【長編】境界を越えて、 君に会いにいく。
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第10話
いつもより少しだけ静かだった。
装備を片付けながら、ジャンが声を張り上げる。
「お前ら、もう配属兵科は決めたのか?」
その一言で、空気がわずかに変わる。
コニーが「俺はモテるとこがいい」と笑い、
サシャが「お肉が安定して食べられる兵団はどこですかね」と真顔で聞き返す。
いつも通りのやり取り。
でも、その奥には、
これまでとは違う響きがあった。
卒業。
その言葉が、
はっきりと輪郭を持ち始めている。
調査兵団に行きたいと言う者。
憲兵団を目指すと胸を張る者。
それぞれが、それぞれの未来を語る。
オリアナは黙って、みんなの横顔を見ていた。
——みんな、それぞれの道に進むんだ。
ふと、そんな当たり前のことを思う。
自分の順位は、だいたい分かっている。
手が届く場所と、届かない場所も。
遠くを目指す人たちの声を聞きながら、
胸の奥で、静かに思う。
自分は、遠くへ行く人ではない。
誰かを救うためでも、
英雄になるためでもない。
ただ、生きるためにここへ来た。
家族の顔が浮かぶ。
狭い家の食卓。
空腹をごまかす弟の笑顔。
自分は、現実の中で役に立てる場所にいる。
それでいい。
そう思っているのに。
なぜか、胸の奥がざわついた。
*
寮へ戻る途中、隣に並ぶ足音がひとつ増えた。
「今日は調子、良かったね」
振り向かなくても分かる声。
「そうかな。あなたのほうが安定してた」
他愛ない会話。
いつもと変わらないやり取り。
夕暮れの光が長く影を落とし、
砂を踏む音だけが、静かに響く。
少し沈黙が続く。
彼が、ぽつりと聞いた。
「……どこに行くか、もう決めてる?」
心臓が、ひとつ強く打つ。
「まだ、なんとなく」
嘘ではない。
でも、本当の全部でもない。
(私は、生き延びられる場所を選ぶ)
それが最初からの目的だった。
遠い理想より、確かな現実。
そのはずなのに。
「ベルトルトは?」
そう聞き返した瞬間、
胸の奥がひどく落ち着かなくなる。
もし彼が、もっと遠くを選んだら。
隣を歩くこの時間も、
当たり前じゃなくなる。
「僕は……」
彼は一瞬だけ視線を逸らした。
何かを言いかけて、やめる。
その沈黙が、やけに長く感じた。
*
食堂はいつも通り騒がしかった。
サシャがパンを追加で取ろうとして叱られ、
コニーがそれをからかい、
ジャンが皮肉を飛ばす。
笑い声が弾ける。
その輪の中に、ベルトルトもいる。
少し控えめに笑いながら。
何も変わらない光景。
温かくて、安心できて、
ずっと続くと思っていた時間。
でも、今日だけは違った。
配属先が違えば、会う回数も減る。
「また明日」が、
いつか言えなくなる日が来る。
その想像が、胸の奥に小さなひびを入れる。
これが当たり前じゃなくなる日が来る。
そんなこと、考えたこともなかったのに。
*
夜。寮の外階段に腰を下ろす。
昼間の喧騒が嘘のように静かだった。
窓から漏れる灯りが、地面に淡く落ちる。
遠くで誰かの笑い声がして、すぐに消える。
冷たい夜気が頬を撫で、
訓練で火照った体をゆっくり冷ましていく。
今日一日を思い返す。
進路の話。
仲間の笑い声。
夕暮れの帰り道。
そして、隣を歩いた時間。
——私は、自分の進む場所をもう決めている。
それは特別な選択じゃない。
誰かに誇れる夢でもない。
ただ、生きるための選択。
それでいいと思っていた。
ずっと。
でも。
もし彼が、別の道を選んだら。
——彼は、どこへ行くんだろう……。
もう、こうして並んで歩くことも、
何気なく話すことも、
なくなるのかもしれない。
胸の奥が、きゅっと縮む。
これは何だろう。
寂しさ?
不安?
