* SS集 (鬼滅) *
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( その背中は )
幸せな夢を見ていた、ような気がする。
いつの間に夢を見るまで寝こけていたのか分からない。だけど涙が出る程、ずっとそこにいたくなるような居心地のいい夢だったな。
本当に、ずっと夢の中にいられたら良かったのに。
「ギィヤァァァァァ!!」
「な、なに?!」
裂けるような激しい断末魔が耳を突き刺し飛び跳ねるように目を覚ました。
いつの間にか自分が寝てしまっていたことに一瞬目を瞬かせて驚く。が、それよりも目の前の光景の方がさらに私を驚愕させた。
「え、は?待って何これ·····」
車両全体に触手のような肉塊がこびり付いてうようよと動いている。まるで今見ているものが悪夢なのかと思わせる光景にただ固まることしか出来なかった。乗客はみんな眠っている。こんな状況なのに全員寝ているなんて明らかにおかし過ぎる。
確か私は列車に乗って生家に戻る所だったんだ。家族の元に帰るためにここにいて、いつもの様に切符を車掌さんに見せて……
どうして、なんて考えている暇は無かった。
「か、はっ」
突然、触手が物凄い速さでグニュンと伸び上がり、乗客の首に次々に纏わりつく。私の首にもぐるりと絡みつき、強い力で締め上げられた。
苦しくて息が、出来ない。みんな死んじゃう、誰か、と願った瞬間──
彩やかな赫い炎が、全てを焼き尽くした。
燃えるような金色の髪に、炎が描かれた羽織りが目を引いた。まるで獅子のように、気高さを持つ背中に一瞬で心を奪われた。
首が解放され一気に空気が気管に流れ込みゲホゲホと咳をすると、金髪の男性がくるりと振り向き、パチリと目が合った。
「む!もう起きている者がいたか!」
「あ、あなたは……」
「説明している暇はない、危ないから席にしっかり捕まっていてくれ!」
「え、……きゃあっ!!」
安心する暇も無く、列車がガタガタと揺れ始め車体がぐらりと傾き始める。まさか、脱線しているのか。
さっきの男の人は人間とは思えぬ速さで姿を消し一緒で見えなくなる。
揺れが大きくなるにつれ立っていられなくなって、縋るように席に捕まる。段々と視界が傾いて行く様子に血の気が引いていく。
ドーン!と激しい音を立て横転し地面に叩き付けられた車体が震動しながら横に滑る。その反動は凄まじく、必死に捕まっていた手は上手く力を入れられなかった。
「あっ!!」
ズルリと手が滑り、身体が窓を割って激しく外に放り出されてしまった。突然の浮遊感にぞわりと身がよだつ。
今度こそ終わりだ、と並ならぬ恐怖が過りぎゅっと目を瞑った。
「?!」
突如、がしっと身体が誰かに抱きとめられ、さっきまでの落下感は一転して優しい浮遊感に包まれた。瞑っていた目を恐る恐る開くと、私を抱いているのはさっき助けてくれた炎のような人で。
「大丈夫か、危なかったな!」
「あ、あ、りがとうございま、す」
「うむ!もう大丈夫だ!」
彼の瞬発力は一体どこから出てきているのだろう。尋常ではない高さまで飛び上がった様はまるで鳥にでもなったかのようだった。俄に信じ難い気持ちで彼の横顔を見つめる。真っ直ぐ前を見据えた琥珀の瞳があまりにも澄み切っていて目が離せなかった。
そのまま私を抱き抱えたまま地面に着地するとそっと私を降ろし、グイっと顔が近付いて思わずドキッと心臓が激しく鳴る。
「怪我は無いか?」
「はい、お陰様で」
「それは良かった!じきに救援が来ると思うが、それまで乗客の救助を手助けしてくれないか。俺は他の車両の様子を見てくる!」
「は、はい!勿論です!」
私が返事をすると、彼は「宜しく頼む!」と微笑み、その身を翻しまた走り出して行った。一瞬のこと過ぎて頭が追いつかず、徐々に小さくなる背中をじっと見つめながら先程までの怒涛の出来事を思い返した。
まさに、九死に一生とはこのこと。こんな地獄のようや出来事も彼のお陰で助かった。
「……あ!お礼伝え損ねちゃった……」
炎のように現れて風のように去ったあの人、バサりと羽ばたく羽織が印象的だった。あんな人、一生忘れはしない。
また会えるだろうか。また会えた時には、ちゃんとお礼を言いたいな。
でも、何でだろう。
最後に見えたあの背中が、とても儚くて涙が出そうになったのは──
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