Story.05≪Chapter.1-5≫

☆☆☆

あれから4年、そして道化会による学院襲撃から2日が経過し、時刻は6時35分。
アイドライズの朝の空は白と灰色が混ざった雲に覆われ、太陽はおろか青空すら見えない。

予定通り5分前に≪サクレイド学院≫の武道場に来たミシェルは、セロンに連れられて現在は学院の外にある森の中を歩いていた。
剣術の修行は主に自然が多くて人気(ひとけ)が少なく、神経を研ぎ澄ます修練に最適した場所で行う。
それも電脳空間(バーチャルスペース)ではなく現実の世界、ヒトの手で作られた空間だと温度や気流などによる環境変化が一定になる事が多いからだ。
設定によってはランダムにする事も、途中で制作者自身による変更も出来るが、自然を熟知した者や制作者の性格と思考をよく知る者にとっては、やはりワンパターンに感じてしまう。
セロン曰く“実力の高い者が更なる高みを目指すとなると、現実の世界の方が適している”というワケで今に至り、ミシェルはそれを理解して黙々と足を運ぶ。
一応、一昨日の様に突然仮面を被った人物や怪物がいつの間にか近くに存在する可能性もある為、視線での警戒もしている。


「……ミシェル、ここに会員の目撃情報はなかった筈だけど?」

「知らぬ間に現れたりするかもしれねぇからな。一昨日みたいに」

「確かに」


この時間まではこの森に道化会の会員らしき人物を見たという話は共に得ていないが、彼女の言う通り何の前触れもなく襲われる事も有り得る。
“粛清の炎”と複数の会員達による学院の侵入ルートは未だに調査中らしく、教職員達も苦労している様だ。
セロンも“剣帝”という立場であるが故に、有力貴族からの依頼による護衛などでなかなか事件の捜査に携われていない。
その為、宿題として言い渡された昨日の道化会に関する情報収集の結果が、現時点での最大のカギと言っても良いだろう。
木々に囲まれた通りを歩く中、少し開けた場所に辿り着くと、セロンが振り向いて右手から黄金に輝く刀を出現させて握り締める。


「さて、予定していた2日間の修行が失われたんだ。その分、加減はしないでおくよ」


その一言と共に、彼の全身から威圧を感じさせる様に魔力が溢れ出ているのを感じ取った。
これは怒りでも焦りでもない、目の前に“粛清の炎”を超える実力を持つ敵が現れる事を想定してでの鍛練だ。
ミシェルはゆっくりと≪斬蒼刀≫を抜き、真剣な目付きで相手を見ながら構える。


「上等だ。これで一本取りゃ、自信が付くっ!!」


そして真っ直ぐに駆けながら素早く刀を振り、交錯させる事で反撃を防ぐ。
対するセロンの表情は涼しく、平静を保ちながら一振りを見極めている。
相手の武器と態勢に一切のブレが生じない時間が続くと、普通は次第に焦りが見え始め、強力な技を繰り出そうとするだろう。
だが4年も彼と刃を交えているミシェルは、それだと向こうのペースに乗せられると分かっている為、振るうスピードを少しずつ速めても顔は無表情そのものだった。


「本気を出せとか、封殺術を使えとか、そういう文句は言わなくなったね。4年前はいつも言ってたのに」

「俺もサクレイド学院に通い始めてから学んだんだよ。そんなのは反撃ですぐにやられるザコが言うセリフだって」

「……その代わり、変な認識を植え付けられてしまったか…」

「まぁ…、挑発しておきながら自滅するアホな奴も同級生の中にいるんでな」


彼女に剣術の指導をしてから4年、目の前の指導者に対する文句から今ここにはいない人物の酷評や愚痴に変わった事に、セロンはある意味複雑な感情を抱いていた。
自身の感情任せで振るわなくなったのは良いのだが、学院内での悪口をここで吐き出して良いモノなのか。


「気を悪くしたらすまん。昨日、ネットで俺に対する悪口が書き込まれてるのをたまたま見てしまってな…」

「そ、そうか…」


全てはネットが絡んだ事情であった事に、セロンはこれ以上の追求をやめた。
今まで剣術ばかり打ち込んでいたが為にデジタルに関する知識は比較的疎く、書き込みの話題に入ると付いて行けない時がある。
歴史やニュース、流行の詳細は検索をすれば簡単に知る事が出来る上、それらに対するメッセージを入れる事も可能にさせるのがネットワークという存在。
更に自身が感じた事を自由に書き込めるサイトもあり、それを通して人々の交流も行っているが、彼はそういったモノとは無縁。
名前はハンドルネームという偽名を使い、顔も分からない人物が書く文章は嘘が混ざる事があるので、実際に会って当人の本質を見極めるというやり方で“剣帝”としての働きを見せていたのだから。
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