【長編】追いかけた先で
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第5話
崩れた家屋の脇には、回収した装備や板材が雑に積まれている。
少し離れた通りを、白布の掛かった担架がまた一つ運ばれていった。
瓦礫をどける音と、名を呼ぶ声が途切れない。
フランカは木箱の中の留め具を揃えながら、そっと顔を上げた。
少し離れた場所で、ジャンが板を運んでいる。
その手前で、マルコが回収した装備を抱えてこっちへ戻ってきた。
気づくと、またそっちを見ていた。
ちゃんと見えるところにいる。
それを確かめるだけで、指先が少し落ち着く。
マルコが木箱の脇にしゃがみ込み、装備を置く。
フランカはその横で留め具を揃えながら、小さく声をかけた。
「ねえ」
周りに聞かれないよう、ほとんど反射みたいに顔を寄せる。
「さっき、あっちの──」
言いかけたところで、マルコの肩がわずかに跳ねた。
そこでようやく近すぎたことに気づく。
耳のすぐ横まで、自分の声が落ちていた。
「あ……ごめん」
半歩ぶんだけ離れる。
マルコはすぐには返事をしなかった。
目を上げた時、耳のあたりだけ少し赤く見えて、余計に気まずくなる。
「……いや」
それだけだった。
フランカは誤魔化すみたいに箱の中へ手を戻す。
けれど指先は、さっきより落ち着かなかった。
その時、木箱の上に影が差した。
「そっち、もう片づいたか」
ライナーだった。
胸の奥が、ひやりと縮む。
顔を上げる。
見慣れた顔だった。
疲れの滲んだ、いつも通りの顔。
それなのに、背中の内側だけが先に強張った。
「まだ少し」
マルコが答える。
ライナーは箱の中を一度だけ見て、それから二人を見た。ただ確認しているだけみたいな目だった。
「なら、終わったら向こうの装備も見てくれ。
数、合ってないらしい」
「分かった」
マルコが短く返す。
けれど、ライナーはその場を動かない。
視線だけが、二人の間に一度落ちた。
「最近、お前らよく一緒にいるな」
何でもない調子だった。
軽く流せるはずの言い方だった。
フランカの指先が、木箱の縁をきつく掴む。
「作業が重なるだけ」
できるだけ軽く言ったつもりだった。
でも、自分でも少し早いと分かる。
ライナーは表情を変えない。
「そうか」
短く返してから、今度はマルコへ向く。
「顔色、まだ戻ってねぇぞ。あの日から、ずっと悪いままだ」
マルコは一拍遅れて口を開いた。
「……寝不足なだけだよ」
「ならいいけどな」
声は穏やかだった。責めてもいない。
それなのに、どこまで見られているのか測られている気がして、息がしづらい。
「フランカ」
不意に名を呼ばれて、肩が揺れる。
「無理すんなよ。お前まで倒れたら手が足りなくなる」
目元だけが、ほんの少し和らいだように見えた。
ただ気遣っているだけみたいに。
その顔のまま、ライナーは二人を見ていた。
「……平気」
返す声が少し硬い。
言った瞬間、自分でも分かった。
ライナーはそれ以上は何も言わなかった。
「じゃ、頼む」
それだけ言い残して、先に身を引く。
そのまま、次の担架が運ばれていく方へ歩いていった。
背中が角を曲がって見えなくなっても、フランカはしばらくその場を動けなかった。
すぐ近くを、白布の掛かった担架が通る。
軋む音だけが、やけに大きい。
隣のマルコも黙っている。
返事はしていた。
声も震えてはいなかった。
それなのに、肩の線だけが少し固い。
フランカはその袖を掴んだ。
「……ジャンのとこ行こ」
マルコが少し遅れて頷く。
人気の薄い壁際まで戻ると、木箱の脇にいたジャンが顔を上げた。こっちを見るなり、眉が寄る。
「何かあったな」
フランカは一度、周囲を見た。
人の気配はある。
けれど、ここまで耳を寄せる者はいない。
それでも声は自然と落ちた。
「……ライナーが来た」
「何て」
「作業のこと聞いてきて、そのあと……」
