元ヤン先生と錆兎くん
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元ヤン先生と錆兎くん⑤
「今年度から剣道部の副顧問はミョウジ先生だ」
「「よろしくお願いします!!」」
第二体育館の中心にわらわらと集まっている剣道部員達の視線は、前方に立つ冨岡先生と私に釘付けだった。
結局、私の抵抗も虚しく冨岡先生の一声であれよあれよと剣道部の副顧問に決定となってしまった。
煉獄先生には「まあ匂いもじきに慣れるさ!」と肩を叩かれた。絶望に打ちひしがれたけど決まってしまったものはもう仕方がない。
任された以上はしっかりこなしたいし、冨岡先生にも生徒にも罪は無いのだから。……まあ、ただ一人を除いてな!!
その一人は今まさに目の前で満足気に笑っていやがるコイツ。さ!び!と!
綺麗に整列している少年少女達の一番前に部長の錆兎はいる。平然としている風に見えて、口元がうっすら吊り上がってるのちゃんと見えてるからな。
肩まで伸びた宍色の髪は一つに纏められ、ぴしりと道着を着こなす姿はまあ……キマッてる。それがまた腹が立つというかなんというか。
「………」
「……?」
冨岡先生が連絡事項をいくつか話してる間、それとなく送っていた自分の視線と錆兎のそれがパチンとかち合った。
合った瞬間ジト目に変わった私に、錆兎はキョトンとした表情。この余裕っぷりが余計に腹が立って、錆兎が何を思っているかなんてお構い無しに思いきり目を逸らした。我ながら子供っぽい抵抗。
「俺からは以上だ」
「では、素振りから始めるぞ!」
「「はい!お願いします!」」
丁度同じタイミングで冨岡先生の話が終了して、錆兎の掛け声を合図に一斉に練習がスタートした。
「じゃあ私は職員室に戻りますね」
「ああ、分かった」
部員達が素振りをしている様子を少し眺めた後、私は指導する冨岡先生にこっそり声を掛けて体育館を後にする。
基本的に部活動は遠征や合宿以外の日はどちらかの顧問が見ていれば良い為、冨岡先生がいる日は私は職員室で通常業務及び校内の見回りを優先して行うことになっている。
そもそも私経験者じゃないしね。
後から聞いて驚いたけど、この学校の剣道部結構強いらしい。以前歴代のトロフィーが校長室前に並んでいるのをこないだ見て震えてしまったのを思い出す。
そんな所で私、本当に力になれるのかなぁ。
基本的に冨岡先生が指導してくれるとは言え不安しかない。
「帰りに初心者の為の剣道本でも探しに行くか」
後になって全然話にならないって錆兎に呆れられるのは何となく癪だし。
何はともあれ、ご挨拶という第一関門はとりあえずクリアしたことだし、明日からのことはこれからじっくり考えていくとしよう。生徒の為にやるべきことはしっかりやらないと。
「後は……アレも買わないと」
◇◇◇
——翌日。
「おはようございまーす!」
「はい、おはよう~!」
今日もキメツ学園は生徒達の明るい活発な声が飛び交う。フレッシュで輝く笑顔を振りまく彼らに私まで元気をもらってる。
こういう時に教師になって良かったなって思うんだよなぁ…ってしみじみ思いながら、門前で続々と登校する生徒達に挨拶をしていた。
「せんせーって目が悪かったの?」
すると一人の女子生徒が私の頭に掛けているものに気付いて、無邪気な表情で尋ねる。昨日までそんな眼鏡無かったよね、と言う彼女はよく周りを見ているんだな。感心感心!……ってついつい煉獄先生の口調がうつっちゃった。
私は彼女の質問によくぞ聞いてくれましたと得意げな表情を浮かべてふふんと鼻を鳴らした。
「これはね、魔除けだよ」
「まよけ~?何言ってんの先生、変な宗教に入らされてない?大丈夫?」
「真剣に心配しないでくれるかな?」
最近の若い子は容赦がねぇな!心配してくれてありがとう!!
でもこれ、ボケで言ったわけじゃないんだよ。誰も信じてくれないだろうけど魔除けって言うのは本当だ。そういう目的で昨日買ってきたんだから。
不思議そうに首を傾げる生徒を何喰わぬ顔で送り出しながら私はその時を待つ。
どんな時に使うかって言うと——
「おはようございますミョウジ先生」
ほーらキタっっっ!!!
私は見慣れたその姿を見るや否や、すかさず頭に掛けていたデカい瓶底メガネを下にずらす。周りはきっと驚いたことだろう。こんな奇怪な行動をする教師でごめんよと心の底から思った。けどこれしか思いつかなかったんだ…!
「やあ錆兎くんおはよう!」
ふふふ、君はさぞ驚いていることだろう。
しかし私にはその表情が見えない。このメガネ、実は度が強すぎる。完全に私に合ってない。
何でこんなものを掛けているかと言うと、敢えてこうすることで錆兎の顔をじっくり見ることはないしいちいち心乱されることはないと考えたから。
これだと不自然に避けることもしなくていい。我ながら素晴らしい発想だと思う。見た目に問題はありありなんだけど。
「なんだ? 随分雰囲気変わったな…?」
ぼやけた視界の向こう側からは明らかに動揺した声が聞こえる。
髪色くらいは認識できるけど全く見えない。度が合ってないメガネをかけるのは想像以上に力を使うんだな、すぐに目の奥が痛くなってきた。
「もうホームルーム始まるよ、早く行かないと~」
「いやまだ時間あるけど……」
「ほらほら〜」
メガネをかけた私を見てピタリと足を止めてしまっている錆兎がどんな顔をしているか分からないけど、早く行けと圧を掛ける。
錆兎からは煮え切らない返事が返ってきたが、渋々校舎に向かって歩き出した。それを確認して、ふぅーっと息を吐きながら眼鏡をまた外す。はあ、視界がクリアなのはストレスが溜まらなくていいなと改めて思う。
「思ったよりしんどいな」
まあこうすると決めたのは誰でもない私だし仕方がない。慣れるまでの辛抱だ。二、三日もすれば快適になるだろう。
——休み時間。
「あ、先生……」
「なんだい錆兎くん!」スチャッ
「いや、何でも……」
——部活前。
「おい、ナマエ……」
「名前で呼ぶなし」スチャッ
「……はい」
それからというもの、私は校内で錆兎に出会う度にその瓶底メガネを使った。
他の生徒や先生達には「普段は使わないけどよく見えない時だけ使っている」と言って、しれっと錆兎の前で掛けては平常心を保つ。
頭が痛くなることを除けば、動揺することも不必要に見てしまうことも減っていて効果はありありと出ている。
だけど何日使っても一向に慣れてくれないのはちょっと困りものだ。掛けるたびに頭痛が酷くなっている気がする。
「いったぁ~……」
そもそも度が合ってないメガネを使うこと自体間違っているのは理解しているけど、ほんの数分使うだけでここまで負担がかかるとは思っていなかった。
日に日に増す痛みに頭を抱える。
確か鞄の中に頭痛薬、入ってたっけ。わざわざ合わない眼鏡を望んで掛けた癖に薬に頼るのもおかしな話だけど、さすがに仕事に支障がでそう。
次の授業の前に少しでも痛みを抑えたいと重い足取りで職員室に向かう途中、いよいよ視界がボヤけてきた。
眼鏡、今は掛けてないのに……これはマズイ。そう思った瞬間、
「ミョウジ先生!?」
徐々に暗くなっていく視界の片隅で、微かに見覚えのある色が見えた様な気がした。
ああ、私ってとことん馬鹿野郎だわ……。