* SS集 (鬼滅) *
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(花火)
夕暮れ時になれば真夏のゆだるような暑さも少しは和らいで過ごしやすいというのに、暗くなれば鬼が出る危険が増す為に外を出歩く人も減っていく。
そんな毎日が当たり前となったある日のこと。この日はいつになく人通りが多く、日が落ちて暗くなった今からが本番だというように賑やかさを増していた。
普段はひっそりと暗いとある神社の参道には小さな灯篭が明かりを灯す。いつもは夜に包まれた場所がこの日だけは闇に逆らい沢山の笑い声に溢れていた。
毎日がこんな夜であればいいのに。離れた場所でそんなことを考えながら、私は神社に向かっていく人たちへ羨望の眼差しを向けた。
「私も純粋に祭を楽しみたかったなぁ……」
道行く人々の中には鮮やかな花柄の浴衣を身に纏った女性達もいる。目の前の華やかな雰囲気とは逆に、自分はといえば毎日と言って良いほど着慣れたいつもの黒い隊服。あまりにも大きな差にはぁっと溜息を吐きながらぼやくと、隣を歩いていた宍色の髪の同僚が「こら」と私の頭を小突いた。
「真面目に仕事しろ。いつ鬼が出てくるか分からないんだぞ」
「はぁい」
ある地域で行われる夏祭りの周辺警備。これが今日、同僚である錆兎と私を含めた数人の鬼殺隊に与えられた任務。
この時期はこういった催しが多く行われる。だけど夜は鬼が危険視される為に、私達鬼殺隊の見張り無しでは十分に行えないのが現状だ。
所々で明かりが灯されているとはいえ、いつ鬼が出てきてもおかしくはない状況に緊張感が走る。毎年の楽しみにされてきた行事を鬼のせいで悲しい思い出にする訳にはいかない。
錆兎の言葉に気怠い返事をしながらも、いつでも日輪刀を抜くことが出来るように自身の腰に下げた鞘から手は離すことはもちろんしなかった。
とはいえ、常に気は抜くなと頭では理解していても、時折鼻を掠める香ばしい香りに自然と表情筋が緩む。
「焼き鳥だァ」
「はいはい、いい子にしてたらあとで買ってやるから」
「あー!子供扱いした!!」
「してない」
錆兎は面倒くさいと言わんばかりにわざとらしくため息を吐く。ちょっとこの扱い、酷くない?一応私、貴方と恋仲なんですが?
ふと視線を逸らすと近くで仲睦まじげに笑い合う若い男女が目に入る。いかにも好い雰囲気の二人は仲良く屋台のうどんを食べて幸せそう。
こんな時、自分の役割上羨ましいなんて思うのはおかしいと頭では分かっている。だけどこう理想の風景を目の当たりにさせられ、尚且つ隣にいる仕事仲間兼恋人は冷たいとなると、少なからず気分は沈むもので。
錆兎も任務中だから緊張感を持って行動しているんだ、私も今は仕事に集中しなければと首をブンブン振って言い聞かせた。
子供のはしゃぐ声を耳に入れながら、周辺を見回す。賑わいに偶然引き寄せられた雑魚鬼を退治する程度で、特別大きな問題も無く時間が過ぎていった。
「よかったぁ、この調子だと無事に終われそう」
刀をチン、と鞘に戻し、ふぅ、と額に滲む汗を袖で拭う。夜は涼しいとはいえ今は八月。暑いものは暑い。藤の家で冷たい麦茶もらえるかなぁなんてぼんやり考えていると背後から名前を呼ばれた。
「あ、錆兎」
聞き覚えのある声に振り向けばこちらに向かっていた錆兎と目が合った。鬼を倒してきた筈なのに錆兎の顔は未だ険しく、その謎の威圧感に思わず後ずさる。
ズンズンと歩む錆兎は私の前まで来ると、突然腕を強引に取り再び歩き始めた。
「ちょっとこっち来い」
「えっ!ちょっと!」
私の動揺の声も無視して、錆兎は腕を掴んだまま歩き始める。何処に向かうのかも言わないで黙って進む彼に少し気圧されてしまった。
それでも私が転んでしまわないように歩幅を合わせてくれていることに彼なりの優しさを感じて、怒っているわけではないのだろうと何となくそう思った。ただ、尚更何をしたいのか分からないんだけど。
「ねぇ、錆兎!一体どこに……ぶっ」
意味も分からず連れられて行くと、突然錆兎の足が止まり、私は止まりきれずに彼の肩に思い切り顔をぶつけた。
「いたた……もう、急に止まらないで、よ……」
一体何、とひりひりする鼻を押さえながら顔を離した瞬間——。
耳を突くような大きな音がドーンと鳴り響き、数々の光の玉が視野一杯に広がった。
「え……」
あまりの眩しさに目を瞑りそうになる。間髪入れず再びけたたましい音を上げ、夜空に輝く菊型の花火の鮮やかさに言葉を失った。
そう言えば、このお祭りの締めは盛大な花火だと来る前に耳に挟んだことを思い出した。その時はこれと言って興味を持たなかったが、まさかこんなに美しいなんて。圧倒されて感嘆の声が零れ出る。
「綺麗……」
そう呟くと、腕を掴んでいた錆兎の手がするりと落ちて私の掌にそっと重なった。
「ここなら、良く見えると思ったんだ」
木も何も邪魔されず花火を間近に見れているここは、神社を上から見下ろせるほど高い場所にある丘の上だった。まさかわざわざ錆兎は見えやすい場所を探して連れてきてくれたのか。
花火に向けていた視線を錆兎にうつすと、彼はそっぽを向いて私と目を合わせなかった。ただ、髪の隙間から見える耳が少し赤く見えるのは、暑さのせいか、それともこの僅かに伝わる花火の熱か。
「ふふ、いい夏の思い出になりそ」
ぽそりと呟いた言葉に、錆兎は何も言わずに繋いでいた手の力を込めた。
ここに来るまで感じていた一抹の不安と寂しさは、いつの間にかあの花火のように弾けて消えていた。夏の風物詩は私をいつもより素直にさせて、「ありがと」と言うとようやく錆兎と視線が合わさる。
「俺も、お前と見れて良かった」
今日初めて見せた彼の柔らかな笑顔が花火の光によって明るく照らされ、ドキリと心臓が跳ねた。
まだ任務中だというのに、やっぱり彼が好きだなんて不謹慎なことを考える。こんなことを言うとまた怒られてしまうんだろう。
そう思ったけど、ふと錆兎の顔が私に近づいてくるから、ああ、これは彼も同じ思いを抱いてくれていると気づく。
柔く触れる唇の感触にそっと瞳を閉じながら、せめて今だけはこの瞬く光に鬼も逃げてしまえとしばしの平穏を願った。