【長編】境界を越えて、 君に会いにいく。
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第21話
夜の城は、静まり返っていた。
崩れた石壁の隙間から風が抜け、冷えた空気が屋内まで流れ込んでくる。
それでも、中に入った瞬間、張り詰めていた空気がわずかに緩んだ。
「……助かった」
誰かが小さく呟いた。
巨人出現から十一時間。
水は尽きかけ、馬も限界で、もう一歩も進めないところまで来ていた。
休める場所がある。
それだけで、体から力が抜けた。
兵士たちはそれぞれ崩れるように腰を下ろした。
ようやく得た静寂だった。
オリアナは壁にもたれ、浅く息を整えていた。
顔色は悪く、指先がわずかに震えている。
クリスタがそっと隣に座る。
「……大丈夫?」
「平気」
短い返答だった。
だが、声に力はない。
ユミルが近くの樽に腰掛け、鼻を鳴らした。
「平気な顔してねぇだろ」
「うるさい」
「ほら見ろ」
ユミルは水袋を投げる。
オリアナは受け取り、小さく頷いた。
言葉は少ない。
だが、三人の距離は近い。
同期の空気だった。
ベルトルトは少し離れた場所から、それを見ていた。無意識に、視線がそこへ向いていた。
胸の奥が、静かに締めつけられる。
(……無事でよかった)
それだけを思う。
城の内部を調べると、奇妙な点がいくつも見つかった。
誰かが呟く。
「最近まで誰かが住んでた跡があるぞ……」
使われた寝床や積まれた物資、比較的新しい生活の痕跡が、崩れた城の中に残されている。
奥の部屋から、ゲルガーが瓶を持ってきた。
「オイオイ……、見ろよ。こんなもんまであったぞ……」
喉を鳴らしながら瓶を眺めている。
酒瓶だった。
「ん……、なんて書いてんだ?」
ゲルガーは見慣れない文字に首を傾けた。
ベルトルトは横目で酒瓶を見る。
見慣れない文字。
だが、完全に未知ではない。
その形だけが、どこか記憶を引っかいた。
胸の奥が冷える。
ベルトルトは思わずライナーを見る。
ライナーもまた、瓶を見ていた。
何も言わない。
だが、目だけが僅かに揺れていた。
*
休息の時間は短かった。
見張りが交代で配置され、冷たい夜風の吹く塔の上に、静寂が落ちる。
その静寂が、突然破られた。
「全員起きろ!!」
リーネの叫び。
「屋上に来てくれ!!全員すぐにだ!!」
胸が跳ねる。
外へ出た瞬間、ベルトルトは息を呑んだ。
無数の巨人が、塔を完全に包囲していた。
さらにその奥。
壁の方向へ、巨大な影がゆっくり歩いていく。
獣の姿をした巨人だった。
月明かりの下、その姿がはっきり見えた。
隣でライナーの呼吸が止まる。
「……」
言葉はない。
だが、目だけが強く光っていた。
ベルトルトの胸も、激しく脈打つ。
(まさか……)
故郷。
帰還。
希望と恐怖が、同時に湧き上がる。
「ふざけんじゃねぇぞ!!酒も飲めねぇじゃねぇか、俺は!!てめぇらのためによぉ!!」
ゲルガーが叫ぶ。
「新兵は下がっているんだよ」
ナナバの静かな声。
「ここからは立体機動装置の出番だ」
「行くぞ!!」
四人の先輩兵が夜へ飛び出した。
立体機動の音が走り、刃が月明かりを弾く。
巨人が次々と倒れていく。
一瞬、戦えると思った。
だが。
「扉が壊された!」
リーネの叫びが響いた。
「巨人が塔に入ってきてる!急いで中に入ってバリケードを作って防いで!」
心臓が強く跳ねる。
最悪の事態が脳裏を過ぎる。
リーネが続ける。
「生きてるうちに最善を尽くせ!いいね!?」
「了解!!」
弾かれるように、新兵たちは一斉に走り出した。
塔の中は狭い。
逃げ場はない。
「巨人がどこまで来てるか見てくる!」
ライナーが躊躇なく前へ出た。
階段を駆け下りる。
「待てよライナー!待つんだ!」
ベルトルトの声が思わず上ずる。
(違う——行くな)
まただ。
兵士として無茶をする時の動き。
自分の命を軽く扱う走り方。
胸が冷える。
止める声も聞かず、ライナーは階下に消えていった。
ベルトルトは必死に背を追いながら、辺りに視線を巡らせた。
(なにか、ないのか……!?)
