* SS集 (鬼滅) *
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(カードゲームに踊らされる)
私達は付き合っている、のだと思う。
時折そう不思議に思うほど、私たちの様子はあまりにも子供っぽい。
「よーしウノ」
「え、嘘でしょもう⁈錆兎強すぎじゃない⁈」
放課後デートは決まってどちらかの家に行って勉強をしたりゲームをしたり。今だっていつものように彼の部屋に来て何をするかと言えば某カードゲーム。しかもなかなかの白熱具合であるのだから恐ろしい。
そしてそれ以上は特に何もなく必ず夕食前に帰る。まさに、親も安心するくらい至って健全なお付き合い。
カードゲームはすでに三戦目を迎えてはいるが、いまだ私は彼に一勝も出来ていない。最後の一枚を私に見せないように大事そうに握り、不敵に笑むその表情に少し悔しさを覚えつつも顔が良いという感想の方が上回るのだからなんとも複雑な感情だ。
「今日は特に弱くないか?」
「うるさい~!そんな日もあるんです!」
そもそもお付き合いを始めてもう二ヶ月が経とうとしているけど、こんな友達の延長線みたいな関係が普通なんだろうか。こうして錆兎と何気なく遊んでいることも楽しいし不満はないのでけれど、もっと、こう……き、きききキスとか、さぁ。
そんな少女漫画みたいな甘い空気を微塵も感じられない今、もどかしいような、じれったいような感情が纏わりついて何だか虚しい。自分から誘えばすぐに解決することなんだろうけど、そんな度胸も出てこない自分が情けない気持ちすら込み上げる。
迂闊にも憂鬱になって今にも溜息がこぼれ出てしまいそうになった時、錆兎がそれを止めるかのようなタイミングで「なあ」と声をあげた。
「これ、負けたら勝った方の言うこと何でもひとつ聞くことな」
「それ、勝ち負け決まる直前で言う台詞?」
しかも貴方はもうあと一枚だよね?
こんな不公平なことがあっていいのか。異議ありと手を挙げようとするも、待ったなしと言わんばかりに錆兎は迷うことなく持っていた最後の一枚をパサリとカードの山に乗せる。
「はい上がり」
「もうほらあ!無効、無効ですこんなの!」
すかさず抗議をするが錆兎は勝負は勝負だと言い張って聞く耳を持たず。
「せめてもう一回勝負しようよ!」
「お前連敗してるのにまだやるのか?」
「つ、次は勝つかもしれないし!」
……と、張り切って四回戦目に持ち込んだは良いものの。
「上がり」
「ぐぬあああ~~」
結果は見事に完敗で。
乱雑に重ねられたカードの上に覆いかぶさるように蹲る私に、錆兎はケラケラと愉快に笑う。何処に忘れてきてしまったのだろう、私の勝負運。完膚なきまでに叩きのめされ、もはやぐうの音も出なくなってしまった私はゆらりと頭をあげた。
「わかった何でも聞こうじゃないの、何でもってのが怖いけど」
さあどんとこい!と大袈裟に胸を張るが、そんなテンションとは反対に錆兎は至って冷静に床に散らばったカードを搔き集め始める。私の想像ではふざけながらジュース買ってきてとかパシリに使われるものだと思っていたのだけれど。あの、錆兎さん、今どういう情緒なわけ?
もくもくとカードを集めてケースに戻していく様を黙って見つめるが、不自然な沈黙がなんとも居心地の悪さを感じさせる。いつもと違う空気にいよいよ恐怖すら覚え始めた時、錆兎がようやく口を開いた。
「じゃあ、キスしていいか」
「おっk……は?」
思わず早くこの空気を払拭したい焦りから話を聞かずに返事するところだった。いや、返事したも同然かもしれない。早速錆兎はまたしても私の挙動なんかお構いなしに、間すらも無視してするりと床に膝を滑らせてこちらに迫ろうとする。
「ちょ、ま、」
心待ちにしていたファーストキスのチャンスが目の前に迫っている筈なのに、錆兎がじりじりとこちらに近づく分だけ私の腰が後ろに引かれていくのは何故なのか。それでも錆兎はいつになく真剣な表情で、その瞳は真っ直ぐ私を捉えて離さない。
「待って待って、まだ心の準備が……ッ」
錆兎の手が、床に這っていた私の手をそっと包み込んだ。もうあと少しで額がぶつかるというところまで迫ってくると、錆兎の口横の傷どころか睫毛の長さまでが今までで一番よく見えて、全身の血が沸騰するかのように粟立ち始めて――。
「……ぁだーッ」
いよいよとぎゅっと目を瞑るが、唇に何かが触れることは一向に無く。代わりに額にパチンと弾かれたような痛みが走って声をあげた。
目を開ければ、そこには愉快そうに笑みを堪える錆兎の姿が視界に入り、私は瞬時にこの状況を悟ったのだった。
「だ、だましたなー!」
「や、騙したつもりはないんだが、あだーって……ッ悪い」
「笑いながら言われても説得力ないからね!?」
私の羞恥心を返せ!と軽く叩けば錆兎は堰を切ったように更に笑いが止まらなくなった。この残念なようなホッとしたような複雑な感情にさえ腹が立ってもう片方の手を振り上げると、錆兎がその手を優しく掬い取る。
「待てって、お前が思った以上に緊張してる様子だったからやめたんだよ。突然言って悪かった」
「……ぐぬ」
錆兎のこういう正直で潔い所に弱いのは自分でも分かってるし、きっと錆兎も分かってる。何も言えなくなった私の頭を錆兎は軽く撫でて、「飲み物取ってくる」と立ち上がった。
これはいいタイミングだと思った。錆兎が部屋から出ている間にこの火照りまくった顔の熱をおさめられる。そしてこの後は何事も無かったように平然とテレビゲームに誘うのだ。
「……じゃ、俺が帰ってくるまでにしておけよ」
「え?何を」
「心の準備」
「は」
「このまま終わりだなんて思うなよ?」
そう言って部屋から立ち去る錆兎の背中を見送りながら、私の口は開いたまま塞がらなかった。
そして何をやろうか選ぶためにゲームソフトへ伸ばしていた手を、ゆっくりと懐に戻したのだった——。