* SS集 (鬼滅) *
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(ポーカーフェイス)
人って言うのは不思議なもので、思いも知らぬ場面でふとその人の意外な面を見たりする。
それは時折、計り知れないほどの破壊力をもたらすこともあるんだよねぇ。こわやこわや。
「あっ!錆兎!」
今日は晴天のおかげか街は人で賑わっている。そんな中ひと際目立つ宍色を見つけた私はすかさずその名前を呼んだ。目的の男は私の声に気付くと、白い羽織を靡かせ相変わらずすました表情で振り返る。
「久しいな、そんな大声でどうした?」
「んーん、丁度見かけたから。どこか行くとこ?」
「ああ、いい鮭を貰ったから義勇の所に持っていくところだ」
チラリと錆兎の持つ風呂敷を眺めて、ああそう言えば義勇って鮭大根が好きなんだっけと思い出す。しのぶさんから鮭大根を目にした時の表情は別人のように輝いた目をしていたって聞いたことがあるな。
「……義勇って、笑うの?」
ふと、その別人のようだと言われた義勇の表情がどんなものか気になった。突然私がそんなことを口走ったものだから、錆兎は「は?」と目を瞬かせている。
「あーほら、義勇っていつも不愛想だからさ」
「そうか?よく笑ってるけどな」
「えっ!!」
何で?と言いたげな表情の錆兎。いや私の方が何でだわ。当たり前のように錆兎は言うけれど、実際義勇の笑顔を見た人なんてそうそういない。幼い時から共にいた錆兎だからこそ見れる一面だってこと、この目の前の男は気づいていないのだろうか。
「そっかぁ……」
そうは言っても、私だって彼らとは同期だしそれなりに仲良くしているつもりだったから、なんかちょっと悔しいなぁなんてふと考えてしまった。
しかもどうやらこの感情は馬鹿正直に顔に出ていたらしい。錆兎は何か思い出したように「おお、そうだ」とわざとらしく手を叩き、手に持っていた風呂敷を私の目の前にずいっと差し出した。
「実はこの後急ぎの用事があるんだ。代わりにこれ持って行ってくれないか?」
「は?ちょっと待って随分急だね」
「鮭大根の作り方は知っているな?」
にっこりと、有無を言わさぬ笑顔が迫ってきて思わずゴクリと唾を飲んだ。普段そうでもないのに錆兎のこういう時の圧は誰よりも重いような気がする。
「……わかった」
幸い鮭大根の作り方はなんとなく知っている。出来ないことは無い。完全に気圧されてしまった私が渋々承諾すると、錆兎はふっと微笑みポンと私の頭を軽く撫でた。
「好物を前にしたあいつの顔見て来いよ」
「私の鮭大根で大丈夫かなぁ」
「大丈夫だろう。それにあいつ……ゴホン。ま、とにかく行ってやれ」
「?」
中途半端に言葉を切り歯切れの悪い様子に首を傾げる。しかし錆兎はそれ以上何も言わず、ぐいっと私の背中を押した。展開がよく読めなかったけど、このまま鮭を持っているわけにもいかなかったから言われるままに義勇の住む屋敷へと足を運ぶことにした。
「——ということで、鮭大根、いります?」
「ということで、とはどういうことだ」
「色々とあるのよ。察して」
「……わかった」
訪ねてくるなり意味の分からないことを口走っても相変わらずの無表情で出迎えてくれる義勇の冷静さはさすがと言うか何と言うか。
その後ちゃんと錆兎から鮭を預かった旨を伝えると、義勇はどこかまんざらでもない様子を見せる。やっぱり鮭大根が好きなんだなぁ。未だ見たことがない彼の姿を少しだけ期待して中に入ろうとすると、義勇がふと声を上げた。
「お前が作るのか?」
「え?そうだよ」
「……そうか」
「そうか、ってもしかして嫌だった?」
「そうじゃない」