板や棒、武器になりそうなものを探す。
息を詰めた沈黙。
次の瞬間、階下から衝撃音が響いた。
「ここだあぁ!!何でもいいから持ってこい!!」
ライナーの声が張り裂ける。
足元に転がったものを咄嗟に掴む。
農具だった。
柄を強く握りしめて走る。
階下の扉に飛び込んだ。
「——っ!!」
巨人の腕が扉を砕き、今まさにライナーを掴もうとしている。
ライナーの体が崩れかけた。
「ライナー!!」
ベルトルトは農具を振り上げ、巨人の両目へ突き刺した。無我夢中だった。
鈍い感触。
巨人がのけぞる。
「ライナー無事か!?」
ベルトルトは荒い呼吸のまま、押し込む力にさらに体重をかけた。
ライナーは歯を食いしばり、立ち上がる。
「……ベルトルト」
掠れた声。
ライナーの肩が小さく震えていた。
「生き延びて帰るぞ……」
強く言い切る。
「絶対に、俺たちの故郷にな」
その言葉に、胸の奥が強く揺れた。
(帰れる)
凍りついていた何かが、わずかにほどける。
「あ……あぁ……!」
声が震える。
「帰ろう……!」
そのとき。
「ライナー!!ベルトルト!!そこをどけ!!」
ユミルの声が飛んだ直後、古い大砲が階段を転がり落ちてきた。
巨人に直撃し、鈍い音を立てて巨体が崩れ落ちる。
動かない。
「……やったのか」
コニーが呟く。
だが、安堵は一瞬だった。
「——っ!!」
別の巨人が塔内へ入り込んでいた。
コニーの背後から、巨人の口が迫る。
「コニー!!」
ライナーが迷いなく飛び込んだ。
コニーを突き飛ばした次の瞬間、代わりに差し出された腕へ巨人の歯が食い込む。
骨が砕ける音がして、ライナーの顔が歪んだ。
「うおおおお!!」
それでもライナーは巨人を抱え込み、そのまま窓へ向かう。
自分ごと落ちるつもりの動きだった。
(違う)
戦士じゃない。
兵士の判断。
彼の中の境界が崩れている。
「ライナー!!」
喉が焼ける。
声が勝手にこぼれた。
コニーが必死に刃を振るい、巨人の顎を切り裂く。
拘束が緩んだその隙に、ユミルとベルトルトは巨体へ体当たりするように押し込んだ。
巨人は窓の外へ崩れ落ち、石壁が大きく揺れる。
一瞬、音が途切れた。
残ったのは、荒い呼吸だけだった。
その奥で、オリアナが壁際に立っている。
クリスタに肩を支えられながら、なんとか息を整えていた。
指先は震えている。
それでも、顔は前を向いていた。
その姿を見た瞬間、胸の奥がわずかに緩む。
(……無事だ)
その安堵を押し潰すように、頭上で轟音が響いた。
塔全体が大きく揺れ、天井から石片が降る。
「何だ……!?」
「上だ!!」
誰かが叫んだ。
全員が、弾かれるように階段を駆け上がった。
*
屋上には、夜風と月光が広がっていた。
砕けた石壁の痕が残り、遠くでは低い雄叫びが響いている。
壁上には、獣の巨人の影があった。
その衝撃がまだ残る屋上に、二人が横たわっていた。
ヘニングとリーネだった。
二人とも動かない。
血が、石を濡らしている。
「ダメだ……。二人とも……即死だ」
ゲルガーが険しい顔で呟いた。
*
武装兵は、ゲルガーとナナバだけになった。
塔の外には、さらに増えた巨人がいた。
ゆっくり、確実に包囲を狭めてくる足音は規則的で、まるで意志を持つ軍勢のようだった。
誰もが言葉を失う。
持久戦になる。
だが、ガスは尽きかけていた。
ゲルガーの動きが止まった。
頭を打ったせいか、足元がふらついている。
それを、ナナバが支えた。
刹那。
「……っ」
空中でワイヤーが止まった。
一瞬の空白。
そこへ、巨人が群がる。
叫び声と悲鳴が重なり、骨の砕ける音が夜に混じる。
やがて、声は途切れた。
誰も動けなかった。
残ったのは、巨人の足音と湿った咀嚼音、荒い呼吸だけだった。
音だけが現実を告げている。
