【長編】境界を越えて、 君に会いにいく。
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第18話
気を張り詰めて動き続けていたせいで、時間の感覚だけがひどく曖昧になっていた。
オリアナは巨大樹の太い枝の上で、静かに息を整える。
抜き身の刃を握ったまま足場を踏み直すと、荒い呼吸の残りが胸の奥で小さく揺れた。
頭上には葉の天蓋が重なり、幾重にも伸びた枝のあいだに兵士たちの気配が散っている。
すぐ近くで、誰かが体勢を微調整する衣擦れの音がした。別の枝では、ワイヤーを巻き取る乾いた機械音が響く。
誰も声は上げない。
それでも、全員が同じ一点を警戒しているのが分かった。
(……ここで待機)
喉の奥で、小さく息を整える。
眼下では、濃い緑の隙間を縫うように巨人たちが蠢いていた。枝葉に遮られ、全体の数は掴めない。
だが、いる。
それだけは、はっきり分かる。
「森に入る巨人を食い止めろ!持ち場を離れるな!」
少し離れた枝から、先輩兵の低い指示が飛ぶ。
オリアナは短く頷き、刃を握り直した。
そのとき。
森の奥から、鈍い爆発音が鳴り響いた。
空気そのものが揺れる。
遅れて、重い衝撃が幹を伝い、枝葉を細かく震わせた。
「……っ」
何発も。
間を置かず、連続して。
大砲のような音が、深緑の天蓋の奥で反響している。
近くの枝に立つ新兵が、思わず呟いた。
「……なんの音だ……?」
誰も、すぐには答えない。
だが、その場の空気がわずかに変わった。
ざわめきは起きない。
それでも、兵士たちの呼吸がほんの少しだけ浅くなる。
(何かが、始まった……?)
確証はない。
命令もまだ届かない。
それでも、この森のどこかで何かが動いたことだけは、全員が理解していた。
オリアナは刃を握る手に、静かに力を込める。
視線だけを、わずかに巡らせた。
視界の端に、見覚えのある人影が入る。
数本向こうの枝。
ベルトルトが、静かに立っていた。
姿勢は変わらない。
けれど、視線が落ち着かない。
そのすぐ近くで、ユミルが周囲を見回している。
「なあ?ベルトルさん」
小声が、風に乗ってかすかに届く。
「クリスタがどの辺に行ったか知らない?」
「ごめん……、知らない」
短い返答。
それだけのやり取りのはずなのに、ベルトルトの声はわずかに硬く聞こえた。
(……?)
その小さな引っかかりを掴む前に、森の奥から空気を引き裂くような咆哮が轟いた。
空気が震える。
次の瞬間、森の外縁にいた巨人たちの動きが一斉に変わった。
それまで鈍く漂っていた足取りが、明確な意思を持ったように前へ傾く。枝葉の隙間から見える巨体が、次々と森の中へ雪崩れ込んできた。
「……っ!」
「森に侵入させるな!!」
誰かの怒号が飛ぶ。
任務は一つ。
森に入れるな。
「総員戦闘!!」
号令が走った瞬間、オリアナは反射的に飛び出した。
ワイヤーを射出する。
体が宙へ引き出され、迫る巨人の項が視界に入った。
(捉えた)
刃を振り抜く。
肉が裂け、巨体が崩れ落ちる。
だが、次が来る。
その次も。
さらに奥から、巨人の波が押し寄せていた。
「数が多い!」
「止めろ、森に入れるな!!」
枝のあちこちで、立体機動の金属音が連続する。
オリアナは次の目標へ移った。
呼吸は荒い。
それでも、まだ動ける。
焦るな。
視野を狭めるな。
だが、巨人の波は止まらない。
森の奥で、何かの咆哮がもう一度響いた。
そのすぐ後、空に青の煙弾が上がる。
「……撤退?」
誰かが呟いた。
一瞬の空白。
「総員撤退!!」
「馬に乗って帰還せよ!!」
命令が、森に響き渡った。
(……終わった?)
