元ヤン先生と錆兎くん
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元ヤン先生と錆兎くん④
私は今、コンビニの前にいる。
連日心身を掻き乱された私は我慢ならず煙草を買おうとここに来たんだけど、今一歩踏み出せずにいた。
「ふぅ…」
少しだけ深呼吸をして、ゆっくり一歩前に出ると、自動ドアの開く音が店内に響き「いらっしゃいませー」と店員の間延びした声が聞こえた。
レジの前で「53番」と伝えると店員は慣れた手つきで背後にずらりと羅列された中から目的の物を取り出し、目の前に差し出す。
ああ、久しぶりだね、会いたかったよ懐かしのマルメンちゃん。いざ目の前にするとずっと昔に生き別れた家族にようやく出会えた気分。
しかし、感動の再会をすべく手を伸ばしたところで私の中の天使が脳内に語り掛けてきた。
いいの?ここで煙草を買えば折角我慢し続けた今までの努力は水の泡ではないの?
「……ぐ、…やっぱりやめときます…」
フルフルと震えた手で煙草を押し返すと店員は訝し気な表情で「はぁい」と気怠げな返事を返す。
のそのそと煮え切らない思いを抱いたままコンビニを後にし、少し歩いたところでパン!と両頬を叩いた。
「まだ早い!」
まだ社会人生活は始まったばかり。初っ端から負けてはいられん!
自分の無駄に負けん気が強い所を実感すると、私はとことん突っ張ってたんだなぁってつくづく思う。
◇◇
あれから煉獄先生に顧問の件について、希望の部はないが剣道部だけは避けて欲しい旨を伝えた。
何故剣道部だけ?と質問攻めにあったけど「ちょっと匂いが駄目で~」と適当な理由をつけて無理矢理納得してもらった。ごめん、剣道部の皆さん。
でもこれで私も錆兎に必要以上に近づかなくてもいいし、平穏な日々が送れると安堵したのも束の間。今度は別の人物に捕まってしまった。私の平穏よ帰って来てぇ。
「何故剣道部を避ける」
本人は今、私に壁ドンしているなんて意識はないのだろう。無意識って怖い。
ずいっと無表情な顔を近づけられギリギリまで壁に押し寄せられてさすがに焦りが出る。
「冨岡先生!近い!近いですよ!」
「匂いくらいでは納得できない。理由を話せ」
「話聞いてます!?」
あんな断り方をして剣道部顧問の冨岡先生に捕まらないわけがないのは分かっていたし覚悟はしていたけどまあ怖い。片手に持った竹刀が余計に怖い。まあ竹刀は見慣れているけど。まさかここまで威圧されるとは思わなかった。
「…部員の一人がお前を副顧問に指名してきた」
「は?」
「部長の錆兎とはどういう関係だ」
「はぁ?」
真顔で詰め寄られているけど、この人何聞いてきてんの?!
ていうか何指名してんだよあのクソガキ!明らかに疑われてるじゃん!
「何もないですよ!」
「じゃあ何故あいつはお前を知っている」
「ぐ、それは…」
じとりと至近距離で睨まれ、完全に被疑者扱い。これはどう言い逃れしたら正解か瞬時に頭を働かせた。けど、事前に答えを用意していなかった私の頭は見事に混乱していた。——その時。
「たまたま顔見知りだっただけだ」
冨岡先生の後ろから声が聞こえて冨岡先生と二人で後ろに視線を送る。登校したばかりなのか、竹刀を入れた袋を肩にかけたままの錆兎がにこりと微笑みながらそこに立っていた。冨岡先生の手が壁から離れ、身体ごと錆兎に向き直る。何だか、不穏な空気を感じる…!
「錆兎」
「こないだも言ったけど、ミョウジ先生は昔武道かじってたらしいから丁度いいだろ」
「何故そこまで知っている?」
「強い奴の情報は何でも知りたくなるんだよ」
それだけだ、と錆兎がぴしゃりと言い切ると二人はじっと見つめ合う。しばしの沈黙が異常に長く感じる。そして視線を交わし合った末、冨岡先生は「そうか」とだけ言ってそれ以上何も言わなくなった。
私は何を見せられているのだろう。何故生徒が教師を言い包めちゃってんの、そもそも二人ってどういう関係なわけ?
