【長編】境界を越えて、 君に会いにいく。
name
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
第5話
訓練終わりの訓練兵たちが、疲れた身体を引きずるように列を作っている。
オリアナは配膳を受け取り、空いている席を探した。
いつもなら、自然と同じ班の近くに座る。
でも今日は、少しだけ足が止まった。
その時、トレイを持った影が、向かい側で立ち止まる。
「……ここ、いい?」
低い声に顔を上げる。
ベルトルトだった。
少し控えめに、こちらの返事を待っている。
「え、あ……うん」
そう答えると、彼は静かに向かいの席に腰を下ろした。
一瞬、周囲の視線が集まった気がした。けれどそれも、すぐに食堂のざわめきに紛れて消える。
スプーンが器に触れる音だけが、小さく響く。
ベルトルトは静かに食事を続けている。
オリアナも、少し遅れてスープを口に運んだ。
会話はない。
それでも、気まずさはなかった。
昨日までなら、訓練以外でこうして向き合うことはほとんどなかったはずだ。
話すとしても、必要最低限。
それなのに今は、何も話さなくても、妙に落ち着いていられる。
「……大丈夫そう?」
不意に、ベルトルトが口を開いた。
「昨日、あの後」
オリアナは一瞬だけ手を止めて、すぐにまた食事を再開する。
「……うん。考えることは、まだあるけど」
「そっか」
それだけ言って、彼もスープを口に運ぶ。
それ以上、聞いてこない。
でも、気にかけているのは分かった。
「ベルトルトは……」
言いかけて、少し迷う。
「……訓練、どうだった?」
「僕?」
少し驚いたように目を瞬かせてから、考えるように視線を上げる。
「……正直、上手くやれてるとは言えないかな」
意外な答えだった。
「そう?」
「うん。周りに合わせようとすると、少し遅れることがあるんだ」
淡々とした口調だった。
けれど、その言葉には小さな引っかかりがあった。
昨日の自分と、少し似ている気がした。
オリアナは、スプーンを置く。
「でも、それって──」
言葉を探す。
「自分だけじゃなくて、全体を見ようとしてるからじゃない?」
ベルトルトは、少し目を見開いた。
それから、ゆっくりと息を吐く。
「……そう言われると、救われる」
照れたように、ほんのわずかに笑った。
その表情を見て、胸の内が小さく揺れる。
昨日、涙を見られた。
弱い部分を知られてしまった。
それなのに、距離を取られるどころか、こうして向かいに座っている。
そのことが、思っていたよりも不思議だった。
「……あ」
ふと、食堂の入口の方が視界に入る。
アニだった。
無表情のまま配膳を受け取り、周囲を気にする様子もなく歩いている。
その瞬間、ベルトルトの視線がそちらへ向いた。
ほんの一瞬。
昨日と同じくらい、短い時間。
それでも、オリアナは見逃さなかった。
胸の内に、小さな引っかかりが生まれる。
何かを言うほどのことじゃない。
責めるようなことでもない。
それなのに、何も感じなかったことにはできなかった。
ベルトルトはすぐに視線を戻した。
気づかれたことに気づいたのか、曖昧に咳払いをする。
「……その」
「え?」
「いや……何でもない」
言葉を探したまま、結局それ以上は続かなかった。
「……うん」
オリアナも、それ以上は何も聞かなかった。
聞いたところで、自分が何を知りたいのかも分からない。
けれど、昨日まで気にならなかったことが、今日は少しだけ引っかかる。
それに気づいてしまった自分に、内心で苦笑する。
食事を終え、立ち上がる。
「先、戻る?」
「うん」
並んで歩き出すと、自然と歩調が揃った。
言葉は多くない。
それでも、隣を歩くことに違和感はなかった。
近づいた、というほどはっきりしたものではない。
ただ、今までなら触れなかった場所に、ほんの少しだけ指先が届いたような気がした。
その感覚だけが、静かな波紋のように残っていた。
この距離が、これからどう変わっていくのか。
まだ分からない。
でも、昨日とは確実に違う。
そんな予感だけが、確かにそこにあった。
*
「……じゃあ、僕、先に戻るよ」
「うん。おやすみ」
ベルトルトは軽く手を振って、男子寮の方へ歩いていった。
オリアナは反対方向へと足を向ける。
不意に、背後から声がした。
「へぇ。ずいぶん仲良くなったもんだな」
振り向くと、壁にもたれたユミルが腕を組んでいた。
「……ユミル」
「前はあんまり話してなかったのにさ。最近はよく一緒にいるじゃねぇか」
オリアナは一瞬、言葉に詰まる。
「別に……そんなつもりじゃ」
「そうか?あのデカいの、お前のこと気にしてる顔してたぞ」
一拍遅れて、答える。
「……気のせいだよ」
「ま、どうでもいいけどな」
ユミルは肩をすくめた。
「たださ。あいつ、なんか抱えてる顔してるだろ」
オリアナは、無意識に指先を握りしめる。
「……そう?」
「さあな。ああいうの、分かる奴には分かるもんだ」
ユミルは壁から背を離した。
「ま、深入りしすぎんなよ。ああいうタイプはな、抱えてるもんがデカすぎると、近くにいる奴まで巻き込むからな」
「……どういう意味?」
「さあな」
ユミルは背を向け、歩き出す。
「忠告だと思っとけ」
その背中が廊下の向こうへ消えていく。
抱えてるものが、デカすぎる。