それなのに、世界は異様なほど静かだった。
完全包囲。
逃げ場はない。
終わりが、ゆっくり近づいてくる。
その時。
袖を引かれた。
横に視線を落とす。
オリアナだった。
彼女の手が、ベルトルトの腕を掴んでいた。
強くはないのに、離れない。
震える指先は冷たく、かすかに入る力だけが、妙にはっきり伝わってくる。
言葉はない。
助けを求める顔でもない。
叫びもしない。
ただ。
“生きてる”と確かめるみたいに、ベルトルトの腕を掴んでいる。
「……ここで……終わりなの……?」
掠れた声。
小さく、震えていた。
問いというより、確かめるような響き。
ベルトルトの指が、反射で彼女の手首に触れかける。
そして、止まった。
触れたら、戻れなくなる。
(……どうして)
どうして僕なんだ。
どうして僕を掴む。
胸の奥が、ひどく痛んだ。
彼女を離したくない。
守りたい。
衝動が突き上げる。
だが同時に理解する。
守れるはずがない。
自分は、壁を壊した側の人間だ。
触れたい。
離してほしくない。
その衝動が、理性よりも先に身体を動かそうとする。
だが。
(資格がない)
壊したのは、僕だ。
喉が締めつけられる。
息が浅くなる。
手を振り払うことも、握り返すこともできない。
ただ、彼女の震えだけが伝わってくる。
(僕は──)
何者だ。
戦士か。
兵士か。
ただの、罪人か。
それでも。
腕を掴まれたその感触だけが、現実よりも重く胸に沈んだ。
巨人の足音が近づく。
救いはない。
逃げ場もない。
外にも。
そして、自分の内側にも。
それでも。
絶望の中心で、彼女の手だけが離れなかった。
夜は終わらない。
その暗闇の底で、何かがもう、変わり始めていた。
…To be continued
逃げ場のない夜
side - ベルトルト
夜の城は、静まり返っていた。
崩れた石壁の隙間から風が抜け、冷えた空気が屋内まで流れ込んでくる。
それでも、中に入った瞬間、張り詰めていた空気がわずかに緩んだ。
「……助かった」
誰かが小さく呟いた。
巨人出現から十一時間。
水は尽きかけ、馬も限界で、もう一歩も進めないところまで来ていた。
休める場所がある。
それだけで、体から力が抜けた。
兵士たちはそれぞれ崩れるように腰を下ろした。
ようやく得た静寂だった。
オリアナは壁にもたれ、浅く息を整えていた。
顔色は悪く、指先がわずかに震えている。
クリスタがそっと隣に座る。
「……大丈夫?」
「平気」
短い返答だった。
だが、声に力はない。
ユミルが近くの樽に腰掛け、鼻を鳴らした。
「平気な顔してねぇだろ」
「うるさい」
「ほら見ろ」
ユミルは水袋を投げる。
オリアナは受け取り、小さく頷いた。
言葉は少ない。
だが、三人の距離は近い。
同期の空気だった。
ベルトルトは少し離れた場所から、それを見ていた。無意識に、視線がそこへ向いていた。
胸の奥が、静かに締めつけられる。
(……無事でよかった)
それだけを思う。
城の内部を調べると、奇妙な点がいくつも見つかった。
誰かが呟く。
「最近まで誰かが住んでた跡があるぞ……」
使われた寝床や積まれた物資、比較的新しい生活の痕跡が、崩れた城の中に残されている。
奥の部屋から、ゲルガーが瓶を持ってきた。
「オイオイ……、見ろよ。こんなもんまであったぞ……」
喉を鳴らしながら瓶を眺めている。
酒瓶だった。
「ん……、なんて書いてんだ?」
ゲルガーは見慣れない文字に首を傾けた。
ベルトルトは横目で酒瓶を見る。
見慣れない文字。
だが、完全に未知ではない。
その形だけが、どこか記憶を引っかいた。
胸の奥が冷える。
ベルトルトは思わずライナーを見る。
ライナーもまた、瓶を見ていた。
何も言わない。
だが、目だけが僅かに揺れていた。
