元ヤン先生と錆兎くん
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元ヤン先生と錆兎くん①
ちっちゃな頃から悪ガキと言うわけではなかったけど、15で不良と呼ばれていた。
地元じゃ負け知らずなのはあたしが強いんじゃなくて周りが弱いんだよ。
盗んだバイクは数知れずだけど見つかってないからセーフと思ってる。
学校なんてろくに行かなかったし、センコーには完全に見放されていた。というより手に負えなかったんだと思う。
親にも存在を見ない振りされ、完全にゴミくずみたいなあたしがあるガキのお陰でまともな道を歩むことになるなんて、人生何があるか分からない。
「君ぃ、おじさんとイイ事しない?いくらがいい?」
大人は嫌いだ。まさに今目の前で酔っ払って人を品定めするように見てくる大人は特に吐き気がするほど気持ち悪い。
いくら、とは。寿司のネタかよ。あたしは今心穏やかに公園のベンチで煙草でも吸おうかとしていた所なんだよ。ここは人気が少ないし誰にも見つからないから穴場だったのに邪魔すんじゃねぇよ、ハゲが。明らかな敵意をむき出しにしてギンと睨むと、男は声を掛ける相手を間違えたことを自覚して焦りの表情を見せた。
「あ、そういうんじゃないのか〜こんな時間に一人でいるから待ってるのかと思ったよ」
紛らわしいな~とまるでこっちが悪いみたいな煽り文句にカチンときた。我ながら喧嘩っぱやい性格だ。むかついたら殴る、これまでそうやって生活してきたんだから仕方ない。特に、こういう理不尽な大人相手なら容赦はしない。
「上等だ、売られた喧嘩は買うよ」
すかさず胸倉をつかんで拳を大きく振りかぶる。「わぁ!ぼ、暴力はやめなさい!」と男の叫ぶ声が煩わしい。じゃあさっきてめぇは何をしようとしてたんだよ。自分を棚上げする言葉に虫唾が走る。
ああ、やっぱり大人は大嫌いだ。一思いにやってやる、と思った時だった。あたしが殴る鈍い音と一緒に、ばしんっと何かに叩かれたような音が男の後ろから聞こえた。
あたしが誰かに殴られたかと思ったが痛みは全くなく、何故か男が一発殴っただけで失神してる。そんなに力を入れたつもりは無かったのにと不思議に見ていると、その向こうに人影が見えた。
それはあたしよりも少し幼く見える少年、夜の暗闇に映える美しい桃色…?のような髪に目を奪われそうになった。手には竹刀を握りしめ、険しい顔をしていることからさっきの音の正体は彼だと理解する。
「大丈夫ですか?!」
くたりとした男を他所に、少年はあたしに向かってそう声をかけた。
「え、あ、大丈夫だけど…」
どっちかって言うと、大丈夫じゃないのはあたしじゃなくて今伸びてる男の方で。これ見て分かんない?と掴んでいる胸ぐらと自身の拳を少年に見せるように突き出すと少年の顔がサーっと青ざめた。
「てっきりあんたが変な男に絡まれてるとばかり…」
伸びた男をベンチにそっと寝かし、少年は歯切れの悪い声を出す。男に関しては寝たままで放っておくことにした。どうせ酔っ払いが寝てるくらいにしか誰も思わないだろう。『こいつは援交常習犯です』ってメモ貼っとけば良かったかな。
「まあ絡まれたのは事実だし、れっきとした正当防衛」
「そうとは思えないくらいの一発食らわせてるんだが…」
「事実は事実、程度は知らん」
「あんた、絡まれた割には平然としてるんだな」
そりゃ、絡まれる事には慣れてるもんで。そこらかしこから突っかかられてるから、こんなくらいで怯むようなヤワな性格だったらそもそも不良になってない。当たり前のようにさっき吸い損ねた煙草を一本取り出した。喧嘩した後は決まって吸いたくなる…が、口に咥えた途端少年にあっさり掠め取られてしまった。
「未成年が煙草吸っちゃいけないだろ!」
「てめぇ、返せよ!」
「不良って言われてもいいのか?!」
「もう呼ばれてんだよ!」
そこまで勢いで答えて「ん?」となった。まさか、こいつあたしが不良だと気付いてないのか。時代が時代だからスケバンまでとはいかないが見た目でそこそこ分かると思っていたけど。少年も少年であたしと同じ顔をしていて、少し考えた後何かに気付いたような表情をした。
「あんた……不良だったのか?」
「…見て分かんない?」
「人は見た目で判断したくない」
「いや、しなさすぎじゃね?」
完全に拍子を抜かれた。まさかこの世であたしを善良な一般市民だと思う奴が存在しているとは。親ですらあたしを蔑むのに。少年は「だからあんな凄い右ストレートを…」と呟いて感心までしている。