展開が理解できなくて口を半開きにしていると、冨岡先生は私の方へまたゆらりと向き直り口を開いた。
「とりあえず、上には俺から剣道部副顧問に推薦しておく」
「え?待ってください!私まだやるなんて言ってな「そこのお前!髪色が明るい!」ってもういないじゃん速い!」
私の返事を聞く前に冨岡先生は通りすがった校則違反の生徒を見つけ、ものすごい速さで追いかけて行った。そのスピードはオリンピック金メダル取れるんじゃないかと言いたいくらい。結局何も言い返せずに先生を見送る形になってしまい呆然と立ち竦む。
唖然とする私を見ていた錆兎がクツクツと声を殺して笑うもんだからすかさずそのすかした顔を睨んだ。
「笑うな…っ!」
「いや、ごめん。義勇に振り回されるミョウジ先生が面白くて」
「見世物じゃないわ!……ってあんた先生呼び捨てにするんじゃないわよ」
「?してない」
「してるじゃん、義勇って」
「ああ、そっちか」
そっちかってどっちだと思ったんだよ、というツッコミはしないでおいた。
すると錆兎は冨岡先生の去っていた方向に視線を向けて、「子供の頃からの幼馴染なんだ」と言う。へぇ、と軽く返事をしながらその横顔を眺める。その瞳は家族を見る時のように温かで、初めて聞いた私でも大事に思っていることが分かった。冨岡先生も物凄い形相で私に錆兎との関係を聞いてくるくらいだし、お互いにそうなのだろう。だからと言ってこの場で呼び捨てして良い理由にはならないんだけど。
錆兎を大切に思う存在がいることを教師として嬉しく思うと同時に、自分の高校時代を思い出して少し羨ましさも感じてしまった。そんな気持ちはもう不要なのに。振り切る様に顔をブンブン振っていると、再び錆兎がこちらを振り返って口角を上げた。
「で、やってくれるんだろ?副顧問」
「……断る」
「何で。喧嘩強かったのに」
「喧嘩は剣道に関係ないでしょ!あと当時の事は言うな!言ったらぶん殴る!」
脅しをかける様に拳を振り上げたのに、錆兎には全然通用してなくてさらに笑われた。何その余裕クソガキの癖に腹立つぅ~!
完全に揶揄われているような気がしてこれ以上錆兎といたらまたボロが出そう。一発小突いてから早々に立ち去ろうと拳を軽く振り下ろす。だけどそれはあっさり掴まれてしまって、睨むように錆兎を見上げるとさっきまできりっと上がっていた眉がほんのり垂れ下がっていた。
「まあ色々教わることはあるだろ…と言いたいとこだけど本音はナマエに俺の最後の一年を見届けて欲しかったんだよ」
柔らかな声色が、耳にすっと入り込んだ。
ほら、またそうやって搔き乱す。そんなこと言われたらこれ以上強く断れないじゃない。
「……とにかく、この件は保留です。あと呼び捨てすんなって言ったでしょ」
思わず視線を外し、掴まれていた腕に力を入れて錆兎の手を振り払った。軽く振り払われたことに錆兎は驚いていたけど、私の腕っぷしの強さはあんたが一番よく知っているでしょうに。
すかさず距離を取って、冷静に声を出す。落ち着いて対処すれば胸の中で大きくなった鼓動がバレることは無い。
——と思っていたけれど、錆兎は思ったより空気が読めない男だったみたい。
「おい、顔が赤いぞ。風邪か?」
「……ええい誰のせいだと思っとるんじゃー!!!」
「!?」
「貴様はいちいち距離が近い!これ以上近寄るな!」
完全にキャパオーバーした私は思いきりそう叫んで全力で走り去った。残された錆兎がどんな表情をしていたかなんて知らない。
『冷静』と言う言葉は私の辞書にはないのだろうか。これから教師としてやっていけるのか益々不安。
剣道部の副顧問、恐らくならざるを得ないだろう。それはもう抗う術がないから仕方がない。だけどアイツには迂闊に近寄らない、近寄らせない。そう堅く誓った。
帰りにやっぱり煙草買おう!