*
休息の時間は短かった。
見張りが交代で配置され、冷たい夜風の吹く塔の上に、静寂が落ちる。
その静寂が、突然破られた。
「全員起きろ!!」
リーネの叫び。
「屋上に来てくれ!!全員すぐにだ!!」
胸が跳ねる。
外へ出た瞬間、ベルトルトは息を呑んだ。
無数の巨人が、塔を完全に包囲していた。
さらにその奥。
壁の方向へ、巨大な影がゆっくり歩いていく。
獣の姿をした巨人だった。
月明かりの下、その姿がはっきり見えた。
隣でライナーの呼吸が止まる。
「……」
言葉はない。
だが、目だけが強く光っていた。
ベルトルトの胸も、激しく脈打つ。
(まさか……)
故郷。
帰還。
希望と恐怖が、同時に湧き上がる。
「ふざけんじゃねぇぞ!!酒も飲めねぇじゃねぇか、俺は!!てめぇらのためによぉ!!」
ゲルガーが叫ぶ。
「新兵は下がっているんだよ」
ナナバの静かな声。
「ここからは立体機動装置の出番だ」
「行くぞ!!」
四人の先輩兵が夜へ飛び出した。
立体機動の音が走り、刃が月明かりを弾く。
巨人が次々と倒れていく。
一瞬、戦えると思った。
だが。
「扉が壊された!」
リーネの叫びが響いた。
「巨人が塔に入ってきてる!急いで中に入ってバリケードを作って防いで!」
心臓が強く跳ねる。
最悪の事態が脳裏を過ぎる。
リーネが続ける。
「生きてるうちに最善を尽くせ!いいね!?」
「了解!!」
弾かれるように、新兵たちは一斉に走り出した。
塔の中は狭い。
逃げ場はない。
「巨人がどこまで来てるか見てくる!」
ライナーが躊躇なく前へ出た。
階段を駆け下りる。
「待てよライナー!待つんだ!」
ベルトルトの声が思わず上ずる。
(違う——行くな)
まただ。
兵士として無茶をする時の動き。
自分の命を軽く扱う走り方。
胸が冷える。
止める声も聞かず、ライナーは階下に消えていった。
ベルトルトは必死に背を追いながら、辺りに視線を巡らせた。
(なにか、ないのか……!?)
板や棒、武器になりそうなものを探す。
息を詰めた沈黙。
次の瞬間、階下から衝撃音が響いた。
「ここだあぁ!!何でもいいから持ってこい!!」
ライナーの声が張り裂ける。
足元に転がったものを咄嗟に掴む。
農具だった。
柄を強く握りしめて走る。
階下の扉に飛び込んだ。
「——っ!!」
巨人の腕が扉を砕き、今まさにライナーを掴もうとしている。
ライナーの体が崩れかけた。
「ライナー!!」
ベルトルトは農具を振り上げ、巨人の両目へ突き刺した。無我夢中だった。
鈍い感触。
巨人がのけぞる。
「ライナー無事か!?」
ベルトルトは荒い呼吸のまま、押し込む力にさらに体重をかけた。
ライナーは歯を食いしばり、立ち上がる。
「……ベルトルト」
掠れた声。
ライナーの肩が小さく震えていた。
「生き延びて帰るぞ……」
強く言い切る。
「絶対に、俺たちの故郷にな」
その言葉に、胸の奥が強く揺れた。
(帰れる)
凍りついていた何かが、わずかにほどける。
「あ……あぁ……!」
声が震える。
「帰ろう……!」
そのとき。
「ライナー!!ベルトルト!!そこをどけ!!」
ユミルの声が飛んだ直後、古い大砲が階段を転がり落ちてきた。
巨人に直撃し、鈍い音を立てて巨体が崩れ落ちる。
動かない。
「……やったのか」
コニーが呟く。
だが、安堵は一瞬だった。
「——っ!!」
別の巨人が塔内へ入り込んでいた。
コニーの背後から、巨人の口が迫る。
「コニー!!」
ライナーが迷いなく飛び込んだ。
コニーを突き飛ばした次の瞬間、代わりに差し出された腕へ巨人の歯が食い込む。
骨が砕ける音がして、ライナーの顔が歪んだ。
「うおおおお!!」
それでもライナーは巨人を抱え込み、そのまま窓へ向かう。