言いながら、喉の奥がまた狭くなる。
うまく言い切る前に、横からマルコの声が落ちた。
「……顔色が悪いって言われた」
「最近、私とマルコが一緒にいることも、見てる感じだった」
「……探ってんな」
その一言で、さっきの気味の悪さが形を持った気がした。フランカは腕を抱く。
「やっぱり、あの日から見られてるよね。私とマルコが一緒にいるの、向こうも気づいてる」
「気づいてるどころか、そこを見に来たんだろ。二人でいるところに来た時点で、もうそういうことだ」
マルコは少しだけ視線を落としたまま、低く言った。
「僕がフランカにどこまで話したか……そこを測ってるんじゃないかな」
フランカは唇を噛む。
ライナーの目を思い出した。
あれで、もう薄々分かっていた。
「……上に話した方がよくない?」
言ってから、自分でも少し迷っているのが分かった。このまま黙っているのも嫌だった。
でも、動いた途端に何かが起こる気もしている。
ジャンは間を置かずに返した。
「いや、今は下手に動くべきじゃねぇ」
「だけど」
「気張りっぱなしなのがきついのも分かる。
でも、他に仲間がいるかもしれねぇだろ。どこに潜んでるか分かんねぇ以上、迂闊に動くのは得策じゃない」
フランカは言葉を飲み込んだ。
反射みたいに返しかけたものが、そのまま喉の奥で止まる。
「……たしかに」
その横で、マルコが少し息を継いだ。
「……いっそ、ライナーたちと話した方がいいのかもしれない」
フランカが勢いよく顔を向ける。
「は?」
マルコの声は低いままだった。
「ずっと疑ったままでいるのもきつい。あいつらの目的も分からないし……。
できれば、本人たちの口から聞きたいんだ」
その言葉が落ちた瞬間、フランカの胸の奥がきつく縮む。
「絶対やめた方がいい」
思ったより強く出た。
マルコがわずかに目を上げる。
「敵じゃないなら、あんな探り方しないでしょ。
こっちの顔見て、言葉選んで、反応見て。普通じゃないよ、あれ」
「それは……僕たちが疑ってるから、そう見えるだけかもしれないだろ」
「でも」
言いかけて、詰まる。
違う、とすぐに切りたかった。
でも、自分が勘で怖がっているだけだと言われれば、そこを全部言葉にできる自信はなかった。
その沈黙を、ジャンが切った。
「いや、フランカの言う通りだ」
声は低い。
迷いがなかった。
「下手に近づいたら、今度は力ずくで塞ぎに来るかもしれねぇ」
マルコの肩が、ほんの少し強張る。
「お前、あの時聞き返してるんだろ。冗談で流されたからって、向こうが安心してるとは思えねぇ」
フランカは小さく息を呑んだ。
マルコはただ聞いただけじゃない。ちゃんと問い返してしまっている。
「証拠も薄い状態で突っ込んだら、消されるのはまずお前だ。で、隣にいるフランカも巻き込まれる」
今度は、フランカの肩が揺れた。
少しの沈黙のあと、マルコが目を伏せたまま言う。
「……そうだね。ごめん、変なこと言った」
声の落ち方が、さっきより少しだけ重い。
そこでようやく分かった。
怖いのだ。
今も、かなり。
目を伏せたまま、言葉だけをどうにか整えている。
その静かさが、かえって痛かった。
「……マルコの気持ちもわかるよ。私だってまだ信じたくない」
声が少しだけ掠れた。
「あのライナーだよ?みんなのまとめ役で、頼りになる兄貴分みたいな奴が」
「……俺たちの敵かもしれない」
ジャンの低い声が落ちた。
フランカは口をつぐんだ。
壁際の空気が、少し冷える。
遠くで木箱を下ろす音がした。鈍い響きだけが、しばらく耳に残る。
マルコがぽつりと言う。
「……あいつらの目的って、何なんだろうな」
誰にというより、自分に向けたみたいな声だった。
「穴のことも、エレンのことも、全部そこに繋がってる気はするのに。肝心のそこだけ、まだ見えない」
「エレンも、ずっと見ないし」
「そういえば、ミカサもアルミンもだな。奪還作戦のあとから見てねぇ」
「尋問でもされてるのかな」
