【長編】境界を越えて、 君に会いにいく。
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第22話
血の匂いは濃く、湿った咀嚼音と、遠くで軋む石の音だけが残っている。
誰かの叫びはもうない。
叫ぶ力も、残っていない。
オリアナは掴んだ腕を離せないまま、動けずにいた。
喉は乾き、呼吸は浅く、冷えた空気が肺を刺す。
——終わりが近い。
その感覚だけが、妙に鮮明だった。
隣の気配を確かめるように、視線が動く。
ベルトルトの横顔を見る。
生きている。
胸の奥が、ほんの少しだけ緩む。
(……ここに、いる)
喜びとは違う。
それでも、確かめずにはいられなかった。
確認しないと、次の瞬間に消えそうで。
けれど、目の前の現実は、それを許してくれなかった。
巨人の群れから退くこともできないまま、ナナバが喰われた。
さっきまで、そこにいた。静かな声で命令し、全てを把握している目をしていた。
あんな先輩が。
あんなふうに。
思考は拒んでいるのに、耳だけが現実を拾い続ける。
骨が砕ける音。
肉が裂ける音。
巨人の息。
胃が反転しそうになる。
オリアナは唇を噛み、必死に呼吸を数えた。
一度、吸う。
二度、吐く。
呼吸を整えても、奥の震えは止まらない。
(……何も、できなかった)
守れない現実。目の前で誰かが消えていくのを、ただ見ているしかできないこと。
それが、一番怖い。
塔の上で、クリスタが震えて立っていた。
顔色は青く、それでも目だけが妙に澄んでいる。
ユミルが隣にいる。
「……私も、戦いたい」
クリスタがぽつりと言う。
「そしたら……一緒に戦って、死ねるのに……」
声が夜に吸われる。
死が救いみたいに扱われることを、オリアナは理解できなかった。
死は消えることだ。それまであった時間も声も、何もかもが、そこになかったみたいになる。
ユミルの空気が変わった。
目を見開き、僅かに呼吸が止まる。
「……クリスタ」
低い声。
怒りというより、焦りに近い。
「お前、まだそんなこと言ってんのかよ」
クリスタは目を逸らさなかった。
涙も出ないまま、ただ静かに折れている。
ユミルが歯を食いしばる。
「多分、これが最後になるから……。思い出してくれ、雪山の訓練の時にした……」
短く、刺すように。
「約束を……」
クリスタの喉が詰まる。
言葉が出ない。
オリアナは少し離れた位置から、そのやり取りをぼんやり見ていた。絶望で頭が薄く痺れている。
理解はできるのに、感情が追いつかない。
(……この二人は、いつもこうだ)
互いにぶつかって、互いを引っ張り上げる。
羨ましい、と思う余裕はない。
ただ、眩しい。
空が、ほんの少しだけ白んだ。
夜の黒が薄れ、冷たさの質が変わる。
朝が来る。
この状況で朝が来ることが、どこか不自然だった。まるで、最後に見せる景色みたいだ。
オリアナは東の空を見て、息を飲む。
薄い光が、石の角をほんのわずかに浮かび上がらせる。
(……最後に、朝日を見て死ぬのかもしれない)
誰も口にしない。
だが、空気がそう告げていた。
「コニー、ナイフを貸してくれ」
ユミルはナイフを受け取ると、静かにクリスタに向き直る。
「……何に使うんだよ、それ……」
コニーが怪訝な顔で聞く。
「まぁ……そりゃ、これで戦うんだよ」
ふらつくほど疲れているのに、目だけが鋭い。
クリスタを見下ろす。
「お前……」
静かな声。
さっきまでの苛立ちが、剥がれている。
「胸張って生きろよ」
クリスタの瞳が揺れた。
「……え」
次の瞬間、ユミルは塔の縁まで走り、躊躇なく飛び降りた。
「ユミル!!」
クリスタの叫びが朝の空気を裂く。
オリアナは反射で身を乗り出し、同時に背筋が凍った。落ちるはずの体が、途中で止まっていた。
音が変わる。
骨が砕け、肉が裂け、熱が膨れ上がる。人のものではない気配が、塔の下からせり上がってくる。
巨大な影が、朝の光を遮った。
ユミルが、巨人になった。
「……っ」
言葉が出ない。理解が追いつかないまま、目だけがその異様を追う。
コニーが震える声で言った。
「嘘だろ……、ユミルまで……巨人に……」
クリスタは塔の縁に張り付いたまま、涙も出せない顔で巨体を見ている。信じたいのか、呼びたいのか、そのどちらも声にならないようだった。
オリアナの視界の端で、ベルトルトとライナーが硬直した。二人の顔色が、一段沈む。
ベルトルトの口が、勝手に動いたように見えた。
「あ……、あの巨人は……」
喉が鳴った。
次の言葉は掠れていた。
「……あの時の……」
その言い方だけが、耳に残った。
(あの時……?)
