【長編】境界を越えて、 君に会いにいく。
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第3話
装置を背負い、決められたコースを何度も往復する。単純な訓練だが、姿勢や重心のずれは、そのまま速度と安定に出る。
オリアナは手順をひとつずつ確かめながら、装備を整えた。
「次、オリアナ・シュトルツ!」
呼ばれて、スタート地点に立つ。
ベルトを締め、ガスの残量を確認する。
「……あれ」
片方の留め具が、うまく噛み合っていない。
指で押し込んでも、カチリとした感触がない。
金具の位置が、ほんの少しだけずれている。
「どうした?」
教官の声が飛んできた。
「留め具が──」
言いかけた時、背後から静かな声がした。
「少し、見てもいい?」
振り向くと、ベルトルトが立っていた。
「……いいけど」
彼は小さく頷くと、オリアナの前にしゃがみ込んだ。
長い指が、留め具の位置を確かめる。金具に触れる手つきは慎重で、けれど迷いがなかった。
「ここ、少し噛み合ってないだけだと思う」
留め具を一度外し、角度を直す。ゆっくり差し込むと、カチリ、と小さな音が鳴った。
「……これで大丈夫」
「ありがとう」
オリアナが軽く引いて確認した、その瞬間。
「シュトルツ、まだか!」
教官の声が飛ぶ。
「はい!」
短く返事をし、発射姿勢を取る。
「行ってくる」
「うん」
それだけ言葉を交わし、オリアナはワイヤーを射出した。
ワイヤーが伸び、木製の支柱の間を滑るように進む。風が耳元をかすめ、制服の布がひらりと舞った。
体が前に引っ張られる感覚。
空中でバランスを取りながら、腕や足の微妙な動きを意識する。
余計なことは考えない。
体の動きと、装置の反応だけに集中する。
着地の衝撃を吸収し、次の動作へ移る。
一連の動きは、いつも通り安定していた。
*
訓練が一区切りつき、装置を外す。
金具に目を落とし、さっき直してもらった留め具をもう一度確認する。
ちゃんと、噛み合っている。
それだけのことなのに、なぜか少し安心した。
カチリ、と鳴った小さな音が、まだ耳に残っている気がする。
「シュトルツ、さっきの動き、安定してたな」
教官がそう言い残して通り過ぎていく。
褒め言葉というほどでもない、淡々とした評価。
それでも、胸の内に小さな熱が灯った。
「……ありがとうございます」
返事をしながら、視線を上げる。
少し離れた場所で、ベルトルトがライナーと並んで立っていた。ライナーが何かを話しかけ、ベルトルトが小さく頷く。
その横顔は、さっきまでの緊張を抜け、いつもの落ち着いた表情に戻っていた。
さっきのは、たまたま、だよね。
装置を直してくれたことも。
声をかけてくれたことも。
全部、訓練の流れの中の偶然。
そう考えれば、辻褄は合う。
「オリアナ」
不意に声をかけられる。
振り向くと、ベルトルトが立っていた。
さっきまでライナーの隣にいたはずなのに、いつの間にかこちらに来ている。
「……さっきの動き、無駄がなくて、見てると安心した」
思いがけない言葉に、少しだけ驚く。
「……そんなふうに見えてた?」
「うん」
ベルトルトは小さく頷いた。
「動きが安定してるから。次にどう動くのか、見ていて分かりやすいというか……」
そこまで言って、少しだけ言葉を止める。
「あ、いや……訓練の時、自然と目に入っただけなんだけど」
言いながら、視線が泳ぐ。
その反応が少しおかしくて、オリアナは小さく笑った。
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しい」
「……うん」
ベルトルトも、少しだけ安心したように笑う。
その時、
「次の組、準備しろ!」
教官の声が響いた。
「あ、行かないと」
「うん。気をつけて」
オリアナは指定位置へ向かう。
その途中で、ふと視線を感じた。
振り向くと、ベルトルトがこちらを見ていた。
一瞬だけ、目が合う。
彼は慌てたように視線を逸らし、何事もなかったように前を向いた。
その一瞬だけが、妙に残った。
理由は分からない。
ただ、直してもらった留め具の小さな音と、さっきの視線だけが、胸の内に静かに残っている。
嫌な感じではない。
けれど、落ち着くとも言い切れない。
オリアナは深く息を吸い、発射姿勢を取った。
今は、訓練に集中する。
それだけでいい。
そう言い聞かせて、ワイヤーを放つ。
