【長編】境界を越えて、 君に会いにいく。
name
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
第2話
巨人の正体も、
彼の背負っているものも、
自分の中に芽生えかけていた感情の名前さえも。
ただ、時々。
どうしても、目が離せない瞬間があった。
訓練場に乾いた音が響いていた。
木剣がぶつかり、砂を踏みしめる足音が重なる。
その合間に、誰かの短い息遣いが混じっていた。
「そこ、足が遅れてる!」
教官の怒号が飛ぶ。
オリアナは一歩踏み込み、相手の懐に入る。
手首を返して木剣を弾き、体勢を崩させる。
「……っ」
相手の木剣が地面に落ちた。
「そこまで!」
号令とともに、張り詰めていた空気が緩む。
周囲の訓練兵たちも、ほっとしたように肩を落とした。
「相変わらず強いな、オリアナ」
隣で息を整えていたジャンが苦笑する。
「ジャンが不用意に踏み込んできただけ」
「うるせぇな。普通あそこであの返しはできねぇんだよ」
少し拗ねたように言う彼に、オリアナは小さく肩をすくめた。
二年目に入ってから、訓練の密度はさらに濃くなった。体力も技術も求められる。
最初の頃のように、余裕のない顔をしている者は少なくなっていた。
それぞれが、それぞれの立ち位置を見つけ始めている。
「水、飲みに行かない?」
振り向くと、クリスタが笑顔で立っていた。
その後ろで、ユミルがあくびをしている。
「行く」
三人で水場の方へ向かう。
訓練後のざわめきの中を歩いていると、ふと視界の端に背の高い影が入った。
自然と、視線がそちらへ向く。
ベルトルトだった。
ライナーと並んで、何か話している。彼は少しだけ首を傾けながら、静かに相槌を打っていた。
大きな体に似合わず、どこか控えめな立ち方。
誰かの後ろに半歩下がるような、あの距離感。
目立つわけじゃない。
むしろ、目立たないようにしているようにすら見える。
なのに、時々目に入る。
「……オリアナ?」
クリスタの声に、はっとした。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
そう答えながら、もう一度だけ視線を向ける。
ちょうどその時、ベルトルトが顔を上げた。
視線が、ほんの一瞬だけ重なる。
彼は少し驚いたように目を瞬かせ、すぐに視線を逸らした。
その仕草が、妙に印象に残った。
「また見てるな」
後ろから、低い声がした。
振り向くと、ユミルがニヤついている。
「誰を?」
「とぼけんなよ。さっきからでっかいのの方ばっか見てんじゃねぇか」
「……別に」
「へぇ」
ユミルは面白そうに肩をすくめた。
「まぁ、気持ちは分かるけどな。あいつ、つい目に入るんだよ」
「そう?」
ユミルは隣で小さく笑い、前方へ視線を戻した。
「でかいし、顔も悪くねぇし。女どもがちらちら見てんの、気づいてねぇのか?」
ユミルの言葉に、一瞬返す言葉に詰まる。
女ども、という言い方の中に、自分も含まれている。それは分かった。
けれど、そういう意味で見ていたわけじゃない。
少なくとも、今はまだ。
オリアナは視線を逸らす。
「気づいてないと思う」
答えを、少しだけずらした。
ベルトルト自身が、周りから見られていることに気づいているかどうか。
それなら、答えられる気がした。
ユミルは肩をすくめ、軽く鼻で笑った。
「だろうな。ああいうのは、自分が目立ってることにも気づいてねぇんだよ」
その言葉だけが、少しだけ残った。
目立つほど大きな背中なのに、いつも誰かの後ろに半歩下がっている。
見られていることにも、たぶん気づいていない。
オリアナが見ていたのは、きっとそういうところだった。
そう思おうとして、カップの水面に視線を落とす。
クリスタは少し困ったように二人を見ていた。
「ユミル、そういう言い方しないの」
「はいはい」
水を飲みながら、オリアナはもう一度だけ彼の方を見た。
今度は視線は合わない。
ライナーに何か言われて、ベルトルトは少し困ったように笑っている。
その表情が、胸のどこかに引っかかった。
——なんだろう。
特別な出来事があったわけじゃない。
ただ、時々目に入る。
時々、気になる。
それだけのはずなのに、気づけば視線がそちらへ向いている。
ユミルの言葉は受け流した。けれど、自分の中にある小さな引っかかりまでは、うまく消せなかった。
まだ、名前をつけるほどのものではない。
それでも確かに、そこにある。