何の話だ。
あの巨人ってなんだ。
聞きたいことが喉元まで来て、そこで潰れた。
足元は崩れそうで、言葉を組み立てる力もない。
今は、生きるだけで精一杯だった。
オリアナは視線を前に戻し、唇を噛む。
その違和感だけが、心の底に沈んでいく。
輪郭を持ったまま。
ユミルの巨人が動いた。
巨体が塔を囲む巨人へ突っ込み、腕を振る。
巨人が飛ぶ。
その光景は、絶望の中に小さな穴を空けた。
(……戦える)
助かるかもしれない。
ほんの僅かな希望が芽生える。
だが、ユミルの動きはどこか慎重で、力を出し切れていない。
嫌な音がした。
足元から、塔が鳴いている。
ユミルの巨体がぶつかるたびに石が落ち、壁に亀裂が走る。人間のいる塔が、耐えられるはずがない。
ユミルが一瞬、手を離した。
わざと。
巨人の群れが、そこへ噛みつこうとする。
クリスタが叫んだ。
「死ぬなユミル!!」
声が裏返る。
恐怖と怒りが混ざった声。
「こんな塔を守って死ぬくらいなら——」
クリスタが身を乗り出す。
「もう、こんなもん……ぶっ壊せ!!」
一瞬、世界が止まったみたいに静かになる。
ユミルの巨人が、顔だけを塔へ向けた。
その目に、何かが宿った。
次の瞬間。
ユミルは、本当に塔を壊した。
石壁が裂け、支えが折れる。
石が泣くような音を立てて、塔が傾いた。
「いいぞユミル!!」
クリスタが叫ぶ。
興奮と恐怖で、声が震えている。
塔が崩れる。
オリアナの足が滑った。
膝が石に当たり、痛みが遅れて来る。
周囲が叫び、石が落ち、身体が持っていかれる。
(落ちる──)
その瞬間、背後から強い力が来た。
ベルトルトが、オリアナの体を引き寄せた。
強く引かれて、息が詰まる。
ユミルの巨人が腕を伸ばした。
背中を差し出す。
「——イキタカツカアレ」
濁った声が、命令みたいに響く。
皆が必死にしがみついた。オリアナも反射でその背を掴み、指が千切れそうな力で握る。
塔が崩れ落ちる。
石の雨と地鳴りの中で、世界がひっくり返った。
地面に降り立った衝撃のあと、オリアナはしばらく息を吸えなかった。
咳き込み、土の匂いと血の味が喉の奥に広がる。
視界は揺れている。
だが、生きている。
周囲に、仲間の声がある。
呼吸もある。
(……生きてる)
助かった。
そう思った瞬間、膝が震えた。
力が抜ける。
しかし、安堵も束の間、地面が揺れる。
瓦礫の下から巨人が起き上がり、ユミルの巨人が飛びかかる。
巨人たちが次々に立ち上がる。
ユミルは掴まれ、叩きつけられ、囲まれた体を喰われていく。
咄嗟にクリスタが駆け出した。
ユミルの名前を呼びながら、縋るように手を伸ばす。
(待って、クリスタ……!!)