風が、強く頬を打った。
…To be continued
偶然の距離
午後の訓練は、立体機動の基礎反復だった。装置を背負い、決められたコースを何度も往復する。単純な訓練だが、姿勢や重心のずれは、そのまま速度と安定に出る。
オリアナは手順をひとつずつ確かめながら、装備を整えた。
「次、オリアナ・シュトルツ!」
呼ばれて、スタート地点に立つ。
ベルトを締め、ガスの残量を確認する。
「……あれ」
片方の留め具が、うまく噛み合っていない。
指で押し込んでも、カチリとした感触がない。
金具の位置が、ほんの少しだけずれている。
「どうした?」
教官の声が飛んできた。
「留め具が──」
言いかけた時、背後から静かな声がした。
「少し、見てもいい?」
振り向くと、ベルトルトが立っていた。
「……いいけど」
彼は小さく頷くと、オリアナの前にしゃがみ込んだ。
長い指が、留め具の位置を確かめる。金具に触れる手つきは慎重で、けれど迷いがなかった。
「ここ、少し噛み合ってないだけだと思う」
留め具を一度外し、角度を直す。ゆっくり差し込むと、カチリ、と小さな音が鳴った。
「……これで大丈夫」
「ありがとう」
オリアナが軽く引いて確認した、その瞬間。
「シュトルツ、まだか!」
教官の声が飛ぶ。
「はい!」
短く返事をし、発射姿勢を取る。
「行ってくる」
「うん」
それだけ言葉を交わし、オリアナはワイヤーを射出した。
ワイヤーが伸び、木製の支柱の間を滑るように進む。風が耳元をかすめ、制服の布がひらりと舞った。
体が前に引っ張られる感覚。
空中でバランスを取りながら、腕や足の微妙な動きを意識する。
余計なことは考えない。
体の動きと、装置の反応だけに集中する。
着地の衝撃を吸収し、次の動作へ移る。
一連の動きは、いつも通り安定していた。
*
訓練が一区切りつき、装置を外す。
金具に目を落とし、さっき直してもらった留め具をもう一度確認する。
ちゃんと、噛み合っている。
それだけのことなのに、なぜか少し安心した。
カチリ、と鳴った小さな音が、まだ耳に残っている気がする。
「シュトルツ、さっきの動き、安定してたな」
教官がそう言い残して通り過ぎていく。
褒め言葉というほどでもない、淡々とした評価。
それでも、胸の内に小さな熱が灯った。
「……ありがとうございます」
返事をしながら、視線を上げる。
少し離れた場所で、ベルトルトがライナーと並んで立っていた。ライナーが何かを話しかけ、ベルトルトが小さく頷く。
その横顔は、さっきまでの緊張を抜け、いつもの落ち着いた表情に戻っていた。
さっきのは、たまたま、だよね。
装置を直してくれたことも。
声をかけてくれたことも。
全部、訓練の流れの中の偶然。
そう考えれば、辻褄は合う。
「オリアナ」
不意に声をかけられる。
振り向くと、ベルトルトが立っていた。
さっきまでライナーの隣にいたはずなのに、いつの間にかこちらに来ている。
「……さっきの動き、無駄がなくて、見てると安心した」
思いがけない言葉に、少しだけ驚く。
「……そんなふうに見えてた?」
「うん」
ベルトルトは小さく頷いた。
「動きが安定してるから。次にどう動くのか、見ていて分かりやすいというか……」
そこまで言って、少しだけ言葉を止める。
「あ、いや……訓練の時、自然と目に入っただけなんだけど」
言いながら、視線が泳ぐ。
その反応が少しおかしくて、オリアナは小さく笑った。
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しい」
「……うん」
ベルトルトも、少しだけ安心したように笑う。
その時、
「次の組、準備しろ!」
教官の声が響いた。
「あ、行かないと」
「うん。気をつけて」
オリアナは指定位置へ向かう。
その途中で、ふと視線を感じた。
振り向くと、ベルトルトがこちらを見ていた。
一瞬だけ、目が合う。
彼は慌てたように視線を逸らし、何事もなかったように前を向いた。
その一瞬だけが、妙に残った。
理由は分からない。
ただ、直してもらった留め具の小さな音と、さっきの視線だけが、胸の内に静かに残っている。
嫌な感じではない。
けれど、落ち着くとも言い切れない。
オリアナは深く息を吸い、発射姿勢を取った。
今は、訓練に集中する。
それだけでいい。
そう言い聞かせて、ワイヤーを放つ。
風が、強く頬を打った。
…To be continued