Prologue

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ピュアリティ・クラウン本部の地下3階、大きな丸いテーブルが置かれ10個の椅子が等間隔で配置されている『第三小会議室』にて、茶髪の中年の女性―リコリスと顎よりちょっと下辺りまである青いショートボブの女性が隣り合わせで座っている。
二人の近くに置かれた1枚の資料に目を通し、両者共に真剣な表情で考え込んでいる。


「ミシェルという少女の記憶を失っているのは、脳に強い衝撃を受けたのが一番の原因かと」

「そうでしょうねぇ…。でも、それだと頭から血が流れるのが普通だわ。なのに、あの子は腕や足から傷があったけど、脳天付近は打撲のみ。そこがなんか引っ掛かるわ」

「私も同意見です。そこで魔力検査を用いて現在調査中です」

「動きが早くて助かるわ、シェルマリン」


青いショートボブの女性―シェルマリン・W・マーストは恭しく頭を下げた。
するとリコリスは「そうだわ」と何かを思い出した様な仕草をし、彼女に呼び掛ける。


「ついさっき、ミシェルが目を覚ましたのよ。それであの子の名前が書かれたネームプレートを見せたら、自分の名前を思い出したみたいなの!」

「それは吉報ですね」


今まで目を覚まさなかった子供が気が付き、更に自分の名前が分かる様になったのを機に、シェルマリンは嬉しそうに笑みがこぼれた。


「そこで貴方も簡易医療室の所に来てくれないかしら?私、あの子に『仲間を連れて来る』って言ったから」

「喜んで」


局長の頼みに断る理由がなく、増してや怪我人の元気そうな姿を見るのは、この防衛局の医療を任されている身としても大変喜ばしい事だ。
そうしてリコリスとシェルマリンは資料を持ち、『第三小会議室』を出てエレベーターに向かう通路にて、背中までストレートに伸ばした黒髪の女性と目が合った。


「あ、局長」

「シュリ、戻っていたのね」

「はい。南東に現れた古代兵器の暴走につきましては、隣村の被害が出ぬ内に停止に成功。怪我人も出ませんでした」


リコリスは黒髪の女性―シュリ・ユンに今回の任務の成果を聞き、怪我人がいない事に安堵の息を付いた。
シェルマリンも「さすがです」と笑みを浮かべながら褒め称え、更にこう告げた。


「こちらも更に良い知らせがあります。大規模な火災が発生した施設の近くの森で倒れていた女の子が目を覚ましました」

「えっ?それホント!?」

「本当よ。私達はこれからその子がいる簡易医療室に向かうけど、貴方も一緒にどうかしら?」

「もちろんです!」


どうやらシュリもまた、倒れていた少女の事を心配していた様であり、シェルマリンの報告を聞いてリコリスの誘いを快諾した。


そうして簡易医療室のベッドで横たわっている、銀色の瞳を持つ薄い水色の髪の少女―ミシェルは、リコリスと連れて来た二人の部下―シェルマリンとシュリと対面した。

この防衛局で医療に携わるシェルマリンに体の調子を聞かれると「だいじょうぶ」と答え、起き上がろうとしたが若干痛みを感じて思わず顔を歪ませた。
まだ傷が治り切っていないのだろうと思い、無理はしてはいけないと彼女に言われてそっと仰向けにされた。

しかし命に関わる事態にならなくて良かった、その様子を見たリコリスはシュリと顔を合わせながら微笑んでいたのであった。


記憶を失い、身寄りのないミシェルは1週間に亘り完治した後、シェルマリンが住むマンションの一室に同居する事となった。

彼女は何の滞りもなく、また誰にも邪魔される事なく育っていき、ついにはこの島々、聖冥諸島の一つであるアイドライズ島にある軍事学院―≪サクレイド学院≫の学院長に水属性の魔力と剣術の素質を見抜かれ、入学を打診された。
その人物は聖冥諸島を統べる有力貴族の一人である事から、認められたと感じたシェルマリンはすぐさま局長であるリコリスに報告した。
リコリスもまた、彼女の息子が同じ様に伝えられたのを受けて驚きながらも、共に喜びの声を上げたのだった。
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