止めなければと思うのに、足が動かなかった。
その時、遠くから立体機動の音がした。
金属音とワイヤーの音。
刃が光る。
「調査兵団だ!!」
誰かが叫んだ。
黒い影が飛び、兵士たちが巨人を斬っていく。
巨人が次々に倒れる。
エレン、ミカサ、アルミン。
見慣れた顔が、武装してそこにいた。
(……助かった)
ようやく、現実の安心が胸に落ちる。
ユミルが、倒れ込む。
巨体が蒸気を上げて縮んでいく。
人間に戻った体は、右腕と右脚が失われ、血が流れていた。
クリスタが駆け寄り、膝をついた。
「ユミル……」
抱きかかえ、泣きそうな顔で何か話している。
クリスタの腕の中で、ユミルは穏やかに微笑んだ。
オリアナはその光景を、遠くから見ていた。
頭がぼんやりして、音が遠い。
その遠さの中で、いなくなった人の名前だけが、ひとつずつ戻ってくる。
ナナバは死んだ。
ヘニングも。
リーネも。
ゲルガーも。
それなのに、朝日は昇っている。
生きている者だけが残る。
そうやって、朝は何事もなかったみたいに進んでいく。
胸の奥が、妙に軽い。
何かが抜けたみたいに。
オリアナはふと横を見た。
ベルトルトが立っている。
顔は青く、息も浅い。
それでも、生きている。
安堵が先に来る。
その直後に、あの小さな声が蘇る。
“あの時の……”
違和感が、じわじわと形を持ち始める。
だが今は、追えない。
追えば崩れる。
だから、飲み込む。
オリアナはゆっくり息を吐いた。
吐いた息が震えている。
(……終わってない)
生き残っただけだ。
終わってはいない。
朝日は、何も知らないみたいに壁の上を照らしていた。
…To be continued
夜明けの巨人
夜は、終わらなかった。血の匂いは濃く、湿った咀嚼音と、遠くで軋む石の音だけが残っている。
誰かの叫びはもうない。
叫ぶ力も、残っていない。
オリアナは掴んだ腕を離せないまま、動けずにいた。
喉は乾き、呼吸は浅く、冷えた空気が肺を刺す。
——終わりが近い。
その感覚だけが、妙に鮮明だった。
隣の気配を確かめるように、視線が動く。
ベルトルトの横顔を見る。
生きている。
胸の奥が、ほんの少しだけ緩む。
(……ここに、いる)
喜びとは違う。
それでも、確かめずにはいられなかった。
確認しないと、次の瞬間に消えそうで。
けれど、目の前の現実は、それを許してくれなかった。
巨人の群れから退くこともできないまま、ナナバが喰われた。
さっきまで、そこにいた。静かな声で命令し、全てを把握している目をしていた。
あんな先輩が。
あんなふうに。
思考は拒んでいるのに、耳だけが現実を拾い続ける。
骨が砕ける音。
肉が裂ける音。
巨人の息。
胃が反転しそうになる。
オリアナは唇を噛み、必死に呼吸を数えた。
一度、吸う。
二度、吐く。
呼吸を整えても、奥の震えは止まらない。
(……何も、できなかった)
守れない現実。目の前で誰かが消えていくのを、ただ見ているしかできないこと。
それが、一番怖い。
塔の上で、クリスタが震えて立っていた。
顔色は青く、それでも目だけが妙に澄んでいる。
