* SS集 (鬼滅) *
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(纏う香りは貴方と同じ)
いつもと変わらない朝。明るい陽射しが少し目を眩ます。
それは今日の私は少しだけ寝が足りないからか、それとも胸の奥の高ぶりがまだ落ち着いてくれないからか——
「あ、こんにちは!今からお二人でお出かけですか?」
花札のような耳飾りをカランと鳴らして後輩隊士の竈門君がいつも通りの明朗な笑顔で私達に向かって挨拶をした。
その明るさは目の前にも太陽がいるように眩しくて思わず目をぎゅっと瞑る。ダメだ、今日の私は何もかもが眩しく見えてしまう。
「ああ、今日はお互い非番だからな。これから甘味でも食べに行くところだ」
竈門君の質問に何事も無いように淡々と返事をする隣の錆兎を横目に眺める。竈門君に見せるその姿はまさに大人の青年で、ふわりと笑いかける横顔を見てきゅっと胸がまた締め付けられた。
彼の宍色の髪が太陽の光を浴びていつもより輝いて見える。もう見慣れた顔なはずなのに今は直視しようとすると胸の鼓動が煩くなってしまう。いつも通りの日常なのに自分がこうなってしまうのは何故なのか、その理由はもう分かっている。ギリギリ見えた錆兎の頬にある大きな傷跡。それを見て、ふと、昨夜この傷を撫でたなぁ…とつい思い返してしまった。
——昨夜、私は初めて錆兎と夜を共に過ごした。
敷布と着物の擦れる音、少しずつ増していく熱気、露わになった肌が合わさる感触、薄暗い部屋の中で見えた余裕の無い錆兎の欲情を孕んだ瞳——鮮明に記憶に残るあの時間を思い出して思わずぞわぞわと身体が一気に熱を帯びてくる。お腹の奥辺りまできゅうと切なくなった。
「炭治郎はこれから任務か?」
「俺は——」
困ったことに錆兎と竈門君との会話が全く頭に入ってこない。それよりも気になってしまうのは自分の身だしなみだ。髪型は乱れてないか、隊服はちゃんと着れているか……竈門君に変に思われないかソワソワしてしまう。
あくまで冷静に、冷静にと思うけど思えば思う程挙動不審になっていく気がする。なんで錆兎は落ち着いていられるんだろう。意識しちゃうのは私だけなんだと思うと少し腹が立ってしまう。あれだけ激しく、私を抱いたくせに。
「大丈夫ですか?顔が赤いですよ?」
「ひゃっ、あ、いや、今日暑いからかなぁ~!」
邪なことを考えていたからか竈門君が近づいていたことに気付かず、驚いて思わず変な声が出てしまった。慌てて言い訳をしたけれど、逆に不自然だったかもしれない。
あぁほら、竈門君はキョトンとしてしまっているし、どうしよう。助けの目線を錆兎に送ると、彼はふっと微笑んでいる。だからなんであんたはそんなに余裕なの⁉
「そうだな、今日はかき氷にするか」
「え、あ、うん」
本当に、何でもない様子で錆兎は言葉を続けた。お陰で竈門君は「いいなぁ」と気付いてない様子でにこやかにしているし、彼が幼くて助かったかも。
しかし私は、そんな私の内を暴くような彼の特技をすっかり忘れてしまっていた。
「やっぱり二人は仲が良いですね!二人から同じ匂いがするのも頷けるな~」
「「ぶっっっ」」
そうだった、竈門君は鼻が利くんだった。さすがの錆兎もうっかりしていたのだろう、私と同じ反応を見せて目を微かに泳がせている。
「ん?なんでかな、今日は特に濃く……」
「ああー!そうだ錆兎!ちょっと甘味処に行く前にちょっと寄りたいところがあったんだったー!行ってもいいかなー!」
「んん?!あ、あぁそうだな!」
「それじゃあ竈門君、私達行くね!また今度!」
「え、あ、はい!」
驚くほど私の芝居は大根だったことを今知りました。でもこれ以上竈門君に感情を暴かれてしまえば私の心臓がもたない。それこそ錆兎の顔すら見れない。竈門君には悪いことをしたと思うけど、わたわたと錆兎の手を取って「じゃっ」と早歩きでその場を去る。火照ってしまった顔、早く治まれ!
「……」
ずんずんと甘味処に向かって歩く中、何故か錆兎は一言も言葉を発しない。
私が上手に躱せなかったことを怒っているのだろうか。いや、昨日の今日でそんなに落ち着いていられる錆兎の方がおかしいんだ。私ばっかり意識しちゃって本当に嫌になってくる。このまま帰りたくなってきた。
「……おい、こっちだ」
その時、ようやく口を開いた錆兎は私の手をくいっと引っ張り、別の道を進み始めた。刹那に見えた横顔はとても渋いもので、ああやっぱり怒ってる。と気分が落ち込む。……でも、あれ?
「錆兎、そっち甘味処とは逆方向だよ?」
私の手を引いて錆兎が何処に向かおうとしているのか分からなくて、場所を問うも彼は何も言わない。無言で突き進む彼に少しだけ恐怖を感じた。
人気の無い路地に入り、薄暗い空間へと入っていく。もう一度どこへ、と声を上げようとしたその時、再び強く腕を引かれた。ドン、と壁に押し付けられ、気付いた時には錆兎の顔が全部見えないくらい近くにあった。
「……んっ」
突如唇に襲う柔らかい感触。少し荒々しい錆兎の口付けは熱っぽく、そして刺激的。何で急にこんなことと言いたいのに、昨夜と似たような熱烈なそれに思わず力が抜けて何も言えなくなってしまう。
「……は、なに…っ」
「…お前な、あんな顔されて我慢できる奴がいるか」
「あんな顔?」
「ずっと物欲しげな顔して」
「欲し……っ!?」
炭治郎に気付かれなくて良かったな、と呆れて笑う錆兎に最早言葉が出ない。私は竈門君の前でなんて顔をしていたのか。治まれと思っていた顔の熱は更に増して、自分のはしたなさに涙が出そう。そんな私を見て錆兎はまた笑った。
「まあ、俺も隠すのに必死だったから、人の事は言えないが……」
え、と思わず羞恥で伏せていた顔を上げた。そこには照れた様子で頬を微かに染めた錆兎がはにかんでいる。
浮かれていたのは、どうやら私だけでは無かったみたい。そう思うと余計に恥ずかしくなってしまった。その為ぎこちない空気が私たちの間に流れる。すると錆兎が一つ、コホンと咳ばらいをした。
「家、帰るか」
キュッと握られた手が熱い。少し甘ったるさを帯びたその一言に、甘味は食べないのかなんて野暮なことを聞く程私も鈍感ではない。考える間もなく小さく頷くと、錆兎の息を飲む音が微かに聞こえた。
ああ、帰り道を考えないと。また竈門君に出会ったりしたら今度こそ、私は羞恥で爆発してしまうかもしれない。
正直な私は、錆兎への想いを隠しきれそうにない。