元ヤン先生と錆兎くん
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元ヤン先生と錆兎くん⑨
高校三年に進級してすぐに桜は散り、次に若葉が青々と生い茂げ始めたと思えばもう初夏に突入。
時間と言うのは本当にあっという間に過ぎるものだ。年を重ねるごとにそれはより早く感じてくる。といってもまだ人生の半分も生きてない小僧の俺がそんなことを言うのはおかしな話だと思うけど。
そんな時ふと思い出す、今でも鮮明に覚えている記憶。
五年前出会ったある年上の女性の話だ。剣道教室の帰りに、酔っ払いに絡まれている所を見かけた。
『男ならば困っている人は助ける』と物心ついたころからそう教わっていた俺は少し震える足を誤魔化しながら助けにいったが、彼女は女なのに酔っ払いを簡単に一捻りしていて正直、驚いた。
その日まで女は皆か弱いものだと思っていたから、俺よりも強く肝の据わった女性を見るのはあまりにも衝撃的で。その分、今まで見たことが無い彼女に興味が湧いた。『面白い』、素直にそう感じた。
今思えば、強いものに惹かれる、そんな本能的な習性が働いたのかもしれない。
まだ中学生だったとはいえ、俺の中の概念を綺麗にひっくり返した女。
名乗ることも無く俺の前から姿を消して、ようやく出会えたのは五年後。俺は高校生活最後の一年を迎えようとしていた時だった。
『錆兎…?』
いつもだったら耳を傾けることもない程の小さな声。
だけど、不思議なことにあの時は俺の耳にしっかりと届いたか細く困惑した声。
振り返った時は、目を見張った。あの人だ。最後に会った時と外見は全く違えど、彼女だとすぐに分かったから。
彼女の瞳が俺のそれとしっかりかち合って、彼女が俺の事を忘れていなかったことを確信した瞬間、胸の中がふと熱くなる感覚を覚えた。
五年前は感情を一つも見せなかった彼女の初めて見る戸惑いの表情。人間らしい、と感じたほど彼女を変えた五年間に少しだけ、置いていかれたような気持ちになった。彼女に会えた喜びと、何か面白くないと思う気持ちがせめぎ合う。
『名前』
”次会った時に名前を教えろ”
あの時交わした約束を無理やりにでも思い出させて、ナマエの記憶に俺がいることを証明させたくてまろびでた言葉。
執着のような、そんな感情を抱いたのは初めてだった。
この想いが一体何なのかは、まだはっきり分からない。
「——はぁ、我ながら男らしくないな」
「……あのさぁ、いつまでそこにいるわけ?」
一人物思いに耽ってついポツリと呟いた言葉に、痺れを切らしたような不満声をあげたのはその五年前に会った面白い女ご本人。
再会を果たしてすぐはものすごく他人行儀で、意味が分からないくらい距離を取られてギクシャクしたものだけど、それも色々あって今はこうして屋上で昼の貴重な自由時間を過ごす彼女の隣に居座っても小言を言われるくらいで拒絶されない程度には許される関係になった。
「溜息吐くくらいなら来るなよ。私は誰にも邪魔されずに読書したいの」
許されている、とは言えナマエが心を開いたのはまだまだほんの少しで。『人間と上手く接するには』と書かれた本を片手に持ったまま、苦虫を噛んだような渋い顔でこちらを睨む様子は昔となんらお変わりなく。まぁ、素を出せるくらいまでには進歩したのかな。ポジティブにいこう。
ていうか、その本なんだよ。お前そんなに人間関係に悩んでるのか。
「……相談に乗るけど」
「何のだよ!いらねーよ!」
気に障ることを言って大声で突っぱねられても、前のように距離を感じることは無い。むしろ縮まったように思えてつい顔が綻んでしまう。うっかり顔に出てしまったところをナマエに見つかって、また彼女はぎろりと俺を睨んだ。それがまた容赦がなくてなかなか怖い。けど、こんな流れももう慣れた。
「その瞳、五年前を思い出すな」
特に悪気もなくぽんと放った一言は思いの外ナマエに痛く刺さったようで、「ヴッ」と渋い声を上げて苦しみだした。
「ダメだなぁ~最近隠せてない気がするんだよなぁ」
「そんなにいけない事か?」
「そうに決まってるでしょ!元不良が教師なんてイメージ悪すぎだし保護者になんて目で見られるか……」
想像しただけで震えるわ!と自身の両肩を抱いて顔を青ざめるナマエ。個人的にはあの時の彼女の事を恥じる要素は一つも無いと思っているくらいだが、教職と言う職業は俺の思っている以上に複雑で厳密なようだ。
「でもさ、ヤクザの孫とか元暴走族が教師の話あるだろ」
「それは漫画の中で成り立つ話な」
「隠すくらいなら堂々したらいいのに」
「そう出来たら気楽なんだけどねえ…」
そうは言っているが、普段のナマエの姿や振る舞いは微塵も昔を感じさせることは無く、正直言ってすごく気を遣っていると思う。昔の彼女を知る俺が別人だと見間違いそうになるくらいには。
PTAに何かを言われた場面でも想像したのだろうか、「おーこわッ」と独り言をつぶやくナマエは、今度ははぁ、と大きく溜息を吐いた。
ころころと表情を変えていく姿は本当に年上かと思う程忙しなく、子供っぽい。
「なんか錆兎の前だと特に素が出ちゃうんだよなぁ」
それは、俺には特に気を許してると言っているようなもので。胸の辺りが少しだけむず痒いような感覚が襲った。
周りよりも少しだけ特別な位置に立てている優越感。それは少なからず俺の気持ちを昂らせた。
でもさっきの一言はナマエにとって何でもない言葉だったようで、「よしっもっと気をつけよ!」と気合いを入れている。俺の気持ちなんて知りもしないでこいつは。
「……ん?どした?」
「……何でもない」
ナマエのマイペースぷりに思わず溜息が出てしまいそうだ。
だけど今ので確信した。
さっき、隠すくらいなら堂々としてたらいいなんてデカいこと言ったけど、撤回する。
こいつの本当の姿を皆が知るのは、まだまだ先でいい。
「ま、頑張って隠せよ。ミョウジ先生」
もうしばらくはこの優越感を味わっていたい、なんて思ってしまったことはこいつには黙っておこう。
そんなこと言ったら「調子に乗るな」とどやされるのが目に見えている。
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