ユミルが隣にいる。
「……私も、戦いたい」
クリスタがぽつりと言う。
「そしたら……一緒に戦って、死ねるのに……」
声が夜に吸われる。
死が救いみたいに扱われることを、オリアナは理解できなかった。
死は消えることだ。それまであった時間も声も、何もかもが、そこになかったみたいになる。
ユミルの空気が変わった。
目を見開き、僅かに呼吸が止まる。
「……クリスタ」
低い声。
怒りというより、焦りに近い。
「お前、まだそんなこと言ってんのかよ」
クリスタは目を逸らさなかった。
涙も出ないまま、ただ静かに折れている。
ユミルが歯を食いしばる。
「多分、これが最後になるから……。思い出してくれ、雪山の訓練の時にした……」
短く、刺すように。
「約束を……」
クリスタの喉が詰まる。
言葉が出ない。
オリアナは少し離れた位置から、そのやり取りをぼんやり見ていた。絶望で頭が薄く痺れている。
理解はできるのに、感情が追いつかない。
(……この二人は、いつもこうだ)
互いにぶつかって、互いを引っ張り上げる。
羨ましい、と思う余裕はない。
ただ、眩しい。
空が、ほんの少しだけ白んだ。
夜の黒が薄れ、冷たさの質が変わる。
朝が来る。
この状況で朝が来ることが、どこか不自然だった。まるで、最後に見せる景色みたいだ。
オリアナは東の空を見て、息を飲む。
薄い光が、石の角をほんのわずかに浮かび上がらせる。
(……最後に、朝日を見て死ぬのかもしれない)
誰も口にしない。
だが、空気がそう告げていた。
「コニー、ナイフを貸してくれ」
ユミルはナイフを受け取ると、静かにクリスタに向き直る。
「……何に使うんだよ、それ……」
コニーが怪訝な顔で聞く。
「まぁ……そりゃ、これで戦うんだよ」
ふらつくほど疲れているのに、目だけが鋭い。
クリスタを見下ろす。
「お前……」
静かな声。
さっきまでの苛立ちが、剥がれている。
「胸張って生きろよ」
クリスタの瞳が揺れた。
「……え」
次の瞬間、ユミルは塔の縁まで走り、躊躇なく飛び降りた。
「ユミル!!」
クリスタの叫びが朝の空気を裂く。
オリアナは反射で身を乗り出し、同時に背筋が凍った。落ちるはずの体が、途中で止まっていた。
音が変わる。
骨が砕け、肉が裂け、熱が膨れ上がる。人のものではない気配が、塔の下からせり上がってくる。
巨大な影が、朝の光を遮った。
ユミルが、巨人になった。
「……っ」
言葉が出ない。理解が追いつかないまま、目だけがその異様を追う。
コニーが震える声で言った。
「嘘だろ……、ユミルまで……巨人に……」
クリスタは塔の縁に張り付いたまま、涙も出せない顔で巨体を見ている。信じたいのか、呼びたいのか、そのどちらも声にならないようだった。
オリアナの視界の端で、ベルトルトとライナーが硬直した。二人の顔色が、一段沈む。
ベルトルトの口が、勝手に動いたように見えた。
「あ……、あの巨人は……」
喉が鳴った。
次の言葉は掠れていた。
「……あの時の……」
その言い方だけが、耳に残った。
(あの時……?)