「は、ははっ」
思わず笑いが込み上げた。こんなに変わった奴を見るのは久しぶりだった。笑ったのも、久しぶりかもしれない。
ひとしきり声を出して笑った後、あたしより少し低い少年の頭をポンと軽く撫でた。
「そ、あたしは強いからもう助けなくていい、怪我すんぞ」
勘違いとは言え、助けてくれたことには素直に感謝したくてそう言うと、少年は子供扱いされたことが気に食わなかったのかムッと眉を顰めた。
「怪我なんてしない、それに強い弱いは関係ない」
「?」
「純粋に助けたいと思ったから助けたんだ」
「う、」
「男なら女が危ない目に合ってたら助けるのは当たり前だろ」
身長差から少し上目で、それでいて真っ直ぐな瞳に見つめられ思わずちょっとぐっときてしまった。男女平等に暴れてきたあたしは女扱いにめっぽう弱いことは自覚していたが、まさかこんなガキにときめかされるとは…不甲斐ない。
「あ、まぁ好きにしろよ、あたしはもう行くから。気を付けて帰れよ桃太郎」
このまま目を合わせているのは心臓に悪い気がして無理矢理目を逸らした。誤魔化す様に少年にあだ名までつけて、ひらひらと手を振りながら彼に背を向ける。
「待っ、俺は桃太郎じゃない!」
背後からそんな叫び声が聞こえたけど、お構い無しに歩みを進めた。
お前はもうあたしの中では桃太郎だよ。もう会うこともないだろうから名前は聞かない。おとぎ話のヒーローの名前で覚えておくくらいが丁度いいだろう。
———と思っていたけど、桃太郎は次の日もあたしの前に現れた。
「お前…なんでいるんだよ」
「名前の訂正」
「真面目か」
昨日と同じ公園の同じベンチに座って少年は教科書らしき本を広げてあたしを待ち伏せしていた。背中には竹刀を背負ったまま、昨日も持っていたけど習い事の帰りか。ご丁寧に眼鏡まで掛けて、そんな暗い所でやらずにお家帰って勉強しなさいよあんた。
それより少年がいると煙草が吸えないから困る。まだ火をつける前の煙草を持っているのを早速見つけた少年は案の定「煙草、やめろよ」と畳みかけてきた。あー面倒くせぇ。
「子供は帰って寝る時間だろ、早く帰れよ」
「そんな子供じゃない!もう中一だ!」
「十分ガキだろ!」
何だろう、こいつと話していると調子が狂うな。ちょっとイライラしてくる。カシカシと自身の頭を掻いていると、先に少年が口を開いた。
「錆兎だ」
「あ?」
「名前、桃太郎じゃない」
少年は昨日同様真っ直ぐな瞳であたしを射抜く。これだよ、これ。この目が苦手なんだ。自分が情けなく感じる正義感の塊のような瞳が一番調子が狂う原因になりつつある。どうしてもその目と合わせるのが嫌ですぐ逸らしては適当な返事をする。だけど錆兎はそんなことお構い無しで。
「ああ、分かったよ、錆兎くんね」
「あんたの名前は?」
「あたしの名前はいいだろ」
「もう初対面じゃないんだから名前くらい知りたい」
君が勝手に初対面じゃなくしてるんでしょうが。思ったより頑固だな、こいつ。もう少し適当に過ごせないのか。あたしのような人間とは相性が悪いことくらいそろそろ気付け。
「三回目に会う機会があれば教えてやるよ」
もうここには二度と来ない、そう決めて出た言葉だった。何故だかこいつには名乗りたくない。こいつの頭の中にこんな落ちぶれたあたしを刻みたくなかった。
煙草も吸えないし早くバックれようと別れの言葉を出そうとしたが、少年が困ったように教科書と睨めっこしている様子が目に入った。
「…なんだよ、わかんないのか?」
「ん、この問題がどうにも」
「だから家帰れっつっただろ」
「これ解いたら帰る」
「……はぁ~仕方ねぇな、ほらそれ貸せよ」
何故かお節介心が芽生えた。というより、ぱっと見自分でもわかりそうだったから早く解いて帰ってくれればこっちもわざわざ移動しなくて済むと思ったからだ。キョトンとする錆兎の教科書を半ば無理矢理奪い取り、隣に座ってそれを読む。なんとか理解はできた。自慢じゃないがあたしは素行は悪いが頭は悪くない。それなりに出来た方が楽だし、別に勉強が出来て損は無い。内申点とかは全く理解が出来ないけど。何が悲しくて大っ嫌いなセンコー達に媚び売らなきゃならないんだ。うざったい。
「あーここは、この公式を使え」
出来る範囲で錆兎に解き方を説明してやる。最初は戸惑っていた錆兎も説明を理解してくると真面目にあたしの話を聞くようになった。根は素直だからかすぐに問題を解くことが出来て錆兎はぱあっと顔を輝かせた。
「解けた!」
