【長編】境界を越えて、 君に会いにいく。
name
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
第20話
兵団の建物の一室。
集められていたのは——
調査兵団所属の104期だけだった。
戦闘服は禁止。
立体機動装置も支給されない。
訓練も命じられていない。
ただ私服で待機。理由の説明はない。
窓の外には、完全武装した上官たちが立っていた。
監視棟の上にはミケの姿も見える。
内部にいる新兵だけが丸腰で待機。
異様な配置だった。
食堂には落ち着かない空気が満ちている。
椅子を揺らす者。
意味もなく立ち上がる者。
窓の外を見続ける者。
何かが起きている。
だが誰も知らされていない。
オリアナは壁際に立ち、静かに周囲を観察していた。
不自然な配置。
説明の欠如。
武装の差。
視線を巡らせる途中、
ふと——ベルトルトの姿が目に入る。
少し離れた場所で、
ライナーと向かい合い、簡素な盤を挟んで座っていた。
駒を指そうとしたその瞬間、
何気なく上げた彼の視線がこちらへ向く。
一瞬、視線が合いかける。
だが。
彼はわずかに目を揺らし、
何事もなかったように盤へ視線を落とした。
……気のせいではない。
胸の奥に、言葉にできない違和感が残る。
理由は分からない。
だが——この空気そのものがどこかおかしい。
(……待機というより、隔離)
外には完全武装の上官。
内側には私服の新兵。
境界を引かれたような感覚。
胸の奥に、薄い不安が沈んだ。
そのとき。
「——あれ!?
足音みたいな地鳴りが聞こえます!!」
サシャの声が響いた。
一瞬、室内が静まり返る。
次の瞬間。
外の空気が裂ける音。
窓の外から影が飛び込み、
窓枠に足をかけて体を支えた。
ナナバだった。
荒い呼吸を整えながら、室内を素早く見渡す。
「——全員いるか?」
張り詰めた声。
だが、取り乱した様子はない。
「500メートル南方より巨人が多数接近。
こっちに向かって歩いてきてる」
空気が凍った。
室内のざわめきを断ち切るように、ナナバが続ける。
「君達に戦闘服を着せているヒマはない」
視線が一人一人を貫く。
「直ちに馬に乗り、付近の民家や集落を走り回って避難させなさい。いいね?」
反応を待たない。
「——さぁ!動いて!!」
その声が落ちた瞬間、
静止していた時間が一斉に動き出した。
*
状況説明は短かった。
巨人が接近している。
壁が突破された可能性が高い。
だが、どこが破られたのかは分かっていない。
104期は武装兵と組み、
周辺集落の避難誘導を担当する。
昼食は任務終了までなし。
オリアナは西班。
ナナバとヘニングが率い、
ユミルとクリスタも同行した。
全員、馬に乗る。
蹄の音が乾いた土を打ち、
隊は一斉に駆け出した。
*
最初の村に到着した時点で、
すでに空気は混乱していた。
扉を叩く。
住民を引き出す。
説明し、移動させる。
繰り返し。
だが時間がない。
泣き出す子供。
動けない老人。
荷物をまとめようとして動かない家族。
オリアナは村の中央へ踏み込み、
戸口に立ち尽くす住民の肩を軽く押して外へ導く。
状況を一瞥し、すぐ判断した。
「ユミル、動ける人から外へ出して。荷物は最低限だけ」
「……チッ、わかった」
オリアナは泣き崩れた子供を抱き上げ、
母親の腕へ戻しながら続ける。
「クリスタ、歩けない人を優先して」
「はい!」
人の流れが滞る場所へ自分で入り、
通路を空け、方向を示す。
逃げる方向。
馬の通れる幅。
避難の順番。
現場を動かしながら整えていく。
(……混乱は伝染する)
声の高さを一定に保つ。
「南から巨人が来ます。壁内へ急いでください」