何の話だ。
あの巨人ってなんだ。
聞きたいことが喉元まで来て、そこで潰れた。
足元は崩れそうで、言葉を組み立てる力もない。
今は、生きるだけで精一杯だった。
オリアナは視線を前に戻し、唇を噛む。
その違和感だけが、心の底に沈んでいく。
輪郭を持ったまま。
ユミルの巨人が動いた。
巨体が塔を囲む巨人へ突っ込み、腕を振る。
巨人が飛ぶ。
その光景は、絶望の中に小さな穴を空けた。
(……戦える)
助かるかもしれない。
ほんの僅かな希望が芽生える。
だが、ユミルの動きはどこか慎重で、力を出し切れていない。
嫌な音がした。
足元から、塔が鳴いている。
ユミルの巨体がぶつかるたびに石が落ち、壁に亀裂が走る。人間のいる塔が、耐えられるはずがない。
ユミルが一瞬、手を離した。
わざと。
巨人の群れが、そこへ噛みつこうとする。
クリスタが叫んだ。
「死ぬなユミル!!」
声が裏返る。
恐怖と怒りが混ざった声。
「こんな塔を守って死ぬくらいなら——」
クリスタが身を乗り出す。
「もう、こんなもん……ぶっ壊せ!!」
一瞬、世界が止まったみたいに静かになる。
ユミルの巨人が、顔だけを塔へ向けた。
その目に、何かが宿った。
次の瞬間。
ユミルは、本当に塔を壊した。
石壁が裂け、支えが折れる。
石が泣くような音を立てて、塔が傾いた。
「いいぞユミル!!」
クリスタが叫ぶ。
興奮と恐怖で、声が震えている。
塔が崩れる。
オリアナの足が滑った。
膝が石に当たり、痛みが遅れて来る。
周囲が叫び、石が落ち、身体が持っていかれる。
(落ちる──)
その瞬間、背後から強い力が来た。
ベルトルトが、オリアナの体を引き寄せた。
強く引かれて、息が詰まる。
ユミルの巨人が腕を伸ばした。
背中を差し出す。
「——イキタカツカアレ」
濁った声が、命令みたいに響く。
皆が必死にしがみついた。オリアナも反射でその背を掴み、指が千切れそうな力で握る。
塔が崩れ落ちる。
石の雨と地鳴りの中で、世界がひっくり返った。
地面に降り立った衝撃のあと、オリアナはしばらく息を吸えなかった。
咳き込み、土の匂いと血の味が喉の奥に広がる。
視界は揺れている。
だが、生きている。
周囲に、仲間の声がある。
呼吸もある。
(……生きてる)
助かった。
そう思った瞬間、膝が震えた。
力が抜ける。
しかし、安堵も束の間、地面が揺れる。
瓦礫の下から巨人が起き上がり、ユミルの巨人が飛びかかる。
巨人たちが次々に立ち上がる。
ユミルは掴まれ、叩きつけられ、囲まれた体を喰われていく。
咄嗟にクリスタが駆け出した。
ユミルの名前を呼びながら、縋るように手を伸ばす。
(待って、クリスタ……!!)
止めなければと思うのに、足が動かなかった。
その時、遠くから立体機動の音がした。
金属音とワイヤーの音。
刃が光る。
「調査兵団だ!!」
誰かが叫んだ。
黒い影が飛び、兵士たちが巨人を斬っていく。
巨人が次々に倒れる。
エレン、ミカサ、アルミン。
見慣れた顔が、武装してそこにいた。
(……助かった)
ようやく、現実の安心が胸に落ちる。
ユミルが、倒れ込む。
巨体が蒸気を上げて縮んでいく。
人間に戻った体は、右腕と右脚が失われ、血が流れていた。
クリスタが駆け寄り、膝をついた。
「ユミル……」
抱きかかえ、泣きそうな顔で何か話している。
クリスタの腕の中で、ユミルは穏やかに微笑んだ。
オリアナはその光景を、遠くから見ていた。
頭がぼんやりして、音が遠い。
その遠さの中で、いなくなった人の名前だけが、ひとつずつ戻ってくる。
ナナバは死んだ。
ヘニングも。
リーネも。
ゲルガーも。
それなのに、朝日は昇っている。
生きている者だけが残る。
そうやって、朝は何事もなかったみたいに進んでいく。
胸の奥が、妙に軽い。
何かが抜けたみたいに。
オリアナはふと横を見た。
ベルトルトが立っている。
顔は青く、息も浅い。
それでも、生きている。
安堵が先に来る。
その直後に、あの小さな声が蘇る。
“あの時の……”
違和感が、じわじわと形を持ち始める。
だが今は、追えない。
追えば崩れる。
だから、飲み込む。
オリアナはゆっくり息を吐いた。
吐いた息が震えている。
(……終わってない)
生き残っただけだ。
終わってはいない。
朝日は、何も知らないみたいに壁の上を照らしていた。
…To be continued