胸の奥に張り詰めていたものが、わずかに緩む。
けれど、完全には抜けない。
耳の奥では、まだ巨人の足音が鈍く響いている。
枝葉を揺らす振動も、遠ざかりきってはいなかった。
(……いや、まだ)
息をひとつ、浅く吸って、静かに吐く。
指先の震えを、意識して止めた。
ワイヤーを射出し、後退軌道へ入る。
枝から枝へ。
森の外へ。
*
森を抜けたとき、空気の匂いが変わった。
馬のいななきや怒号、担架の軋む音があちこちで重なっている。
視界の端に、荷馬車が入った。そこには、白布に覆われた兵士たちが積まれていた。
想像していたより、はるかに多い。
(こんなに……)
遅れて理解が追いつき、胸が鈍く沈んだ。
馬に飛び乗りながら、ふと視界の端にベルトルトの背中が入った。
いつもと変わらない背中だった。
森の中で聞いたあの声の硬さが、少しだけ耳に残る。
けれど、すぐに馬のいななきと怒号に紛れた。
オリアナは手綱を握る。
深緑の森は何も語らないまま、背後へ遠ざかっていった。
…To be continued
深緑の檻
森に入ってから、どれほど経ったのか分からない。気を張り詰めて動き続けていたせいで、時間の感覚だけがひどく曖昧になっていた。
オリアナは巨大樹の太い枝の上で、静かに息を整える。
抜き身の刃を握ったまま足場を踏み直すと、荒い呼吸の残りが胸の奥で小さく揺れた。
頭上には葉の天蓋が重なり、幾重にも伸びた枝のあいだに兵士たちの気配が散っている。
すぐ近くで、誰かが体勢を微調整する衣擦れの音がした。別の枝では、ワイヤーを巻き取る乾いた機械音が響く。
誰も声は上げない。
それでも、全員が同じ一点を警戒しているのが分かった。
(……ここで待機)
喉の奥で、小さく息を整える。
眼下では、濃い緑の隙間を縫うように巨人たちが蠢いていた。枝葉に遮られ、全体の数は掴めない。
だが、いる。
それだけは、はっきり分かる。
「森に入る巨人を食い止めろ!持ち場を離れるな!」
少し離れた枝から、先輩兵の低い指示が飛ぶ。
オリアナは短く頷き、刃を握り直した。
そのとき。
森の奥から、鈍い爆発音が鳴り響いた。
空気そのものが揺れる。
遅れて、重い衝撃が幹を伝い、枝葉を細かく震わせた。
「……っ」
何発も。
間を置かず、連続して。
大砲のような音が、深緑の天蓋の奥で反響している。
近くの枝に立つ新兵が、思わず呟いた。
「……なんの音だ……?」
誰も、すぐには答えない。
だが、その場の空気がわずかに変わった。
ざわめきは起きない。
それでも、兵士たちの呼吸がほんの少しだけ浅くなる。
(何かが、始まった……?)
確証はない。
命令もまだ届かない。
それでも、この森のどこかで何かが動いたことだけは、全員が理解していた。
オリアナは刃を握る手に、静かに力を込める。
視線だけを、わずかに巡らせた。
視界の端に、見覚えのある人影が入る。
数本向こうの枝。
ベルトルトが、静かに立っていた。
姿勢は変わらない。
けれど、視線が落ち着かない。
そのすぐ近くで、ユミルが周囲を見回している。
「なあ?ベルトルさん」
小声が、風に乗ってかすかに届く。
「クリスタがどの辺に行ったか知らない?」
「ごめん……、知らない」
短い返答。
それだけのやり取りのはずなのに、ベルトルトの声はわずかに硬く聞こえた。
(……?)
その小さな引っかかりを掴む前に、森の奥から空気を引き裂くような咆哮が轟いた。
空気が震える。
次の瞬間、森の外縁にいた巨人たちの動きが一斉に変わった。
それまで鈍く漂っていた足取りが、明確な意思を持ったように前へ傾く。枝葉の隙間から見える巨体が、次々と森の中へ雪崩れ込んできた。
「……っ!」
「森に侵入させるな!!」
誰かの怒号が飛ぶ。
任務は一つ。
森に入れるな。
「総員戦闘!!」
号令が走った瞬間、オリアナは反射的に飛び出した。
ワイヤーを射出する。
体が宙へ引き出され、迫る巨人の項が視界に入った。
(捉えた)
刃を振り抜く。
肉が裂け、巨体が崩れ落ちる。
だが、次が来る。
その次も。
さらに奥から、巨人の波が押し寄せていた。
「数が多い!」
「止めろ、森に入れるな!!」
枝のあちこちで、立体機動の金属音が連続する。
オリアナは次の目標へ移った。
呼吸は荒い。
それでも、まだ動ける。
焦るな。
視野を狭めるな。
だが、巨人の波は止まらない。
森の奥で、何かの咆哮がもう一度響いた。
そのすぐ後、空に青の煙弾が上がる。
「……撤退?」
誰かが呟いた。
一瞬の空白。
「総員撤退!!」
「馬に乗って帰還せよ!!」
命令が、森に響き渡った。
(……終わった?)
胸の奥に張り詰めていたものが、わずかに緩む。
けれど、完全には抜けない。
耳の奥では、まだ巨人の足音が鈍く響いている。
枝葉を揺らす振動も、遠ざかりきってはいなかった。
(……いや、まだ)
息をひとつ、浅く吸って、静かに吐く。
指先の震えを、意識して止めた。
ワイヤーを射出し、後退軌道へ入る。
枝から枝へ。
森の外へ。
*
森を抜けたとき、空気の匂いが変わった。
馬のいななきや怒号、担架の軋む音があちこちで重なっている。
視界の端に、荷馬車が入った。そこには、白布に覆われた兵士たちが積まれていた。
想像していたより、はるかに多い。
(こんなに……)
遅れて理解が追いつき、胸が鈍く沈んだ。
馬に飛び乗りながら、ふと視界の端にベルトルトの背中が入った。
いつもと変わらない背中だった。
森の中で聞いたあの声の硬さが、少しだけ耳に残る。
けれど、すぐに馬のいななきと怒号に紛れた。
オリアナは手綱を握る。
深緑の森は何も語らないまま、背後へ遠ざかっていった。
…To be continued