「ありえる。エレンが巨人化したんだ。兵団の上が放っとくとは思えねぇ」
そこまで言って、三人とも黙る。
穴。
目的。
エレン。
いなくなった三人。
言葉にすると、どれもまだ遠い。
なのに、遠いままでは済まない気がした。
フランカは息を吐いた。
うまく吸えないままだった。
「……じゃあ、今は……上にも言わない。ライナーたちにも近づかない」
「一人にもならない」
ジャンがすぐに足した。
「話す場所も選べ。人前でくっつきすぎるのもやめろ」
最後の一言に、フランカが一瞬だけ顔を上げる。
「……それは」
言いかけて、横のマルコを見る。
さっき耳元まで寄ってしまったのを思い出したのか、マルコも少しだけ目を逸らした。
ほんのわずかに、気まずい沈黙が落ちる。
ジャンが呆れたみたいに息を吐く。
「今そこ赤くなる話してねぇだろ」
「なってない!」
フランカが小さく返す。
その声が少しだけ上ずった。
マルコは咳払いみたいに息を整えてから、低く言った。
「……気をつける」
フランカは返事をしなかった。
代わりに、自分の袖の先を少しだけ握る。
マルコの視線が、その指先に落ちた。
けれど何も言わない。
ジャンが木箱から背を離した。
「とにかく、今は様子見るしかねぇ。でも次に来たら、もっと慎重に返せ。二人とも」
「うん」
フランカは頷く。
その横で、マルコも少し遅れて頷いた。
遠くで、誰かの名を呼ぶ声がした。
三人とも、すぐには動かない。
止まっているのはほんの数秒のはずなのに、その短さの中でだけ、互いの息遣いが妙に近く感じられた。
最初に顔を上げたのはフランカだった。
「……行こ」
小さく言う。
今度は、まっすぐマルコを見る。
「一人にならないで」
それだけ言って、先に歩き出した。
マルコは一瞬だけ目を伏せたあと、その背を追う。
ジャンも何も言わず、少し遅れてついてきた。
誰も振り返らないまま、三人の足だけが少し早くなった。
…To be continued
見えない目的
石の粉が、風に吹かれて低く流れていた。崩れた家屋の脇には、回収した装備や板材が雑に積まれている。
少し離れた通りを、白布の掛かった担架がまた一つ運ばれていった。
瓦礫をどける音と、名を呼ぶ声が途切れない。
フランカは木箱の中の留め具を揃えながら、そっと顔を上げた。
少し離れた場所で、ジャンが板を運んでいる。
その手前で、マルコが回収した装備を抱えてこっちへ戻ってきた。
気づくと、またそっちを見ていた。
ちゃんと見えるところにいる。
それを確かめるだけで、指先が少し落ち着く。
マルコが木箱の脇にしゃがみ込み、装備を置く。
フランカはその横で留め具を揃えながら、小さく声をかけた。
「ねえ」
周りに聞かれないよう、ほとんど反射みたいに顔を寄せる。
「さっき、あっちの──」
言いかけたところで、マルコの肩がわずかに跳ねた。
そこでようやく近すぎたことに気づく。
耳のすぐ横まで、自分の声が落ちていた。
「あ……ごめん」
半歩ぶんだけ離れる。
マルコはすぐには返事をしなかった。
目を上げた時、耳のあたりだけ少し赤く見えて、余計に気まずくなる。
「……いや」
それだけだった。
フランカは誤魔化すみたいに箱の中へ手を戻す。
けれど指先は、さっきより落ち着かなかった。
その時、木箱の上に影が差した。
「そっち、もう片づいたか」
ライナーだった。
胸の奥が、ひやりと縮む。
顔を上げる。
見慣れた顔だった。
疲れの滲んだ、いつも通りの顔。
それなのに、背中の内側だけが先に強張った。
「まだ少し」
マルコが答える。
ライナーは箱の中を一度だけ見て、それから二人を見た。ただ確認しているだけみたいな目だった。
「なら、終わったら向こうの装備も見てくれ。
数、合ってないらしい」
「分かった」
マルコが短く返す。
けれど、ライナーはその場を動かない。
視線だけが、二人の間に一度落ちた。
「最近、お前らよく一緒にいるな」
何でもない調子だった。