その言葉だけが、妙に耳に残った。
…To be continued
静かな予感
夕方の食堂は、いつもより少し騒がしかった。訓練終わりの訓練兵たちが、疲れた身体を引きずるように列を作っている。
オリアナは配膳を受け取り、空いている席を探した。
いつもなら、自然と同じ班の近くに座る。
でも今日は、少しだけ足が止まった。
その時、トレイを持った影が、向かい側で立ち止まる。
「……ここ、いい?」
低い声に顔を上げる。
ベルトルトだった。
少し控えめに、こちらの返事を待っている。
「え、あ……うん」
そう答えると、彼は静かに向かいの席に腰を下ろした。
一瞬、周囲の視線が集まった気がした。けれどそれも、すぐに食堂のざわめきに紛れて消える。
スプーンが器に触れる音だけが、小さく響く。
ベルトルトは静かに食事を続けている。
オリアナも、少し遅れてスープを口に運んだ。
会話はない。
それでも、気まずさはなかった。
昨日までなら、訓練以外でこうして向き合うことはほとんどなかったはずだ。
話すとしても、必要最低限。
それなのに今は、何も話さなくても、妙に落ち着いていられる。
「……大丈夫そう?」
不意に、ベルトルトが口を開いた。
「昨日、あの後」
オリアナは一瞬だけ手を止めて、すぐにまた食事を再開する。
「……うん。考えることは、まだあるけど」
「そっか」
それだけ言って、彼もスープを口に運ぶ。
それ以上、聞いてこない。
でも、気にかけているのは分かった。
「ベルトルトは……」
言いかけて、少し迷う。
「……訓練、どうだった?」
「僕?」
少し驚いたように目を瞬かせてから、考えるように視線を上げる。
「……正直、上手くやれてるとは言えないかな」
意外な答えだった。
「そう?」
「うん。周りに合わせようとすると、少し遅れることがあるんだ」
淡々とした口調だった。
けれど、その言葉には小さな引っかかりがあった。
昨日の自分と、少し似ている気がした。
オリアナは、スプーンを置く。
「でも、それって──」
言葉を探す。
「自分だけじゃなくて、全体を見ようとしてるからじゃない?」
ベルトルトは、少し目を見開いた。
それから、ゆっくりと息を吐く。
「……そう言われると、救われる」
照れたように、ほんのわずかに笑った。
その表情を見て、胸の内が小さく揺れる。
昨日、涙を見られた。
弱い部分を知られてしまった。
それなのに、距離を取られるどころか、こうして向かいに座っている。
そのことが、思っていたよりも不思議だった。
「……あ」
ふと、食堂の入口の方が視界に入る。
アニだった。
無表情のまま配膳を受け取り、周囲を気にする様子もなく歩いている。
その瞬間、ベルトルトの視線がそちらへ向いた。
ほんの一瞬。
昨日と同じくらい、短い時間。
それでも、オリアナは見逃さなかった。
胸の内に、小さな引っかかりが生まれる。
何かを言うほどのことじゃない。
責めるようなことでもない。
それなのに、何も感じなかったことにはできなかった。
ベルトルトはすぐに視線を戻した。
気づかれたことに気づいたのか、曖昧に咳払いをする。
「……その」
「え?」
「いや……何でもない」
言葉を探したまま、結局それ以上は続かなかった。
「……うん」
オリアナも、それ以上は何も聞かなかった。
聞いたところで、自分が何を知りたいのかも分からない。
けれど、昨日まで気にならなかったことが、今日は少しだけ引っかかる。
それに気づいてしまった自分に、内心で苦笑する。
食事を終え、立ち上がる。
「先、戻る?」
「うん」
並んで歩き出すと、自然と歩調が揃った。
言葉は多くない。
それでも、隣を歩くことに違和感はなかった。
近づいた、というほどはっきりしたものではない。
ただ、今までなら触れなかった場所に、ほんの少しだけ指先が届いたような気がした。
その感覚だけが、静かな波紋のように残っていた。
この距離が、これからどう変わっていくのか。
まだ分からない。
でも、昨日とは確実に違う。
そんな予感だけが、確かにそこにあった。
*
「……じゃあ、僕、先に戻るよ」
「うん。おやすみ」
ベルトルトは軽く手を振って、男子寮の方へ歩いていった。
オリアナは反対方向へと足を向ける。
不意に、背後から声がした。
「へぇ。ずいぶん仲良くなったもんだな」
振り向くと、壁にもたれたユミルが腕を組んでいた。
「……ユミル」
「前はあんまり話してなかったのにさ。最近はよく一緒にいるじゃねぇか」
オリアナは一瞬、言葉に詰まる。
「別に……そんなつもりじゃ」
「そうか?あのデカいの、お前のこと気にしてる顔してたぞ」
一拍遅れて、答える。
「……気のせいだよ」
「ま、どうでもいいけどな」
ユミルは肩をすくめた。
「たださ。あいつ、なんか抱えてる顔してるだろ」
オリアナは、無意識に指先を握りしめる。
「……そう?」
「さあな。ああいうの、分かる奴には分かるもんだ」
ユミルは壁から背を離した。
「ま、深入りしすぎんなよ。ああいうタイプはな、抱えてるもんがデカすぎると、近くにいる奴まで巻き込むからな」
「……どういう意味?」
「さあな」
ユミルは背を向け、歩き出す。
「忠告だと思っとけ」
その背中が廊下の向こうへ消えていく。
抱えてるものが、デカすぎる。
その言葉だけが、妙に耳に残った。
…To be continued