【長編】境界を越えて、 君に会いにいく。
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第17話
隊列は崩れていない。蹄のリズムも、煙弾の連鎖も、表面上は整ったままだった。
それでも、右翼の空に新たな黒煙が上がる。
今度は、間が短い。
上がる位置も、わずかに乱れていた。
(……また)
オリアナの視線が、無意識に空を追う。
一本。
続けて、もう一本。
先ほど見たものより、明らかに間隔が詰まっている。
風が強くなっていた。草原のざわめきが、どこか落ち着かない音を立てている。
「陣形維持!」
ナナバの声が、いつもより僅かに鋭い。
隊列は応じる。
速度も、間隔も、訓練通りに保たれている。
まだ、乱れはない。
けれど黒煙は、止まらなかった。
さらに一本。
また一本。
(……多くない?)
今度の疑問は、はっきりと言葉の形を取った。
周囲の空気も、ほんのわずかに張り詰め始めている。
誰も叫ばない。
誰も減速しない。
それでも、胸の内に残った棘だけが、ゆっくりと深く沈んでいった。
そのとき、左翼索敵班からも黒煙が上がった。
地面を叩く重い振動が、蹄の音に混じる。
「奇行種だ!!」
先輩兵の怒号が裂けた。
次の瞬間、草原を突き破るように巨人が躍り出る。
索敵班には目もくれず、陣形中央へ向かって突っ込んでいく。通常種よりも速く、進路が読めない。
「黒煙上げろ!ここで止めるぞ!」
即座に黒煙が打ち上がった。
隊列が、わずかに波打つ。
馬がいななき、数騎が距離を取り直した。
平地での立体機動は分が悪い。
落馬すれば即死圏。
空気が、一瞬で戦闘色に染まった。
オリアナは歯を食いしばり、手綱を引く。
(落ち着いて…!)
先行した先輩兵が、迷いなく飛んだ。
鋼のワイヤーが閃き、低空から巨人の背後へ回り込む。巨人の腕が、わずかに兵士の背をかすめた。
次の瞬間、うなじに刃が深く沈む。
肉の裂ける鈍い音。
巨体が前のめりに崩れ落ち、土煙が上がった。
——速い。
訓練で見てきた動きとは、重みが違う。
「進路維持!止まるな!」
ナナバの指示が飛ぶ。
隊列は再び滑らかに整列していく。
わずかな乱れは、数十秒で吸収された。
けれど、張り詰めたものだけは元に戻らなかった。
*
進軍は再開された。
風は、さらに強くなっていた。
煙弾の色が、視界の端で流れていく。
赤。
緑。
そして、右翼の空にまた黒煙が上がった。
一本ではない。
二本。
三本。
間隔が、明らかに詰まっている。
(……さっきより、多い)
ざわり、と。
今度は周囲の空気も、わずかに波打った。
そのとき、後方から怒鳴り声が裂けた。
「右翼壊滅!!右翼索敵班、壊滅!!」
一瞬、蹄の音さえ遠のいた気がした。
空気が凍る。
馬上の兵が振り向く。
伝令兵が、全速力で隊列を駆け抜けていった。
「奇行種接近!陣形中央へ侵入中!!」
声が隣列へ、さらにその隣へ連鎖して走る。
オリアナの喉が、ひくりと鳴った。
(……壊滅?)
視界の端で、前方のベルトルトの背中が一瞬、強張ったように見えた。
だが、撤退命令は出ない。
代わりに、前方高空へ緑の煙弾が撃ち上がった。
進路指示。
東。
さらにもう一本。
東。
(……え?)
胸の奥が、冷たく沈む。
本来の目的地は、南寄りの旧市街地のはずだった。それなのに、進路はじわじわと東へ固定されていく。
誰も説明しない。
誰も減速しない。
それでも、隊列全体に言葉にならない圧が満ち始めていた。
(……おかしい)
蹄の音だけが、やけに大きく聞こえる。
風が強い。
空が、妙に高い。
そして、前方の地平線に黒い影が立ち上がり始めていた。
巨大樹の森。
「——前方、樹林帯!!」
誰かの声が飛ぶ。
ナナバの号令が重なる。
「樹上待機準備!!速度維持!!」
空気が、一段深く冷える。
そのとき、オリアナはようやく理解しかけていた。
この遠征は、何かが決定的に違っている。
蹄の音が、森へとなだれ込んでいく。
巨大樹の影が、頭上を覆った。
風の音が変わる。
光が遠のく。
オリアナは手綱を握り直した。
何かが、ここで待っている。
そう思った瞬間、深緑の森が一行を呑み込んだ。
…To be continued
黒煙の連鎖
棘のような違和感は、まだ胸の内に残っていた。隊列は崩れていない。蹄のリズムも、煙弾の連鎖も、表面上は整ったままだった。
それでも、右翼の空に新たな黒煙が上がる。
今度は、間が短い。
上がる位置も、わずかに乱れていた。
(……また)
オリアナの視線が、無意識に空を追う。
一本。
続けて、もう一本。
先ほど見たものより、明らかに間隔が詰まっている。
風が強くなっていた。草原のざわめきが、どこか落ち着かない音を立てている。
「陣形維持!」
ナナバの声が、いつもより僅かに鋭い。
隊列は応じる。
速度も、間隔も、訓練通りに保たれている。
まだ、乱れはない。
けれど黒煙は、止まらなかった。
さらに一本。
また一本。
(……多くない?)