軽く流せるはずの言い方だった。
フランカの指先が、木箱の縁をきつく掴む。
「作業が重なるだけ」
できるだけ軽く言ったつもりだった。
でも、自分でも少し早いと分かる。
ライナーは表情を変えない。
「そうか」
短く返してから、今度はマルコへ向く。
「顔色、まだ戻ってねぇぞ。あの日から、ずっと悪いままだ」
マルコは一拍遅れて口を開いた。
「……寝不足なだけだよ」
「ならいいけどな」
声は穏やかだった。責めてもいない。
それなのに、どこまで見られているのか測られている気がして、息がしづらい。
「フランカ」
不意に名を呼ばれて、肩が揺れる。
「無理すんなよ。お前まで倒れたら手が足りなくなる」
目元だけが、ほんの少し和らいだように見えた。
ただ気遣っているだけみたいに。
その顔のまま、ライナーは二人を見ていた。
「……平気」
返す声が少し硬い。
言った瞬間、自分でも分かった。
ライナーはそれ以上は何も言わなかった。
「じゃ、頼む」
それだけ言い残して、先に身を引く。
そのまま、次の担架が運ばれていく方へ歩いていった。
背中が角を曲がって見えなくなっても、フランカはしばらくその場を動けなかった。
すぐ近くを、白布の掛かった担架が通る。
軋む音だけが、やけに大きい。
隣のマルコも黙っている。
返事はしていた。
声も震えてはいなかった。
それなのに、肩の線だけが少し固い。
フランカはその袖を掴んだ。
「……ジャンのとこ行こ」
マルコが少し遅れて頷く。
人気の薄い壁際まで戻ると、木箱の脇にいたジャンが顔を上げた。こっちを見るなり、眉が寄る。
「何かあったな」
フランカは一度、周囲を見た。
人の気配はある。
けれど、ここまで耳を寄せる者はいない。
それでも声は自然と落ちた。
「……ライナーが来た」
「何て」
「作業のこと聞いてきて、そのあと……」
言いながら、喉の奥がまた狭くなる。
うまく言い切る前に、横からマルコの声が落ちた。
「……顔色が悪いって言われた」
「最近、私とマルコが一緒にいることも、見てる感じだった」
「……探ってんな」
その一言で、さっきの気味の悪さが形を持った気がした。フランカは腕を抱く。
「やっぱり、あの日から見られてるよね。私とマルコが一緒にいるの、向こうも気づいてる」
「気づいてるどころか、そこを見に来たんだろ。二人でいるところに来た時点で、もうそういうことだ」
マルコは少しだけ視線を落としたまま、低く言った。
「僕がフランカにどこまで話したか……そこを測ってるんじゃないかな」
フランカは唇を噛む。
ライナーの目を思い出した。
あれで、もう薄々分かっていた。
「……上に話した方がよくない?」
言ってから、自分でも少し迷っているのが分かった。このまま黙っているのも嫌だった。
でも、動いた途端に何かが起こる気もしている。
ジャンは間を置かずに返した。
「いや、今は下手に動くべきじゃねぇ」
「だけど」
「気張りっぱなしなのがきついのも分かる。
でも、他に仲間がいるかもしれねぇだろ。どこに潜んでるか分かんねぇ以上、迂闊に動くのは得策じゃない」
フランカは言葉を飲み込んだ。
反射みたいに返しかけたものが、そのまま喉の奥で止まる。
「……たしかに」
その横で、マルコが少し息を継いだ。
「……いっそ、ライナーたちと話した方がいいのかもしれない」
フランカが勢いよく顔を向ける。
「は?」
マルコの声は低いままだった。
「ずっと疑ったままでいるのもきつい。あいつらの目的も分からないし……。
できれば、本人たちの口から聞きたいんだ」
その言葉が落ちた瞬間、フランカの胸の奥がきつく縮む。
「絶対やめた方がいい」
思ったより強く出た。
マルコがわずかに目を上げる。
「敵じゃないなら、あんな探り方しないでしょ。
こっちの顔見て、言葉選んで、反応見て。普通じゃないよ、あれ」
「それは……僕たちが疑ってるから、そう見えるだけかもしれないだろ」
「でも」
言いかけて、詰まる。