自分ごと落ちるつもりの動きだった。
(違う)
戦士じゃない。
兵士の判断。
彼の中の境界が崩れている。
「ライナー!!」
喉が焼ける。
声が勝手にこぼれた。
コニーが必死に刃を振るい、巨人の顎を切り裂く。
拘束が緩んだその隙に、ユミルとベルトルトは巨体へ体当たりするように押し込んだ。
巨人は窓の外へ崩れ落ち、石壁が大きく揺れる。
一瞬、音が途切れた。
残ったのは、荒い呼吸だけだった。
その奥で、オリアナが壁際に立っている。
クリスタに肩を支えられながら、なんとか息を整えていた。
指先は震えている。
それでも、顔は前を向いていた。
その姿を見た瞬間、胸の奥がわずかに緩む。
(……無事だ)
その安堵を押し潰すように、頭上で轟音が響いた。
塔全体が大きく揺れ、天井から石片が降る。
「何だ……!?」
「上だ!!」
誰かが叫んだ。
全員が、弾かれるように階段を駆け上がった。
*
屋上には、夜風と月光が広がっていた。
砕けた石壁の痕が残り、遠くでは低い雄叫びが響いている。
壁上には、獣の巨人の影があった。
その衝撃がまだ残る屋上に、二人が横たわっていた。
ヘニングとリーネだった。
二人とも動かない。
血が、石を濡らしている。
「ダメだ……。二人とも……即死だ」
ゲルガーが険しい顔で呟いた。
*
武装兵は、ゲルガーとナナバだけになった。
塔の外には、さらに増えた巨人がいた。
ゆっくり、確実に包囲を狭めてくる足音は規則的で、まるで意志を持つ軍勢のようだった。
誰もが言葉を失う。
持久戦になる。
だが、ガスは尽きかけていた。
ゲルガーの動きが止まった。
頭を打ったせいか、足元がふらついている。
それを、ナナバが支えた。
刹那。
「……っ」
空中でワイヤーが止まった。
一瞬の空白。
そこへ、巨人が群がる。
叫び声と悲鳴が重なり、骨の砕ける音が夜に混じる。
やがて、声は途切れた。
誰も動けなかった。
残ったのは、巨人の足音と湿った咀嚼音、荒い呼吸だけだった。
音だけが現実を告げている。
それなのに、世界は異様なほど静かだった。
完全包囲。
逃げ場はない。
終わりが、ゆっくり近づいてくる。
その時。
袖を引かれた。
横に視線を落とす。
オリアナだった。
彼女の手が、ベルトルトの腕を掴んでいた。
強くはないのに、離れない。
震える指先は冷たく、かすかに入る力だけが、妙にはっきり伝わってくる。
言葉はない。
助けを求める顔でもない。
叫びもしない。
ただ。
“生きてる”と確かめるみたいに、ベルトルトの腕を掴んでいる。
「……ここで……終わりなの……?」
掠れた声。
小さく、震えていた。
問いというより、確かめるような響き。
ベルトルトの指が、反射で彼女の手首に触れかける。
そして、止まった。
触れたら、戻れなくなる。
(……どうして)
どうして僕なんだ。
どうして僕を掴む。
胸の奥が、ひどく痛んだ。
彼女を離したくない。
守りたい。
衝動が突き上げる。
だが同時に理解する。
守れるはずがない。
自分は、壁を壊した側の人間だ。
触れたい。
離してほしくない。
その衝動が、理性よりも先に身体を動かそうとする。
だが。
(資格がない)
壊したのは、僕だ。
喉が締めつけられる。
息が浅くなる。
手を振り払うことも、握り返すこともできない。
ただ、彼女の震えだけが伝わってくる。
(僕は──)
何者だ。
戦士か。
兵士か。
ただの、罪人か。
それでも。
腕を掴まれたその感触だけが、現実よりも重く胸に沈んだ。
巨人の足音が近づく。
救いはない。
逃げ場もない。
外にも。
そして、自分の内側にも。
それでも。
絶望の中心で、彼女の手だけが離れなかった。
夜は終わらない。
その暗闇の底で、何かがもう、変わり始めていた。
…To be continued