今度の疑問は、はっきりと言葉の形を取った。
周囲の空気も、ほんのわずかに張り詰め始めている。
誰も叫ばない。
誰も減速しない。
それでも、胸の内に残った棘だけが、ゆっくりと深く沈んでいった。
そのとき、左翼索敵班からも黒煙が上がった。
地面を叩く重い振動が、蹄の音に混じる。
「奇行種だ!!」
先輩兵の怒号が裂けた。
次の瞬間、草原を突き破るように巨人が躍り出る。
索敵班には目もくれず、陣形中央へ向かって突っ込んでいく。通常種よりも速く、進路が読めない。
「黒煙上げろ!ここで止めるぞ!」
即座に黒煙が打ち上がった。
隊列が、わずかに波打つ。
馬がいななき、数騎が距離を取り直した。
平地での立体機動は分が悪い。
落馬すれば即死圏。
空気が、一瞬で戦闘色に染まった。
オリアナは歯を食いしばり、手綱を引く。
(落ち着いて…!)
先行した先輩兵が、迷いなく飛んだ。
鋼のワイヤーが閃き、低空から巨人の背後へ回り込む。巨人の腕が、わずかに兵士の背をかすめた。
次の瞬間、うなじに刃が深く沈む。
肉の裂ける鈍い音。
巨体が前のめりに崩れ落ち、土煙が上がった。
——速い。
訓練で見てきた動きとは、重みが違う。
「進路維持!止まるな!」
ナナバの指示が飛ぶ。
隊列は再び滑らかに整列していく。
わずかな乱れは、数十秒で吸収された。
けれど、張り詰めたものだけは元に戻らなかった。
*
進軍は再開された。
風は、さらに強くなっていた。
煙弾の色が、視界の端で流れていく。
赤。
緑。
そして、右翼の空にまた黒煙が上がった。
一本ではない。
二本。
三本。
間隔が、明らかに詰まっている。
(……さっきより、多い)
ざわり、と。
今度は周囲の空気も、わずかに波打った。
そのとき、後方から怒鳴り声が裂けた。
「右翼壊滅!!右翼索敵班、壊滅!!」
一瞬、蹄の音さえ遠のいた気がした。
空気が凍る。
馬上の兵が振り向く。
伝令兵が、全速力で隊列を駆け抜けていった。
「奇行種接近!陣形中央へ侵入中!!」
声が隣列へ、さらにその隣へ連鎖して走る。
オリアナの喉が、ひくりと鳴った。
(……壊滅?)
視界の端で、前方のベルトルトの背中が一瞬、強張ったように見えた。
だが、撤退命令は出ない。
代わりに、前方高空へ緑の煙弾が撃ち上がった。
進路指示。
東。
さらにもう一本。
東。
(……え?)
胸の奥が、冷たく沈む。
本来の目的地は、南寄りの旧市街地のはずだった。それなのに、進路はじわじわと東へ固定されていく。
誰も説明しない。
誰も減速しない。
それでも、隊列全体に言葉にならない圧が満ち始めていた。
(……おかしい)
蹄の音だけが、やけに大きく聞こえる。
風が強い。
空が、妙に高い。
そして、前方の地平線に黒い影が立ち上がり始めていた。
巨大樹の森。
「——前方、樹林帯!!」
誰かの声が飛ぶ。
ナナバの号令が重なる。
「樹上待機準備!!速度維持!!」
空気が、一段深く冷える。
そのとき、オリアナはようやく理解しかけていた。
この遠征は、何かが決定的に違っている。
蹄の音が、森へとなだれ込んでいく。
巨大樹の影が、頭上を覆った。
風の音が変わる。
光が遠のく。
オリアナは手綱を握り直した。
何かが、ここで待っている。
そう思った瞬間、深緑の森が一行を呑み込んだ。
…To be continued