静かな声の方が、人は動く。
それを知っていた。
住民の流れが整い始める。
避難列が壁の方向へ動き出す。
——そのとき。
遠くの林が揺れた。
ナナバが振り返る。
「……来る」
巨人が一体。
村へ向かっていた。
「避難を急がせろ」
短い命令。
オリアナは巨人の影と逃げる住民の流れを見比べる。
理屈より先に、体が緊張した。
(まだ押し切れる)
「ユミル、東側の家を回収して」
「了解」
「クリスタ、最後尾を見て」
「はい!」
自分は通路の中央に立ち、
逃げ遅れた者を前へ押し出す。
背後で金属音。
振り向かない。
ナナバとヘニングが前へ出ていた。
立体機動。
一閃。
巨体が倒れる。
戦闘は一瞬で終わった。
オリアナは最後の住民を送り出し、
浅く息を吐く。
(……止まるな)
まだ任務は続く。
*
——その頃。
南班もまた、村々を回っていた。
巨人との遭遇は想定より少ない。
だが、それが逆に不気味だった。
コニーの故郷。
壊れた家屋。
だが——死体はない。
逃げた痕跡も、争った形跡もない。
ただ一つ。
動けない巨人が、
壊れた家の中で横たわっていた。
まるで——そこに「置かれた」ように。
ベルトルトは無言でそれを見ていた。
喉の奥が乾く。
(……この状況は)
隣でライナーが小さく息を呑む。
互いに何も言わない。
言葉にした瞬間、何かが確定してしまいそうだった。
空はまだ明るい。
だが胸の奥だけが、静かに沈んでいく。
*
巨人出現から七時間。
西班は壁の近くまで到達していた。
夕暮れ。
空が赤く沈む。
ナナバが進路を示す。
「ここから壁沿いを進む。破壊地点を探す」
隊は壁に沿って馬を走らせた。
同じ景色が続く。
同じ速度。
同じ沈黙。
疲労が静かに体を侵食していく。
水も尽きかけていた。
*
気づけば、あたりはすっかり暗くなっていた。
月のない暗闇の中、
壁沿いを進み続ける。
視界が狭い。
馬の呼吸が荒い。
そのとき。
前方に別の隊列が見えた。
南から進んできた南班だった。
互いに馬を止める。
蹄の音だけが、遅れて土の上に消えた。
先に口を開いたのはゲルガーだった。
「……お前らも壁に沿って来たのか?」
ナナバが短く頷く。
「ああ……」
そして。
「それで……穴はどこに?」
ゲルガーが目を見開く。
「……は?」
一瞬、意味を測りかねたように眉を寄せる。
「?……こっちはかなり西から壁沿いを迂回してきたんだけど、異常は何もなかった」
ナナバの声は静かだった。
「こっちじゃないとすれば、そっちが見つけたはずでは?」
ゲルガーはゆっくり首を振る。
「いいや……。こちらも穴など見ていない」
空気が重く沈んだ。
壁は、ただそこにある。
傷ひとつない。
それでも——巨人だけが現れた。
説明のつかない状況。
疲労の奥で、不安だけが膨らむ。
再び探索する余力はない。
馬も、人も限界だった。
——雲が切れた。
月明かりが地平を照らす。
遠くに黒い影。
「あれは……」
誰かが呟く。
「城……跡……か?」
崩れた塔が、月光に浮かび上がっていた。
ナナバが短く決断する。
「……あそこで休息する」
異論は出なかった。
隊は静かに馬を進めた。
誰も言葉を発さない。
発する余力がなかった。
手綱を握る指が痺れる。
太腿が震える。
馬の呼吸も荒い。
まぶたが重い。
だが止まれば崩れる気がした。
オリアナは馬上で姿勢を保ちながら、
無意識に周囲を数えていた。
仲間の数。
馬の数。
動いているかどうか。
(……全員いる)
それだけを確認し続ける。
疲労は思考を削る。
だが任務だけは離さない。
——そして、城が見えた。
誰もまだ知らない。
そこが——
帰れない夜の始まりになることを。