それとも──
ただの同期のはずなのに。
どうしてこんなことを考えてしまうんだろう。
夜空を見上げる。
答えは、まだ分からない。
でも確かに、
名前のつかない何かが、そこにある。
この時間は、永遠じゃない。
だからこそ──
こんなにも、胸が痛む。
第一章・完
続かない時間
夕方の訓練場は、いつもより少しだけ静かだった。
装備を片付けながら、ジャンが声を張り上げる。
「お前ら、もう配属兵科は決めたのか?」
その一言で、空気がわずかに変わる。
コニーが「俺はモテるとこがいい」と笑い、
サシャが「お肉が安定して食べられる兵団はどこですかね」と真顔で聞き返す。
いつも通りのやり取り。
でも、その奥には、
これまでとは違う響きがあった。
卒業。
その言葉が、
はっきりと輪郭を持ち始めている。
調査兵団に行きたいと言う者。
憲兵団を目指すと胸を張る者。
それぞれが、それぞれの未来を語る。
オリアナは黙って、みんなの横顔を見ていた。
——みんな、それぞれの道に進むんだ。
ふと、そんな当たり前のことを思う。
自分の順位は、だいたい分かっている。
手が届く場所と、届かない場所も。
遠くを目指す人たちの声を聞きながら、
胸の奥で、静かに思う。
自分は、遠くへ行く人ではない。
誰かを救うためでも、
英雄になるためでもない。
ただ、生きるためにここへ来た。
家族の顔が浮かぶ。
狭い家の食卓。
空腹をごまかす弟の笑顔。
自分は、現実の中で役に立てる場所にいる。
それでいい。
そう思っているのに。
なぜか、胸の奥がざわついた。
*
寮へ戻る途中、隣に並ぶ足音がひとつ増えた。
「今日は調子、良かったね」
振り向かなくても分かる声。
「そうかな。あなたのほうが安定してた」
他愛ない会話。
いつもと変わらないやり取り。
夕暮れの光が長く影を落とし、
砂を踏む音だけが、静かに響く。
少し沈黙が続く。
彼が、ぽつりと聞いた。
「……どこに行くか、もう決めてる?」
心臓が、ひとつ強く打つ。
「まだ、なんとなく」
嘘ではない。
でも、本当の全部でもない。
(私は、生き延びられる場所を選ぶ)
それが最初からの目的だった。
遠い理想より、確かな現実。
そのはずなのに。
「ベルトルトは?」
そう聞き返した瞬間、
胸の奥がひどく落ち着かなくなる。
もし彼が、もっと遠くを選んだら。
隣を歩くこの時間も、
当たり前じゃなくなる。
「僕は……」
彼は一瞬だけ視線を逸らした。
何かを言いかけて、やめる。
その沈黙が、やけに長く感じた。
*
食堂はいつも通り騒がしかった。
サシャがパンを追加で取ろうとして叱られ、
コニーがそれをからかい、
ジャンが皮肉を飛ばす。
笑い声が弾ける。
その輪の中に、ベルトルトもいる。
少し控えめに笑いながら。
何も変わらない光景。
温かくて、安心できて、
ずっと続くと思っていた時間。
でも、今日だけは違った。
配属先が違えば、会う回数も減る。
「また明日」が、
いつか言えなくなる日が来る。
その想像が、胸の奥に小さなひびを入れる。
これが当たり前じゃなくなる日が来る。
そんなこと、考えたこともなかったのに。
*
夜。寮の外階段に腰を下ろす。
昼間の喧騒が嘘のように静かだった。
窓から漏れる灯りが、地面に淡く落ちる。
遠くで誰かの笑い声がして、すぐに消える。
冷たい夜気が頬を撫で、
訓練で火照った体をゆっくり冷ましていく。
今日一日を思い返す。
進路の話。
仲間の笑い声。
夕暮れの帰り道。
そして、隣を歩いた時間。
——私は、自分の進む場所をもう決めている。
それは特別な選択じゃない。
誰かに誇れる夢でもない。
ただ、生きるための選択。
それでいいと思っていた。
ずっと。
でも。
もし彼が、別の道を選んだら。
——彼は、どこへ行くんだろう……。
もう、こうして並んで歩くことも、
何気なく話すことも、
なくなるのかもしれない。
胸の奥が、きゅっと縮む。
これは何だろう。
寂しさ?
不安?
それとも──
ただの同期のはずなのに。
どうしてこんなことを考えてしまうんだろう。
夜空を見上げる。
答えは、まだ分からない。
でも確かに、
名前のつかない何かが、そこにある。
この時間は、永遠じゃない。
だからこそ──
こんなにも、胸が痛む。
第一章・完