「はい良かったね、じゃあ早く帰ってくれ」
「あんた教え方上手だな」
「そりゃどーも」
「あんたみたいな先生に教われたら、授業楽しいだろうな」
思わぬ言葉を掛けられて、ピタリと動きを止めてしまった。嬉しそうに微笑みながら言う錆兎は、曇りなき眼であたしを見る。
ああ、もう、やっぱりこいつ苦手だ。褒められることに慣れてなさすぎて吐き気がする。そんなお世辞ひとつで喜んでしまう自分が、気持ち悪い。
「ばーか。こんなセンコー絶対嫌に決まってんだろ」
「そんなこと「ほら、もうできただろ、中坊は早く帰れよ」…わかったよ」
錆兎の言葉を遮ってしっしっと追い出そうとするとさすがに察したのか錆兎は渋々筆記用具を鞄に終い始めた。
「次会ったら絶対名前教えろよ!」
「はいはい」
残念だったな、少年。あたしはもうここには来ないからもう会うことは無いよ。真面目なお前にはあたしは不釣り合いだ。
「まっとうな人間になったら、またな」
去る錆兎の背中をボーっと見つめながら、ふと思ってもないことを口に出した。
◇◇
————五年後。
本当に、人生とは何が起こるか分からないもので。
「今日から古典を担当します!よろしくお願いします!」
私はあろうことか教師になっていた。
錆兎に言われた言葉が思ったよりも胸に刺さった私は高校生活最後の一年、少しだけ頑張った。我ながら単純とは思ったけど。
成績は元々問題なかっただけに、ちゃんと出席だけすることで卒業はなんとかなった。そのまま大学に進学して、教員免許を取得して……この五年、あっという間だったな。なんとか採用試験にも合格して、春から私はこのキメツ学園に古典教師として働くことになった。
「こんなに可愛らしい子が入ってきてくれて嬉しいわぁ」
先輩教員が私に優しく声を掛けてくれる、彼女は生物教師の胡蝶カナエ先生。ふんわりと微笑む様子に私まで釣られてえへへと頬を染めた。可愛らしい、と言う誉め言葉にも少しだけ慣れたけどやっぱり照れ臭い。この五年の間に私の容姿はだいぶ変化した。きついの一言に尽きたあの時のヤンキー姿とは一転して今は清楚な姿を心掛けている。そうじゃないと教師になんてなれないと思ったから。以前の内申を馬鹿にしてた自分とは大違いな考えに正直呆れた。けどなりたいものが見つかればそんなツッパリはすぐに投げ捨てられるもの。
「これから全校朝礼が始まる!しっかり挨拶を頼むぞ!」
「はい!頑張ります!」
歴史教師の煉獄先生にバシっと背中を叩かれ喝を入れられた。痛いけど、なんだか先生の熱さは喧嘩三昧だった頃のあの熱い感じを思い出してちょっとだけ気持ちが滾る。滾り過ぎちゃダメだけど。喧嘩は金輪際もうしないと心に決めた。
朝礼が行われる体育館に向かう。
既に整列した生徒たちを後ろから眺めて、今日から彼らに向けて教鞭を取るのかと緊張が全身に込み上げた。教育実習もこなしはしたけど、比べ物にならないくらい鼓動がバクバクしてる。あの時錆兎に教えた時のようにすんなりできるようになればいいけど。そこまで考えて、ふと、錆兎のことを思い出した。
そう言えばあの時錆兎は中一で、五年経った今はもう高三か…。整列した三年生を見ながら、もうこれくらいになったのかと見たこともない錆兎の大きくなった姿を想像する。
私よりももう背が高くなっていそうだな、髪の毛は変わらず桃色のままだろうか。桃色と言うより、宍色と言うべきか…そう、あの真ん中くらいにいるあの生徒くらいの———
「んん?」
パチパチと瞬きをした。今のは、私の妄想が映した幻か。生徒の中に見覚えのある宍色を見た気がしたんだけど。もう一度、生徒の群れを見る。やっぱり、いる、よね。
「錆兎…?」
思わず、声に出してしまった。それは小さなものだったから、他の先生にも聞かれなかったくらいなのに。何故か、宍色の髪の彼はピクッと反応した。
振り向いた彼と目がぱちりとかち合う。五年経っても相変わらず真っ直ぐな瞳が私を吸い込みそうで目が離せなかった。いやでも、あの時と容姿が違う私に彼は気づく訳が無い。そう思っていたのに錆兎は私の顔を見て少し驚いた表情をした後、嬉しそうにふっと微笑んだ。
「 」
誰にもバレないように口パクで錆兎は私に何か言う。その簡単な三文字を読み取った私は、驚愕で足を挫きそうになった所を隣の先生に助けられた。
「何で私だってわかったの……!?」
まさかもう会うこともない宍色の少年と約束の三度目の再会を果たすなんて。
人生とは巡り合わせとはよく言ったもの。
『な・ま・え』