違う、とすぐに切りたかった。
でも、自分が勘で怖がっているだけだと言われれば、そこを全部言葉にできる自信はなかった。
その沈黙を、ジャンが切った。
「いや、フランカの言う通りだ」
声は低い。
迷いがなかった。
「下手に近づいたら、今度は力ずくで塞ぎに来るかもしれねぇ」
マルコの肩が、ほんの少し強張る。
「お前、あの時聞き返してるんだろ。冗談で流されたからって、向こうが安心してるとは思えねぇ」
フランカは小さく息を呑んだ。
マルコはただ聞いただけじゃない。ちゃんと問い返してしまっている。
「証拠も薄い状態で突っ込んだら、消されるのはまずお前だ。で、隣にいるフランカも巻き込まれる」
今度は、フランカの肩が揺れた。
少しの沈黙のあと、マルコが目を伏せたまま言う。
「……そうだね。ごめん、変なこと言った」
声の落ち方が、さっきより少しだけ重い。
そこでようやく分かった。
怖いのだ。
今も、かなり。
目を伏せたまま、言葉だけをどうにか整えている。
その静かさが、かえって痛かった。
「……マルコの気持ちもわかるよ。私だってまだ信じたくない」
声が少しだけ掠れた。
「あのライナーだよ?みんなのまとめ役で、頼りになる兄貴分みたいな奴が」
「……俺たちの敵かもしれない」
ジャンの低い声が落ちた。
フランカは口をつぐんだ。
壁際の空気が、少し冷える。
遠くで木箱を下ろす音がした。鈍い響きだけが、しばらく耳に残る。
マルコがぽつりと言う。
「……あいつらの目的って、何なんだろうな」
誰にというより、自分に向けたみたいな声だった。
「穴のことも、エレンのことも、全部そこに繋がってる気はするのに。肝心のそこだけ、まだ見えない」
「エレンも、ずっと見ないし」
「そういえば、ミカサもアルミンもだな。奪還作戦のあとから見てねぇ」
「尋問でもされてるのかな」
「ありえる。エレンが巨人化したんだ。兵団の上が放っとくとは思えねぇ」
そこまで言って、三人とも黙る。
穴。
目的。
エレン。
いなくなった三人。
言葉にすると、どれもまだ遠い。
なのに、遠いままでは済まない気がした。
フランカは息を吐いた。
うまく吸えないままだった。
「……じゃあ、今は……上にも言わない。ライナーたちにも近づかない」
「一人にもならない」
ジャンがすぐに足した。
「話す場所も選べ。人前でくっつきすぎるのもやめろ」
最後の一言に、フランカが一瞬だけ顔を上げる。
「……それは」
言いかけて、横のマルコを見る。
さっき耳元まで寄ってしまったのを思い出したのか、マルコも少しだけ目を逸らした。
ほんのわずかに、気まずい沈黙が落ちる。
ジャンが呆れたみたいに息を吐く。
「今そこ赤くなる話してねぇだろ」
「なってない!」
フランカが小さく返す。
その声が少しだけ上ずった。
マルコは咳払いみたいに息を整えてから、低く言った。
「……気をつける」
フランカは返事をしなかった。
代わりに、自分の袖の先を少しだけ握る。
マルコの視線が、その指先に落ちた。
けれど何も言わない。
ジャンが木箱から背を離した。
「とにかく、今は様子見るしかねぇ。でも次に来たら、もっと慎重に返せ。二人とも」
「うん」
フランカは頷く。
その横で、マルコも少し遅れて頷いた。
遠くで、誰かの名を呼ぶ声がした。
三人とも、すぐには動かない。
止まっているのはほんの数秒のはずなのに、その短さの中でだけ、互いの息遣いが妙に近く感じられた。
最初に顔を上げたのはフランカだった。
「……行こ」
小さく言う。
今度は、まっすぐマルコを見る。
「一人にならないで」
それだけ言って、先に歩き出した。
マルコは一瞬だけ目を伏せたあと、その背を追う。
ジャンも何も言わず、少し遅れてついてきた。
誰も振り返らないまま、三人の足だけが少し早くなった。
…To be continued
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