古城の夜が、静かに口を開いた。
…To be continued
無防備な戦場
ウォール・ローゼ南区。兵団の建物の一室。
集められていたのは——
調査兵団所属の104期だけだった。
戦闘服は禁止。
立体機動装置も支給されない。
訓練も命じられていない。
ただ私服で待機。理由の説明はない。
窓の外には、完全武装した上官たちが立っていた。
監視棟の上にはミケの姿も見える。
内部にいる新兵だけが丸腰で待機。
異様な配置だった。
食堂には落ち着かない空気が満ちている。
椅子を揺らす者。
意味もなく立ち上がる者。
窓の外を見続ける者。
何かが起きている。
だが誰も知らされていない。
オリアナは壁際に立ち、静かに周囲を観察していた。
不自然な配置。
説明の欠如。
武装の差。
視線を巡らせる途中、
ふと——ベルトルトの姿が目に入る。
少し離れた場所で、
ライナーと向かい合い、簡素な盤を挟んで座っていた。
駒を指そうとしたその瞬間、
何気なく上げた彼の視線がこちらへ向く。
一瞬、視線が合いかける。
だが。
彼はわずかに目を揺らし、
何事もなかったように盤へ視線を落とした。
……気のせいではない。
胸の奥に、言葉にできない違和感が残る。
理由は分からない。
だが——この空気そのものがどこかおかしい。
(……待機というより、隔離)
外には完全武装の上官。
内側には私服の新兵。
境界を引かれたような感覚。
胸の奥に、薄い不安が沈んだ。
そのとき。
「——あれ!?
足音みたいな地鳴りが聞こえます!!」
サシャの声が響いた。
一瞬、室内が静まり返る。
次の瞬間。
外の空気が裂ける音。
窓の外から影が飛び込み、
窓枠に足をかけて体を支えた。
ナナバだった。
荒い呼吸を整えながら、室内を素早く見渡す。
「——全員いるか?」
張り詰めた声。
だが、取り乱した様子はない。
「500メートル南方より巨人が多数接近。
こっちに向かって歩いてきてる」
空気が凍った。
室内のざわめきを断ち切るように、ナナバが続ける。
「君達に戦闘服を着せているヒマはない」
視線が一人一人を貫く。
「直ちに馬に乗り、付近の民家や集落を走り回って避難させなさい。いいね?」
反応を待たない。
「——さぁ!動いて!!」
その声が落ちた瞬間、
静止していた時間が一斉に動き出した。
*
状況説明は短かった。
巨人が接近している。
壁が突破された可能性が高い。
だが、どこが破られたのかは分かっていない。
104期は武装兵と組み、
周辺集落の避難誘導を担当する。
昼食は任務終了までなし。
オリアナは西班。
ナナバとヘニングが率い、
ユミルとクリスタも同行した。
全員、馬に乗る。
蹄の音が乾いた土を打ち、
隊は一斉に駆け出した。
*
最初の村に到着した時点で、
すでに空気は混乱していた。
扉を叩く。
住民を引き出す。
説明し、移動させる。
繰り返し。
だが時間がない。
泣き出す子供。
動けない老人。
荷物をまとめようとして動かない家族。
オリアナは村の中央へ踏み込み、
戸口に立ち尽くす住民の肩を軽く押して外へ導く。
状況を一瞥し、すぐ判断した。
「ユミル、動ける人から外へ出して。荷物は最低限だけ」
「……チッ、わかった」
オリアナは泣き崩れた子供を抱き上げ、
母親の腕へ戻しながら続ける。
「クリスタ、歩けない人を優先して」
「はい!」
人の流れが滞る場所へ自分で入り、
通路を空け、方向を示す。
逃げる方向。
馬の通れる幅。
避難の順番。
現場を動かしながら整えていく。
(……混乱は伝染する)
声の高さを一定に保つ。
「南から巨人が来ます。壁内へ急いでください」
静かな声の方が、人は動く。
それを知っていた。
