【長編】境界を越えて、 君に会いにいく。
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第5話
訓練終わりの訓練兵たちが、疲れた身体を引きずるように列を作っている。
オリアナは配膳を受け取り、空いている席を探した。
いつもなら、自然と同じ班の近くに座る。
でも今日は──
「……ここ、いい?」
低い声がして、顔を上げる。
ベルトルトだった。
トレイを手に、少し控えめに立っている。
「え、あ……うん」
そう答えると、彼は静かに向かいの席に腰を下ろした。
一瞬、周囲の視線が集まった気がしたが、すぐにざわめきに紛れて消える。
二人とも、それ以上気にする様子はなかった。
スプーンが器に触れる音だけが、小さく響く。
沈黙。
でも、気まずさはなかった。
(……不思議)
昨日までなら、訓練以外でこうして向き合うことはほとんどなかったはずだ。
話すとしても、必要最低限。
それが今は──
何も話さなくても、落ち着いていられる。
「……大丈夫そう?」
不意に、ベルトルトが口を開いた。
「昨日、あの後」
オリアナは一瞬だけ手を止めて、すぐにまた食事を再開する。
「……うん。考えることは、まだあるけど」
「そっか」
それだけ言って、彼もスープを口に運ぶ。
深入りしない。
でも、気にかけているのは分かる。
(……この距離)
近すぎない。
遠くもない。
昨日、物陰で向き合った時と同じだ。
「ベルトルトは……」
言いかけて、少し迷う。
「……訓練、どうだった?」
「僕?」
少し驚いたように目を瞬かせてから、考えるように視線を上げる。
「……正直、上手くやれてるとは言えないかな」
意外な答えだった。
「そう?」
「うん。周りがよく見えてる人ほど、自分の遅さが気になる」
淡々とした口調。
でも、その言葉には引っかかりがあった。
(……それ、昨日の私と同じだ)
オリアナは、スプーンを置く。
「でも、それって──」
言葉を探す。
「自分だけじゃなくて、全体を見ようとしてるからじゃない?」
ベルトルトは、少し目を見開いた。
それから、ゆっくりと息を吐く。
「……そう言われると、救われる」
照れたように、ほんのわずかに笑った。
その表情を見て、胸の奥が小さく揺れる。
(……昨日の涙を、見られたからかな)
弱い部分を知られてしまった。
なのに、距離を取られるどころか、こうして隣にいる。
それが、思っていた以上に──
「……あ」
ふと、食堂の入口の方が視界に入る。
アニだった。
無表情のまま、配膳を受け取り、周囲を気にせず歩いている。
その瞬間──
ベルトルトの視線が、無意識にそちらへ向いた。
ほんの一瞬。
昨日と同じくらい、短い時間。
でも、オリアナは見逃さなかった。
(……やっぱり)
胸の奥に、小さな違和感が生まれる。
嫉妬、と呼ぶには曖昧で。
でも、何も感じないわけじゃない。
ベルトルトはすぐに視線を戻し、気まずそうに咳払いをした。
「……ごめん」
「え?」
「いや、その……」
言葉を探している様子に、オリアナは首を振る。
「気にしてない」
本心だった。
少なくとも、責める気はない。
(……でも)
昨日まで気にならなかったことが、
今日は、少しだけ引っかかる。
それに気づいてしまった自分に、内心で苦笑する。
食事を終え、立ち上がる。
「先、戻る?」
「うん」
並んで歩き出すと、自然と歩調が揃った。
会話は少ない。
でも、沈黙は重くない。
(……仲が深まった、っていうより)
少しずつ、
お互いの内側に触れ始めている感覚。
そのことが、オリアナの胸に、静かな波紋を残していた。
——この距離が、これからどう変わっていくのか。
まだ分からない。
でも、昨日とは確実に違う。
そんな予感だけが、確かにそこにあった。
*
「……じゃあ、僕、先に戻るよ」
「うん。おやすみ」
ベルトルトは軽く手を振って、男子寮の方へ歩いていった。
オリアナは反対方向へと足を向ける。
不意に、背後から声。
「へぇ。ずいぶん仲良くなったもんだな」
振り向くと、壁にもたれたユミルが腕を組んでいた。
「……ユミル」
「前はあんまり話してなかったのにさ。最近はよく一緒にいるじゃねぇか」
オリアナは一瞬、言葉に詰まる。
「別に……そんなつもりじゃ」
「そうか?あのデカいの、お前のこと気にしてる顔してたぞ」
胸が、わずかにざわつく。
「……気のせいだよ」
「ま、どうでもいいけどな」
ユミルは肩をすくめる。
「たださ。あいつ、なんか抱えてる顔してるだろ」
オリアナは、無意識に指先を握りしめる。
「……そう?」
「さあな。ああいうの、分かる奴には分かるもんだ」
ユミルは肩をすくめた。
オリアナの胸に、言葉にできない違和感だけが残る。
「ま、深入りしすぎんなよ。ああいうタイプはな、抱えてるもんがデカすぎると、近くにいる奴まで巻き込むからな」
「……どういう意味?」
「さあな」
ユミルは背を向け、歩き出す。
「忠告だと思っとけ」
その背中を見送りながら、オリアナの胸の奥に、小さな違和感が残った。
——抱えてるものが、デカすぎる。
