元ヤン先生と錆兎くん
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
元ヤン先生と錆兎くん③
勤務初日早々やらかした感しかない。翌日になればそれは余計に重く圧し掛かる。
新任教師が、一生徒と、初日に、影で抱き合うとか!ドラマでしか見ないような展開、まさか自分が経験するなんて。その時抗えなかったとは言え教師として反省点が山程ある。
あの場面、本当に見られてないだろうか。錆兎はあの後余計な事を言っていないだろうか。今から職員室に入った瞬間何か言われたりしないだろうか。怖くて学校に入れない。
「はぁ……」
もう出勤するのが気が重い。溜息をついたら幸せ逃げるよ、って誰かが言っていたけど、幸せを求めてる場合じゃないんだよ。平穏な日々だけで十分なんだよ。あ、それが幸せって言うのか。
そんな現実逃避みたいな思考を巡らせても時間は無情にも過ぎていく。溜息を吐いて幸せどころか職まで逃げられるわけにはいかないと、重たい足を無理矢理動かした。
新人が重役出勤はタブーなことくらい分かっているので早めの出勤。まだ出勤している先生も少ないだろうけど、職員室の前で一回パチンと頬を叩いて気合を入れる。まだ私の教師生活は始まったばかりなのに辛気臭い顔をしていては示しがつかない。しっかりしろ、と自分で自分に喝を入れて、職員室の扉に手を掛けた。
「おはようございまーす!」
「おはよう!ミョウジ先生!」
「おわっ、煉獄先生!朝から元気ですね…っ」
扉を開けるなり煉獄先生が目の前に現れて思わず後ずさる。驚いて心臓飛び出るかと思った。初めて会った時から元気な人だなとは思っていたけど今日も全開のようだ。至近距離なのに何処を見ているのかまるで分からない目力に圧倒される。
「うむ!元気が取り柄なものでな!先生は昨夜よく眠れたか?」
「あ、はい。お陰様で…」
「そうか!なら良かった!昨日は色々と大変だったからな!」
”色々と”
その言葉にドキッと心臓が大きく鳴った。
一瞬過るのは昨日の出来事。まさか、錆兎とのあの場面を見て遠回しに私の動向を探っていたりするかも。いや煉獄先生に限ってそんなことは、と思うけど、朝から心配し過ぎて嫌な方にばかり考えが偏ってしまう。
バクバクと飛び出そうな程鼓動が激しくなるのを必死に抑えながら、ははっと乾いた笑みを出した。
「そうですね~!初日はさすがに緊張しました!」
「そうだろう!俺も初めては緊張した!」
「え、そうなんですか?煉獄先生緊張しなさそうなのに」
「そんなことはないぞ!俺も人間だからな!まあすぐに慣れたが!」
わはは!と職員室中に響くんではないかという程の高らかな笑い声に拍子抜けさせられた。
蓋を開けてみれば全くもって探られている様子もなく、それどころか嘘偽りの無い雰囲気で、彼は心からそう思って喋っているのだろうことが容易に分かる。
周りを見渡せば他の先生もにこやかに私たちの様子を見守っているし、何なら「頑張ってね」と応援された。
どうやら、さっきまで抱いていた心配は案外無用のものだったのかもしれない。そう思うと急にホッと安心で体の力が抜けた。と思ったらまた煉獄先生がズイっと目の前に身を乗り出してきた。
「ところでミョウジ先生早速なんだが!」
「え!は、はい!何でしょう!」
「部活動は何処にする!」
「は?ぶかつ、どう?」
「顧問はもう決定しているのだが、副顧問はこれから決定される。経験者以外は勝手に割り振られるのだが、新任の先生は特別に希望を聞いていてな」
そう言えば、必ずどれかの顧問か副顧問をしなくてはいけないんだっけ。
そう言われても別に部活の経験はないし、まして何か習い事をしていた訳ではない。
まあ、強いて言うなら喧嘩を少々…ゴホン。ブランクはあるけど腕っぷしには自信があるくらい。こんなもの煉獄先生の方が圧倒的に力強そうだから私の力なんて何の足しにもならないだろう。
特別これがいいってものは無かったので煉獄先生には「特に希望は無いです」と答えた。
「では、放課後に色々見学してくると良い」
返事は明日でも大丈夫だ、と先生は笑いながら私の肩を優しく叩く。
教師というのは勉学を教えるだけではないのだな、と改めて実感した。