住民の流れが整い始める。
避難列が壁の方向へ動き出す。
——そのとき。
遠くの林が揺れた。
ナナバが振り返る。
「……来る」
巨人が一体。
村へ向かっていた。
「避難を急がせろ」
短い命令。
オリアナは巨人の影と逃げる住民の流れを見比べる。
理屈より先に、体が緊張した。
(まだ押し切れる)
「ユミル、東側の家を回収して」
「了解」
「クリスタ、最後尾を見て」
「はい!」
自分は通路の中央に立ち、
逃げ遅れた者を前へ押し出す。
背後で金属音。
振り向かない。
ナナバとヘニングが前へ出ていた。
立体機動。
一閃。
巨体が倒れる。
戦闘は一瞬で終わった。
オリアナは最後の住民を送り出し、
浅く息を吐く。
(……止まるな)
まだ任務は続く。
*
——その頃。
南班もまた、村々を回っていた。
巨人との遭遇は想定より少ない。
だが、それが逆に不気味だった。
コニーの故郷。
壊れた家屋。
だが——死体はない。
逃げた痕跡も、争った形跡もない。
ただ一つ。
動けない巨人が、
壊れた家の中で横たわっていた。
まるで——そこに「置かれた」ように。
ベルトルトは無言でそれを見ていた。
喉の奥が乾く。
(……この状況は)
隣でライナーが小さく息を呑む。
互いに何も言わない。
言葉にした瞬間、何かが確定してしまいそうだった。
空はまだ明るい。
だが胸の奥だけが、静かに沈んでいく。
*
巨人出現から七時間。
西班は壁の近くまで到達していた。
夕暮れ。
空が赤く沈む。
ナナバが進路を示す。
「ここから壁沿いを進む。破壊地点を探す」
隊は壁に沿って馬を走らせた。
同じ景色が続く。
同じ速度。
同じ沈黙。
疲労が静かに体を侵食していく。
水も尽きかけていた。
*
気づけば、あたりはすっかり暗くなっていた。
月のない暗闇の中、
壁沿いを進み続ける。
視界が狭い。
馬の呼吸が荒い。
そのとき。
前方に別の隊列が見えた。
南から進んできた南班だった。
互いに馬を止める。
蹄の音だけが、遅れて土の上に消えた。
先に口を開いたのはゲルガーだった。
「……お前らも壁に沿って来たのか?」
ナナバが短く頷く。
「ああ……」
そして。
「それで……穴はどこに?」
ゲルガーが目を見開く。
「……は?」
一瞬、意味を測りかねたように眉を寄せる。
「?……こっちはかなり西から壁沿いを迂回してきたんだけど、異常は何もなかった」
ナナバの声は静かだった。
「こっちじゃないとすれば、そっちが見つけたはずでは?」
ゲルガーはゆっくり首を振る。
「いいや……。こちらも穴など見ていない」
空気が重く沈んだ。
壁は、ただそこにある。
傷ひとつない。
それでも——巨人だけが現れた。
説明のつかない状況。
疲労の奥で、不安だけが膨らむ。
再び探索する余力はない。
馬も、人も限界だった。
——雲が切れた。
月明かりが地平を照らす。
遠くに黒い影。
「あれは……」
誰かが呟く。
「城……跡……か?」
崩れた塔が、月光に浮かび上がっていた。
ナナバが短く決断する。
「……あそこで休息する」
異論は出なかった。
隊は静かに馬を進めた。
誰も言葉を発さない。
発する余力がなかった。
手綱を握る指が痺れる。
太腿が震える。
馬の呼吸も荒い。
まぶたが重い。
だが止まれば崩れる気がした。
オリアナは馬上で姿勢を保ちながら、
無意識に周囲を数えていた。
仲間の数。
馬の数。
動いているかどうか。
(……全員いる)
それだけを確認し続ける。
疲労は思考を削る。
だが任務だけは離さない。
——そして、城が見えた。
誰もまだ知らない。
そこが——
帰れない夜の始まりになることを。
古城の夜が、静かに口を開いた。
…To be continued