ただ、それだけだった。
…To be continued
視線の先
——あの頃は、まだ何も知らなかった。巨人の正体も、
彼の背負っているものも、
自分の中に芽生えかけていた感情の名前さえも。
ただ、時々。
どうしても、目が離せない瞬間があった。
訓練場に乾いた音が響いていた。
木剣がぶつかり、砂を踏みしめる足音が重なる。
その合間に、誰かの短い息遣いが混じっていた。
「そこ、足が遅れてる!」
教官の怒号が飛ぶ。
オリアナは一歩踏み込み、相手の懐に入る。
手首を返して木剣を弾き、体勢を崩させる。
「……っ」
相手の木剣が地面に落ちた。
「そこまで!」
号令とともに、張り詰めていた空気が緩む。
周囲の訓練兵たちも、ほっとしたように肩を落とした。
「相変わらず強いな、オリアナ」
隣で息を整えていたジャンが苦笑する。
「ジャンが不用意に踏み込んできただけ」
「うるせぇな。普通あそこであの返しはできねぇんだよ」
少し拗ねたように言う彼に、オリアナは小さく肩をすくめた。
二年目に入ってから、訓練の密度はさらに濃くなった。体力も技術も求められる。
最初の頃のように、余裕のない顔をしている者は少なくなっていた。
それぞれが、それぞれの立ち位置を見つけ始めている。
「水、飲みに行かない?」
振り向くと、クリスタが笑顔で立っていた。
その後ろで、ユミルがあくびをしている。
「行く」
三人で水場の方へ向かう。
訓練後のざわめきの中を歩いていると、ふと視界の端に背の高い影が入った。
自然と、視線がそちらへ向く。
ベルトルトだった。
ライナーと並んで、何か話している。彼は少しだけ首を傾けながら、静かに相槌を打っていた。
大きな体に似合わず、どこか控えめな立ち方。
誰かの後ろに半歩下がるような、あの距離感。
目立つわけじゃない。
むしろ、目立たないようにしているようにすら見える。
なのに、時々目に入る。
「……オリアナ?」
クリスタの声に、はっとした。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
そう答えながら、もう一度だけ視線を向ける。
ちょうどその時、ベルトルトが顔を上げた。
視線が、ほんの一瞬だけ重なる。
彼は少し驚いたように目を瞬かせ、すぐに視線を逸らした。
その仕草が、妙に印象に残った。
「また見てるな」
後ろから、低い声がした。
振り向くと、ユミルがニヤついている。
「誰を?」
「とぼけんなよ。さっきからでっかいのの方ばっか見てんじゃねぇか」
「……別に」
「へぇ」
ユミルは面白そうに肩をすくめた。
「まぁ、気持ちは分かるけどな。あいつ、つい目に入るんだよ」
「そう?」
ユミルは隣で小さく笑い、前方へ視線を戻した。
「でかいし、顔も悪くねぇし。女どもがちらちら見てんの、気づいてねぇのか?」
ユミルの言葉に、一瞬返す言葉に詰まる。
女ども、という言い方の中に、自分も含まれている。それは分かった。
けれど、そういう意味で見ていたわけじゃない。
少なくとも、今はまだ。
オリアナは視線を逸らす。
「気づいてないと思う」
答えを、少しだけずらした。
ベルトルト自身が、周りから見られていることに気づいているかどうか。
それなら、答えられる気がした。
ユミルは肩をすくめ、軽く鼻で笑った。
「だろうな。ああいうのは、自分が目立ってることにも気づいてねぇんだよ」
その言葉だけが、少しだけ残った。
目立つほど大きな背中なのに、いつも誰かの後ろに半歩下がっている。
見られていることにも、たぶん気づいていない。
オリアナが見ていたのは、きっとそういうところだった。
そう思おうとして、カップの水面に視線を落とす。
クリスタは少し困ったように二人を見ていた。
「ユミル、そういう言い方しないの」
「はいはい」
水を飲みながら、オリアナはもう一度だけ彼の方を見た。
今度は視線は合わない。
ライナーに何か言われて、ベルトルトは少し困ったように笑っている。
その表情が、胸のどこかに引っかかった。
——なんだろう。
特別な出来事があったわけじゃない。
ただ、時々目に入る。
時々、気になる。
それだけのはずなのに、気づけば視線がそちらへ向いている。
ユミルの言葉は受け流した。けれど、自分の中にある小さな引っかかりまでは、うまく消せなかった。
まだ、名前をつけるほどのものではない。
それでも確かに、そこにある。
ただ、それだけだった。
…To be continued