その言葉だけが、妙に引っかかった。
…To be continued
静かな予感
夕方の食堂は、いつもより少し騒がしかった。訓練終わりの訓練兵たちが、疲れた身体を引きずるように列を作っている。
オリアナは配膳を受け取り、空いている席を探した。
いつもなら、自然と同じ班の近くに座る。
でも今日は──
「……ここ、いい?」
低い声がして、顔を上げる。
ベルトルトだった。
トレイを手に、少し控えめに立っている。
「え、あ……うん」
そう答えると、彼は静かに向かいの席に腰を下ろした。
一瞬、周囲の視線が集まった気がしたが、すぐにざわめきに紛れて消える。
二人とも、それ以上気にする様子はなかった。
スプーンが器に触れる音だけが、小さく響く。
沈黙。
でも、気まずさはなかった。
(……不思議)
昨日までなら、訓練以外でこうして向き合うことはほとんどなかったはずだ。
話すとしても、必要最低限。
それが今は──
何も話さなくても、落ち着いていられる。
「……大丈夫そう?」
不意に、ベルトルトが口を開いた。
「昨日、あの後」
オリアナは一瞬だけ手を止めて、すぐにまた食事を再開する。
「……うん。考えることは、まだあるけど」
「そっか」
それだけ言って、彼もスープを口に運ぶ。
深入りしない。
でも、気にかけているのは分かる。
(……この距離)
近すぎない。
遠くもない。
昨日、物陰で向き合った時と同じだ。
「ベルトルトは……」
言いかけて、少し迷う。
「……訓練、どうだった?」
「僕?」
少し驚いたように目を瞬かせてから、考えるように視線を上げる。
「……正直、上手くやれてるとは言えないかな」
意外な答えだった。
「そう?」
「うん。周りがよく見えてる人ほど、自分の遅さが気になる」
淡々とした口調。
でも、その言葉には引っかかりがあった。
(……それ、昨日の私と同じだ)
オリアナは、スプーンを置く。
「でも、それって──」
言葉を探す。
「自分だけじゃなくて、全体を見ようとしてるからじゃない?」
ベルトルトは、少し目を見開いた。
それから、ゆっくりと息を吐く。
「……そう言われると、救われる」
照れたように、ほんのわずかに笑った。
その表情を見て、胸の奥が小さく揺れる。
(……昨日の涙を、見られたからかな)
弱い部分を知られてしまった。
なのに、距離を取られるどころか、こうして隣にいる。
それが、思っていた以上に──
「……あ」
ふと、食堂の入口の方が視界に入る。
アニだった。
無表情のまま、配膳を受け取り、周囲を気にせず歩いている。
その瞬間──
ベルトルトの視線が、無意識にそちらへ向いた。
ほんの一瞬。
昨日と同じくらい、短い時間。
でも、オリアナは見逃さなかった。
(……やっぱり)
胸の奥に、小さな違和感が生まれる。
嫉妬、と呼ぶには曖昧で。
でも、何も感じないわけじゃない。
ベルトルトはすぐに視線を戻し、気まずそうに咳払いをした。
「……ごめん」
「え?」
「いや、その……」
言葉を探している様子に、オリアナは首を振る。
「気にしてない」
本心だった。
少なくとも、責める気はない。
(……でも)
昨日まで気にならなかったことが、
今日は、少しだけ引っかかる。
それに気づいてしまった自分に、内心で苦笑する。
食事を終え、立ち上がる。
「先、戻る?」
「うん」
並んで歩き出すと、自然と歩調が揃った。
会話は少ない。
でも、沈黙は重くない。
(……仲が深まった、っていうより)
少しずつ、
お互いの内側に触れ始めている感覚。
そのことが、オリアナの胸に、静かな波紋を残していた。
——この距離が、これからどう変わっていくのか。
まだ分からない。
でも、昨日とは確実に違う。
そんな予感だけが、確かにそこにあった。
*
「……じゃあ、僕、先に戻るよ」
「うん。おやすみ」
ベルトルトは軽く手を振って、男子寮の方へ歩いていった。
オリアナは反対方向へと足を向ける。
不意に、背後から声。
「へぇ。ずいぶん仲良くなったもんだな」
振り向くと、壁にもたれたユミルが腕を組んでいた。
「……ユミル」
「前はあんまり話してなかったのにさ。最近はよく一緒にいるじゃねぇか」
オリアナは一瞬、言葉に詰まる。
「別に……そんなつもりじゃ」
「そうか?あのデカいの、お前のこと気にしてる顔してたぞ」
胸が、わずかにざわつく。
「……気のせいだよ」
「ま、どうでもいいけどな」
ユミルは肩をすくめる。
「たださ。あいつ、なんか抱えてる顔してるだろ」
オリアナは、無意識に指先を握りしめる。
「……そう?」
「さあな。ああいうの、分かる奴には分かるもんだ」
ユミルは肩をすくめた。
オリアナの胸に、言葉にできない違和感だけが残る。
「ま、深入りしすぎんなよ。ああいうタイプはな、抱えてるもんがデカすぎると、近くにいる奴まで巻き込むからな」
「……どういう意味?」
「さあな」
ユミルは背を向け、歩き出す。
「忠告だと思っとけ」
その背中を見送りながら、オリアナの胸の奥に、小さな違和感が残った。
——抱えてるものが、デカすぎる。
その言葉だけが、妙に引っかかった。
…To be continued