ただ一言、そう言われて迷惑ではないのだろうということは分かったけど、相変わらず言葉足らずですこと。付き合いも長いからもう慣れたとは言え、彼の感情はかなり読みにくい。そんな義勇が好物を前にしたら表情を変えるなんて話、まだ信じられないんだけど。
「台所借りるね」
正直半信半疑のまま、そう告げると義勇も「ああ」と短く返事をする。これと言って止められる気配がないので、私は鮭と大根を持ったまま台所へ向かった。
他人の台所は使い勝手が悪いもので、鍋の場所や調味料の場所を義勇に立て続けに尋ねていく。
「義勇って、他に好きなものはないの?」
皆がこぞって「冨岡義勇は鮭大根が好き」なんて言うから、ふと他にもその頬を綻ばす存在はないのか気になった。義勇は一度ピタリと準備の手を止めて、ふむと少し考えている様子を見せる。
「……無いことは無い」
「へぇ、何があるの?」
「……」
「おい無視すんなー」
何故か義勇は急にツンっとそっぽを向く。えええ何それ。余程聞かれたくない内容なのか、その後私が何度問うてもその答えを言う気配はない。好きなものを聞いているだけなんだから、教えてくれてもいいのに。やっぱり義勇は何考えているか分からない。
「教えてくれなきゃ鮭大根作らないよ」
「……それは困る」
顔を背けながらちょっとだけ、ほんのちょっとだけ腑に落ちないような顔をする義勇が少しだけ可愛くて一瞬思考が止まった。え、ビックリした。そこまで鮭大根が好きなのか。
あまりにも珍しいから近づいてその顔をまじまじと眺めようとするが、鬱陶しかったのか義勇の手によって顔を押さえられた。
「見るな」
「ちょっとーー見せてよーー」
「やめろ」
あまりにも可愛い反応が見れたことで気分が高揚してちょっとふざけ過ぎたか。さすがに呆れの声が聞こえたので「ごめんごめん」と謝るとすんなり手を放された。
顔の端がちょっと痛い。くそぅ、軽く力入れたな。痛いところを撫でながら、ふんっと鼻を鳴らす。
「義勇の好きなものって貴重だから、気が向いたらまた教えてよね」
ここまで来たらどうしても気になってしまうじゃん。と付け足すと、義勇はまた沈黙を貫く……かと思っていた。
突然、顔を撫でていた私の手を義勇の手がそっと触れた。こめかみのあたりを彼の親指がすりっと柔く撫でて、あまり自分から接触してこない彼の行動にどきりと心臓が大きく高鳴る。
「……いずれな」
その瞬間、私はとんでもない光景を目の当たりにして瞬きをすることを忘れてしまった。
「……へぃ」
辛うじて出た言葉はそれくらい。返事なのか何なのか分からないような声を出してピタリと固まった。それを分かってるのか否か、義勇はすっと手を放し何食わぬ顔で「醤油を取ってくる」と台所を後にする。義勇が見えなくなると途端に力が抜けた私はへたりと床に座り込んでしまった。
「は……はぁ~~~?!何あの破壊力ぅ!!」
美形の笑顔はすごいなんてレベルの話ではない。ほんの一瞬だけだったけど、少しだけ口角を上げてふんわりと微笑んだあの顔が頭に焼き付いて離れない。
これは、ものすごいものを見てしまった気がする。人生で一度きりなのではないかと思うくらい貴重な顔を見てしまった。
「わ、わぁ…」
ただ茫然と力の戻らない自分の足を眺める。義勇が戻ってくるまでに何とか力が入ればいいけど。
思わぬ一撃を受けて使い物にならなくなった足と熱くなった顔、そして未だ早鐘を打つ鼓動はどうやらしばらく平常に戻りそうにないらしい。
「"好物"には、分かりやすく表情変わるんだよな。義勇の奴は」
何でアイツは気付いてないんだ、と錆兎は今頃出来立ての鮭大根を一緒につついているであろう二人を思い浮かべながら、そう呟いた。