【長編】境界を越えて、 君に会いにいく。
name
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
第一章 | 壁の内側
第1話
地下室での再会
地下室は静かだった。外の喧騒は、まだここまでは届いていない。
地上では作戦が進んでいるはずなのに、この場所だけが切り離されたように沈黙している。
薄暗い空間の中央に、椅子がひとつ。
その近くに、オリアナは立っていた。
巨人化しても被害を最小限に抑えられる場所。
そのために選ばれた、隔離用の地下室だった。
武器は構えていない。
ただ、出口を塞ぐ位置に立っているだけ。
やがて、階段の上から足音が聞こえてきた。
重く、ゆっくりとした足取り。
案内している兵士の声が、短く響く。
「ここで待機だ。指示があるまで動くな」
聞き慣れない、硬い口調のマーレ兵の声だった。
その声音の奥に、わずかな緊張が混じっているのが分かる。
扉が開き、彼が中に入ってくる。
直後、案内役の兵士は何も言わずに扉を閉めた。
金属の音が、やけに大きく響く。
——二人きり。
目の前に立つその姿を見た瞬間、胸の奥が小さく軋んだ。
「……ベルトルト。久しぶり」
声は低く、落ち着いている。
感情を削ぎ落としたみたいな言い方だった。
でも、視線だけは逸らさない。
ベルトルトは一瞬、言葉を失った。
ほんのわずかな沈黙のあと、
「……オリアナ」
とだけ呟いた。
それだけで、時間が巻き戻されたような気がした。
訓練兵時代。
何気ない日常。
並んで歩いた帰り道。
全部が一瞬、胸の奥に蘇る。
でも、ここはもう、あの頃じゃない。
オリアナは扉を背にしたまま、淡々と口を開いた。
「今からあなたを拘束する。ここで巨人化をしたら、地上にいる民間人や仲間の兵士を巻き込むことになる」
「……わかった」
ベルトルトは、抵抗しなかった。
そのまま、オリアナの視線に従って椅子へ向かう。
静かに腰を下ろした。
その素直さが、逆に胸を締めつける。
オリアナは、持っていたロープを手に取った。
「腕を後ろに回して」
ベルトルトは何も言わず、背もたれの後ろへ腕を回す。従順すぎるほどの動きだった。
その手首に、ロープを回す。
何重にも巻きつけ、強く締める。
結び目は、彼の指が届かない位置に置いた。
距離が近い。
彼の呼吸が、すぐそばにある。
ロープを引く指先が、ほんの一瞬だけ震えた。
気づかれたかどうかは、分からない。
(……私は、何を迷っている)
今は任務中だ。
作戦の足を引っ張るわけにはいかない。
ここで迷えば、仲間が死ぬ。
次に、胴体へロープを回す。
胸の下を通し、椅子の背もたれごと固定する。
体を前に倒せないように、しっかりと締める。
これで、自分では体を傷つけられない。
立ち上がることもできない。
でも──
こんなふうに縛る相手が、彼であることが、ただただ苦しかった。
「……君に会えるとは思ってなかった」
声が、頭上から落ちてくる。
妙に落ち着いた響きだった。
「私も」
短い返答。
それだけなのに、胸の奥が強く締めつけられる。
——本当は、違う。
会いたくなかったはずなのに、そう言い切れなかった。会ってしまったからこそ、逃げ場がなくなった。
「……終わったら、ちゃんと従うよ」
ベルトルトがそう言って、視線を落とす。
オリアナは何も答えなかった。
沈黙だけが落ちる。
言葉にならなかったものだけが、そこに残った。
ロープを結び終える。最後の結び目を固く締めたあと、ほんのわずかに動きを止めた。
「……君は」
ベルトルトが、ぽつりと呟く。
「まだ、調査兵団なんだね」
「……うん」
それだけ答える。
本当は、まだ何かあったはずだった。
けれど、それが何なのか、うまく掴めなかった。
ただ、結び目をもう一度確かめて、オリアナは一歩だけ距離を取った。
地下室には、再び静寂が落ちる。
遠くで爆発音が響いた。
作戦が開始されたようだ。地響きだけが、ここが戦場の真下だという現実を思い出させてくる。
オリアナはベルトルトに背を向け、目を閉じた。
四年前。
あの日、すべてが壊れた瞬間から——
彼とこうして向き合う未来だけは、もう二度と来ないと思っていた。
それなのに。
どうして、こんな形で再会してしまうのか。
静かな地下室の空気の中で、ふと、彼の横顔が昔のままに見えた気がした。
訓練兵団に入って、二年目の春。
あの頃は、まだ何も知らなかった。
ただ一人の少年の、
どこか影のある横顔を——
気づけば、目で追うようになっていた。
…To be continued
1/37ページ