桜舞う季節に
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桜舞う季節に — 零話 —
———時は大正。
桜が咲き乱れる季節、春先の暖かい風が落ちた花弁を優しく掬いヒラリと舞わせていた。
長き時代を経て人間と鬼の因縁の闘いは終止符を打ち、もう夜に怯えることは無くなった。昼間はいつもと変わらぬ様子に鬼がもう出てこないという実感は正直まだ無い。未だに暗くなる前に早く帰宅しなければと考えてしまうが、それでももう、人を襲う悪しき鬼はもういないのだ、この世の何処にも。
逸る気持ちを抑え、一歩一歩踏みしめながら山道を歩き、ある場所に辿り着いた。
そこは過去にその責務を全うし命を散らした偉大な隊士達が眠る墓、ズラリと並ぶその数は闘いの壮絶さを物語り、誰とも分からないのに胸が痛くなる。弱きものを身を挺して守ってくれた彼らに感謝の意を込めて、丁寧に花を添え故人を偲んだ。
そして、一つの墓の前で足をピタリと止めた。
『煉獄家之墓』、そう刻まれた墓の前に静かに膝をつき深く手を合わせる。定期的に足を運んではいたが、今日ほど穏やかな気持ちで向き合えたことはない。
まるでそこに彼がいるかのように、風が柔く、優しく、私の前髪を撫でた。
「……終わりましたよ」
しゃんと前を見て、ふわりと微笑み語り掛けた。
その言葉に呼応するように、雲がかかっていた空は次第に晴天へと変わる。眩しい太陽の光は煌々と辺りを照らし、その様子にジンと胸が熱くなった。
彼らの無念は、ようやく晴らされた。
そして太陽のように人を導き続けた彼の想いも、意志を継いだ仲間によって最後まで繋がれたのだ。
「晴れ晴れとした未来が、やっと来るんですね」
あなたが最期まで望んだ未来。
それが今ようやく掴まれたというのに、安堵しつつも心にポッカリ穴が開いた気持ちは拭うことはできない。
「出来る事なら一緒に見たかったです…杏寿郎さん」
紡いだ名は彼に届くことは無い。返事が返ってくることはないと分かっていても、未だに寂しさを覚えてしまう。
寂しさに駆られて無意識に握りしめる自身の左手。
彼から頂いた贈り物は、生涯この手から離れることは無いだろう。
ずっとあなたの事を想い続けることが私の生きるただ一つの糧なのだから。
「十年、あなたを見続けてきたんですもの」
この気持ちは変わることはそうそうありませんから。
だから、あなたは最期にあんなことを言ったんでしょう?
「来世で、またお会いしましょう」
杏寿郎さんのことだから、ちゃんと見つけてくれるって信じてますからね。
桜の舞う季節に、必ず──
太陽に向けて顔を上げる。いつの間にか雲ひとつない晴天になっていて目を瞑りたくなるほど眩しいけど、何だか懐かしい暖かさだった。
「そう言えば初めて会った日も、こんな晴れた春の日だったな──」
思い出されたあの日の記憶に、自然と笑みが溢れた。
──それは気高く燃える赫い炎に一生分の恋をした十年間のお話。
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