話がスムーズで居心地も悪くない。意外にも見た目よりは派手な性格でも無いのかもしれない。
そんなことより、さっき「今日も」って言わなかった? 気のせいかな? それにしてもこの唐揚げ美味しい。
「レノさんは、いつもこんな遅くまで残業ですか?」
「んー、まぁ定時で帰れた試しがないな」
「一緒! いつも終わりがけに仕事増えるんですよね」
「お互い上司には困ったもんだな、と」
突然少年のように笑った顔に少しドキッとさせられた。さっきまでビビってよく顔を見てなかったけど、よく見れば美形な顔立ちなのだからきっとモテる人なのだろう。その上思っていたより態度にトゲがないのだから尚更だ。なんかすごい人と飲んでいるんだなと今更になってこの状況を理解する。
ある程度お酒も嗜み、程よく酔ってきたところでレノさんが店員に会計をしようと声をかける。
「あの、ご馳走様でした」
「礼だから気にすんなよ、と」
「大したことしてないのに。でもありがとうございます」
あまり申し訳ない態度をするのも失礼かなと思って、にこりと笑い礼を述べる私にレノさんはちょっとだけ目を見開いた後嬉しそうに笑った。
「てか、最初の時と態度変わったなー」
「見た目より奇抜な人では無いとわかったので」
「印象ひどいぞ、と!」
「こんな派手な人が会社にいるなんて知らなかったので」
「ま、俺はアンタのこと前から見てたけど」
「へ?」
思いもよらない事を言われ、目を見開いてレノを見ると彼は意地悪げにニヤリと笑いながらこちらを見ていた。
「明日、休みだよな?」
「っ! 私、言いましたっけ⁉」
「何で総務の社員証が都市開発のフロアに落ちていたか不思議に思わねえの?」
「や、少し思いましたけど……え?」
もう意味がわからない。混乱を隠しきれない表情をしてしまう。それを見てレノはさらに笑った。
「じゃ、次いこうか、と。ナナシちゃん」
そこまで言われてしばし沈黙が流れる。そういえば私、名前名乗ったっけ?
まさか確信犯なのかと気付いた時にはもう時既に遅し。もはや恐怖でしかないこの状況、普通なら振り切って逃げ出したいはずなのに意外にも少年のような無邪気さのある笑顔をみせて私の腕を引くレノを見て脱力してしまう。
酔いすぎたか、それとも薬でも盛られたかな。
こんな状況でも悪い気がしない私はやっぱりどうかしているんだろうか。
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