◇◇
今日は本格的な授業初日ともあって授業内容は慣らしみたいなものだった。何とか一日無難にこなし、目的の放課後を迎えた。
まずは校庭や体育館で活動する運動部を一つずつ見回っていく。定番の野球部やバレー部等の爽やかな活動風景は自然と心を躍らされた。
自分もこんな生活していたらまた気持ちは違っていたのかななんて今更なことを考える。本当に今更すぎて笑えないんだけどね。
次に向かうのは校舎内で活動する吹奏楽部や文化系の部。規則正しい姿勢で活動に励む姿は見ているだけでも神聖に感じる。
この学校は部活動にも力を入れているとは聞いていたけど、これほどまでとは思っていなかった。最初は言われた所に従っていけばいいかくらいに思っていたけど、これは適当に選んでられないな。煉獄先生が見て決めろと言った意味を今ようやく理解した。
「え、もうこんな時間!」
そう思うと見学にも力が入るもので。じっくり見ていたらいつの間にか日も落ちて暗くなってきた。
時計を見るともう下校時間が近い。外では続々と活動を終え下校していく生徒の姿が見える。
一つ一つに夢中になってしまってまだ剣道部や柔道部がある第二体育館へ行けていないことに気付いた。
今行ってももう生徒は帰っているだろうし、一応確認をしてから帰ろうととりあえず体育館のある方角へ歩き出した。
「あ、ミョウジ先生!さようなら~!」
「はいさようなら~気をつけて帰るんだよ~!」
第二体育館の近くまで来ると、生徒たちがずらずらと部室から出てくるのが見えた。ああ、やっぱりもう終わってたかぁ、と少し落胆するも挨拶だけは怠らず行う。自分の呼びかけに生徒の「はーい!」と言う明るい声が返ってきた。
今日の見学はこれで終いか。残りは明日にさせてもらうしかないな、と踵を返そうとしたその時。
「……?」
まだ中の方で微かに音が聞こえた。まだ生徒が残っているのなら一応声を掛けた方がいいのかもしれないと気になって中をこっそり覗き込む。
「あれは……」
ビュン、と風を切る音と足を強く踏む音が耳を突く。
視線の先にはただ一人、竹刀をひたすら振り続ける宍色、錆兎がいた。
部活動が終っても自主練習してるんだ。
ただ一心に素振りを続ける錆兎に自然と目を奪われた。その姿は素人目から見ても美しく、ブレない軸線にそういえば五年前に出会った時も彼は竹刀を持っていたことを思い出した。
剣道、続けてるのか。昔の錆兎を思い返して、成長した姿を喜ばしく思った。
錆兎の視線はずっと前を見据えている。その射抜くような目つきに思わずドキンと胸が高鳴った。したたる汗すら綺麗だなんて思ってしまって、そこで、ハッとしてぐりんと目を逸らす。
「う、うああああああ……!」
突如全身を襲うぞわぞわとした羞恥心に耐え切れずに小さく呻き声を上げてそのまま走って体育館を離れた。
私、今、錆兎に見惚れていた。
今朝感じていた罪悪感がまた腹の奥から込み上げてきて、どうしようもなく叫びたい衝動に駆られるのをぐっと耐える。やばい、非常にヤバイ。
私はここまで男慣れしていなかったのか。さすがに同じ生徒に二回もときめくなんて酷すぎる。ドン引き。有り得ない有り得ない!
倫理のなさに自分で自分を殴ってやりたい。腕っぷしには自信あるからな!それはそれは痛くて目を覚ますことだろう。さすがにこんなとこでは馬鹿すぎるけど。
「私は教師、アイツは生徒!私は教師、アイツは…」
言い聞かせるように頭の中でその呪文を何度も反芻させる。いらない煩悩を振り切る様にブンブンと頭を振って下にしゃがみ込み頭を抱えた。
さっきはきっと生徒の立派な姿が純粋に素晴らしいと感動しただけだ。そうだと思いたい。
だけど、今だにドクドクと脈打つ鼓動はさすがに誤魔化しがきかなくて。
「あーーーもう!」
どうしたって彼は私の調子を狂わせてくるのか。私にとってあの存在は狂気でしかないとまで思えてきた。五年前はそんな感情生まれなかったのに。
この先、彼が卒業するまで私は平常心を保ってられるのか。まだ一年始まったばかりなんだけど。
「とりあえず、剣道部の顧問だけは除外してもらおう……」
明日いの一番に煉獄先生にお願いすることを心に決めて、はあ、と今朝より大きなため息を吐いた。
ああ、煙草、やっぱり吸いたい。