* SS集 (鬼滅) *
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(泣きたくなる時は)
「さーびと、お疲れ様」
明け方、怪我の治療の為に蝶屋敷へと向かう途中、後ろからのんびりとした口調で名前を呼ばれた。
「真菰か、お前も今帰りか?」
「うん。思っていたより手こずってもう疲れちゃった」
早く帰って寝たい~と両手をぐぐっと上に伸ばす真菰。今回そう難しくない任務だったとは言え、共に軽傷で帰って来れたことは喜ばしいことだ。
……そういえば、アイツもそろそろ帰ってくる頃ではなかったか。ふと、俺より先に他の任務に出発した仲間のことを思い出す。
「あの子も今朝帰って来たみたいだよ」
「んんっ!?」
俺の思考は駄々洩れだったのか。図ったような頃合いに真菰が望んだ答えをくれたものだから、思わず変な声が出てしまった。
真菰はそんな俺の様子にくすりと笑みを溢すと「あっちだよ」と指をさして彼女の居場所を教えてくれる。考えを全て読まれているようで正直腑に落ちないが、何を言っても今は揶揄われるだけだと諦めた。平静を装い「ああ」と短い返事をして、いつも通りふわふわと笑う真菰と別れた。
真菰の行った方向に歩を進めると、数人の隠と何やら話している彼女を見つけた。まさに帰ったばかりなのか隊服や羽織が所々汚れている。よく見れば傷まであるし、そこからじんわり血が滲んでいる。彼女が自分の手当てを二の次にしてしまう所はいつものことだが、今回はやたらと目立つ大きな傷が気になった。
ふと、隠と向かい合う彼女の横顔を見つめた。それはいつになく真剣で、何処かその瞳にいつもの光が宿っていないように見える。いつもと様子が違う、そう思った時には手が勝手に彼女へと伸びていた。
「……錆兎?」
無意識に掴んだ彼女の右手首をお互いに凝視する。彼女も突然腕を掴まれ目を真ん丸と見開いていた。
「……あ、すまない」
「突然どうしたの? 変な錆兎」
大胆だなぁ、とクスクスおかしそうに笑う彼女。声はいつものように明るいが、遠くから見ても気付いたんだ。間近で見る彼女の表情は砂まみれで、酷く疲弊している。
力なく笑う彼女の様子に居た堪れない気持ちが込み上げた俺は、その腕を思い切り引き寄せた。
「ちょっと来い!」
「え、え? ちょ、錆兎!」
俺は動揺する隠にもう帰っていいと告げ、彼女の腕を掴んだまま歩き出す。何が何だか分からない彼女は「待って!」と言いながらも必死に着いてきた。
「突然すまない、薬箱を貸してもらえるか」
連れてきたのは近くの藤の家。入るなり温かく出迎えてくれた女将にそう告げて、空いている部屋に案内してもらう。部屋に入るなり彼女を床に座らせた。未だ驚きを隠せない彼女の瞳がゆらゆらと揺れている。
「手当は私が……」
「いや、いい。俺がする」
「え?!」
薬箱を持ってきた女将の申し出を丁重に断ると、彼女はぎょっとしたような顔をして声を上げた。
「いや、錆兎も怪我してるじゃん……先にしてもらいなよ」
「俺のはかすり傷だから後で良い。お前の手当てが先だ……ほら、黙って従え」
低めの声で圧を掛けると彼女は観念したのか途端に大人しくなった。腕、脇腹、足……至る所にある切り傷が痛々しい。彼女が無事で良かったと思わずにはいられない。
一つ一つ、念入りに傷薬を塗っていく。時折痛みが走るのか眉を顰めて唇を噛み締めていた。
「……今回の任務、錆兎が行ってたらもっと被害を抑えられたのかも」
身体の手当てを終え、頬の傷の手当てに移ろうと顎に触れた瞬間、驚くほど消え入りそうな声で彼女はそんなことを呟いた。伏せられていた瞳は今にも涙が溢れるんではないかと潤んでいる。
先の彼女の言葉から何があったかおおよその察しがついた俺は、そっと彼女の手を取った。
「こら、これ以上傷を増やすな。薬が幾つあっても足りないだろう」
無意識に力一杯に握り締めていた彼女の拳はじんわりと血が滲んでいて、その手に自分の指をそっと這わすとピクンと小さく震えた。
「悔しいのならもっと強くなれ。俺達にはそれしか方法はないんだ」
後ろを向く暇があったら、ただ前を向け。ひたすら己を鍛えろ。昔から自分に言い聞かせてきた言葉だった。
振り返っても死んだ者は帰って来ないのだから。彼女もそれはよくわかっている筈。だけど、人間というのは頭で分かっていても精神が追い付かない場合もある。悔しくて、どうしようもなく苛立った思いを何処にぶつければいいのか分からなくなる。彼女は今そんな場面に立たされているのだろう。
「……!」
咄嗟に彼女の後頭部に手を添えて、自身の胸元に彼女の顔を押し付けた。緊張が走ったのか力が入る彼女の身体を、もう片方の手でポンポンと叩いてやる。
「胸、貸してやるから今は思い切り泣け」
「……さびと、私、大丈夫だから」
「ほら」
「う」
半ば無理矢理ではあったが、涙を我慢する彼女があまりにも痛々しく儚く消えてしまいそうだったから、その中にある靄を吐き出させたくなった。殆ど抱き締めるような形で背中を軽く摩ると、小さく嗚咽の声が聞こえてくる。
「う……っ、う、ぅぇ……」
ぎゅっと、俺の羽織を掴む彼女の手が力む。じんわりと胸元が濡れていくような感覚。俺は溜め込んだ涙が全て枯れるまでずっと彼女の背を撫で続けた。
「少しは落ち着いたか?」
「……うん、ごめん」
ひとしきり泣いて顔を上げた彼女の目は少しばかり腫れて赤い。
「はあ、弱音を吐くなんて情けない」
まだまだ鍛錬が足りないね、と笑って見せた彼女の瞳には先程よりも光が差し込んでいて、少しでも元気を取り戻したのかと安堵した俺は彼女の頭をポンと撫でる。
「吐きたくなったら、また俺が聞いてやるよ」
にこりと笑ってそう言うと彼女は喜ぶことなく、何故か不機嫌な顔でじとりとこちらを睨んだ。何でだ。
「錆兎って、他の子にもこうやって慰めたりしているの?」
「いや? したことない」
「本当に?」
「ああ……なんなんだよ」
ズイっと顔を迫らせてやけにしつこく聞いてくるから何かと聞いても、彼女は「良かった」とだけ言ってそれ以上何も答えてくれない。本当に何なんだ……。泣いたからかよく分からないがスッキリした様子の彼女は「次は錆兎の手当てだよ!」と開けたまま放置していた薬箱に手を伸ばした。
「ねぇ、錆兎。ありがとう」
「ああ」
「また、胸貸してね」
「ああ」
「大好き」
「ああ……あ?」
「はい!手当終わりー!じゃあ私行くねー!」
「おい、おいっっ!!」