元ヤン先生と錆兎くん
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元ヤン先生と錆兎くん②
衝撃の全校朝礼は錆兎に出会った驚きでフラフラになった足を引きずりながら壇上に上がるも、何とか噛まずに挨拶を終え事なきを得た。
他の先生達に心配されたけど、緊張からですかね、と適当に誤魔化してその場を凌ぐ。
後でその時の事を思い返してもやっぱり夢だったんじゃないか、なんて思えるくらい未だに信じられない。あれは私がふと昔を思い出したから緊張で幻覚が見えたんだ。うん、そういう事にしておこう。情報処理が上手く出来なかった私の脳はさっきの出来事は幻だと言うことにしてそれ以上の思考を強制終了した。
そもそも私は三年の担当ではないし、仮に錆兎がここにいたとしても接点は極端に少ないはず。だから出会うこともないし大丈夫!
……のはず。
「お疲れさまでしたー!」
初日の業務は殆ど担当クラスの挨拶と、ミーティングと指導案の作成が殆どであっという間に終了した。気が付けば外はもう真っ暗になっていて、ちらほらと退勤する先生も。私も許可をもらえたので、今日の所は上がらせてもらうことにした。
帰り際に「明日から本格的に忙しくなるから頑張れよ」と美術の宇髄先生が労いの言葉を掛けてくれて一層やる気が増す。いよいよ明日から、私も教師として責任のある立場に立たされることになる。私が高校生だった頃なんて碌な学校生活を送ってなかったから余計に今の子達には伸び伸びとしていて欲しいと思う。そのサポートができるように、自分も頑張らないと。
早歩きで廊下を歩きながら暗くなった教室に誰も残っていないか確認する。こんな時間に残っている生徒がいればその場で指導しなければいけない、と帰る時のルールを教えられたから。我ながら、ルールに忠実になれたもんだと笑いそうになった。
この階は特に誰もいないようでホッと安心する。このまま帰ろう、と渡り廊下に向かって角を曲がろうとした時だった。
ドンッ
「わ、」
「あ、すみませ…っ」
「「……あ」」
曲がった拍子に誰かにぶつかってしまって慌てて謝罪をするが、見上げた際に視界に入った存在にピシリと全身が固まった。その人は目を見開きながらも肩を支えてくれたけど、昔と変わらない暗闇に映える髪色に完全に思考が止まってしまった私は上手く言葉が出なくて。
やっぱり存在してるじゃん、私の気のせいじゃなかったじゃん!
「あ、あらららごめんなさいー!部活かな?遅くまでお疲れ様!気をつけて帰るのよー!それじゃあさよならー!」
「あ、おい!」
ここまで一息。彼の目を見ることの無いように横に逸らして、ペラペラと言葉を並べて逃げるように立ち去ってしまった。この間一秒くらい。めちゃくちゃ不自然。生徒を避けてしまうなんて教師としてあるまじき行為。最悪。
半泣きになりながらもう今更戻れないと走る足を止めない。明日からどんな気持ちで出勤すればいいんだろう。初日からやらかした感が凄い。
「おい、待てって!」
突如後ろから強引に引っ張られる腕。まさか追いかけてきてるなんて思いもしなくて、足が踏ん張りきかずに思わず体がぐらつく。後ろに倒れてしまう、と目を瞑ったが、引っ張ってきた相手の胸にぽすんと受け止められた。
「逃げるなよ!折角会えたのに」
慌てて体を離そうとしたけど後ろから彼の腕がぎゅっと絡み付いて離れない。突然の急接近に心臓がバクバクと大きく鳴り響く。誰かに見られたら一発でアウトな状況、どう説明して逃れたらいいのか。考えが全くまとまらない。
「ひ、人違いでは…?」
「あの口パクで動揺したくせによく言う」
「う、」
余計に腕の力が強まって少し痛い。いつの間にこんなに力を付けたんだ。最後に会った時は小さいガキンチョだったのに。今や彼の腕の中に自分がすっぽりと収まってしまって、五年の間に随分成長したんだなと時間の流れを感じた。
「ナマエ」
落ち着いた低い声でふいに名前を呼ばれてドキッと胸が高鳴った。教えてもいないのにその名を知っているのは、当たり前か…だって朝礼ででかでかと自己紹介しましたもん。だから特別驚くことは無いのだけど、拗ねたように肩に額を押し付けられているこの体勢にはさすがに驚かざるを得なかった。
「ちょ、なにして」
「本当は、面と向かって名前聞きたかったのに…」
さっきまでと違う、絞り出すような苦しい声。
...ああそうか、私、既に一回この子から逃げたんだった。
あの時は例え少年を相手だったとしても必要以上に踏み込まれるのが怖くて、これ以上暴かれるのが嫌で、何も言わずに去ったんだった。あの日、錆兎はずっと公園にいたんだろうか。待っててくれたのだろうか。
置いていかれた者の気持ちなんて、あの時は考えてなかった。そう思ったら、これ以上逃げる気なんてこれっぽっちも考えられなかった。それこそ、今の私がしてはいけない行為だ。
「……ごめんな、桃太郎…」
「ナマエ」
「髪色で桃太郎って言ったけど、これ、宍色って言うんだよね」
綺麗な色。国語の教師を目指して、初めて知った単語。肩に乗せられた錆兎の髪を掬いながら、そう呟くと錆兎は嬉しかったのか更に抱き締める力を強めた。
「い、痛いんだけど…!」
「今までの仕返しだ、この馬鹿ナマエ」
「あのさぁ!一応苗字で呼んでくれないかなぁ?!あと先生もつけろ!」
一応、先生なんですよ!と強く言うと錆兎はくくっと喉を鳴らしながら笑って「ミョウジ先生」と改めて名前を呼んだ。気を付けていたのにうっかり口調が戻ってしまって、やっぱりこいつと話すのは色々宜しくない。
とりあえず、誰かに見られたらまずいから放してくれと頼むとあっさり解放され初めて向かい合う。再会してここで初めて錆兎としっかり目を合わした。
「てかさ、よくわかったね、私だって」
「ああ、そりゃあ…」
理由を言おうとしたところで、何故か錆兎はゴホンと言葉を詰まらせた。何かと問うと「何でもない」って。何よめちゃくちゃ気になるんだけど。だけどそれ以上聞いても彼は何も答えてはくれなかった。
「確かにあの時と比べたら随分見た目が変わったな」
「そりゃ、あのまんまじゃ教師にはなれないでしょ」
「まあそうか…それじゃあ昔のナマエ…じゃなかったミョウジ先生を知ってるのは俺だけってことか?」
そうだね、と答えたところでハッとした。そうだった!隠さねばならない過去をこいつは知っているのだ。すごく弱みを握られた気持ちだ。錆兎がチクれば噂は忽ち周囲に広がり、私の教師人生は一瞬にして終わる。なんて崖っぷちに立たされた気分だろう。
「頼むから誰にも言わないでよ…」
錆兎に限ってそんなことはないと思いたいけど、一応念押ししておく。ついでに学生時代に身に着けた『上目づかいでお願い』スキルを使えば、きっと約束を守ってくれるはず……あれ?なんで笑ってんの。
「ああ、そうか。二人だけの秘密、ってことだな」
その表情は喜びからなのか、意地悪心からなのか、よく分からないにたり顔で錆兎はくつくつと笑う。全くもって理解できない顔で首を傾げていると、それに気付いた錆兎がふわりと笑う。その頬は少し紅を差したように赤らんでいた。
「いや、嬉しいんだ、俺だけ特別って感じがして」
その言葉にぶわっと全身がそわついた。ちょっとその顔反則じゃない?! 不覚にも生徒相手にときめいてしまった…いけないいけない。少し前まで少年だったのに、五年でここまで成長するものなのか。成長期とは恐ろしい。
「ほっんと昔から調子狂う...」
「なんか言ったか?」
「何も!と、とにかく、これからは先生と生徒の関係だから、もうこんなことしないでくださいね!」
「わかったよ、先生。これからよろしくな」
仕切り直しと言うように握手を交わし、錆兎は部室の鍵を返しに職員室へと向かった。
誰もいなくなった校舎の隅。ぽつんと残された私はボーっとしばらく錆兎が去っていった方向を見つめて立ち止まっていた。何か、今日一日怒涛の展開過ぎて頭が追い付かない。
そんな中ただ一つ、言えることは。
「……高三こえぇ~~~~」
今、無性に煙草が吸いたい。もう何年も吸ってないのに、アイツが昔を思い出させたからだ。
明日から無事に生活出来るかな、いや出来ますように。そう願うことくらいしか今の私には出来なかった。