chapter3
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帰宅した一方通行の背中に、聞き慣れた声が掛けられた。
「一方通行、抱きついてもいい?」
聞き慣れた、しかしいつもならば言われない台詞。
一方通行は耳を疑った。
今まで一方通行から抱きしめることはあっても、名前から抱きしめることはなかったからだ。
あってもそれは一方通行が弱っていたから、彼の為である。
一方通行は名前の様子がおかしいことに、うわずった声が出た。
「オイ、どォしたよ」
「大丈夫。悲しいことを思い出しただけだよ」
「名前……」
一方通行はぎこちない手つきで名前の髪を撫でた。
「……ん」
ひくり、と名前の肩が震えた。
一方通行はそれに気付き、彼女を抱きしめた。
彼女を安心させるように。
冷えた肩を温めるように。
名前の方も一方通行の背中にそっと腕をまわした。
「……ナニがあった」
「ううん、なんでもないの。ただね、生きてれば悲しいこと、たくさんあるねって」
「……言う気は無いのか?」
「うん。いつかゆっくり話すよ」
「わかった、待ってる。……悲しいこと、か。そォだな。でもな」
一方通行は目を閉じた。
さけずみの視線。
白い部屋。苦しい実験。怯えた目。白衣。針の先。
スキルアウト。「化物」。
誰もいない部屋。深い孤独。
かつての自分がよく目にしたもの。
生きていれば悲しみにはいくらでも出くわす。
でも家に帰ったなら、名前がいる。
二人なら耐えられる。
いくらでも生きていける。
「俺は悲しいことがあっても、名前となら生きていけるって思ってる。俺だけか?」
「……私もだよ」
ぽつり、と返事が返ってきた。
同じ気持ちを持っていたことが嬉しい。
伝わる名前の体温に、ずっとこうしていたいと思った。
「そういう風に思ってくれて、うれしいや」
あァ、俺もだよ。
一方通行の胸に埋められていた顔が離され、目を細めて笑う名前が現れた。
「一方通行は嬉しいを沢山くれるね」
「……あげた覚えはねェぞ」
貰ったことなら山ほどあるが。
一方通行がそう言うと、覚えてないだけだよ、と返された。
彼自身、名前のために何かしてやったという意識はあまりない。
だが、彼女から貰ってばかりでないことにほっとした。
名前は最後にもう一度胸に顔を埋め、まわして腕にぎゅっと力を込めると離れてしまった。
「ありがと。もう大丈夫」
俺はまだ足りない、とは言えなかった。
ソファに腰かけ、台所へと向かう彼女を目で追う。
夕食の支度をするのだろう。
もう普段通りに見えるが、気丈に振舞っているのかもしれない。
彼女は強がる癖があるから。
「……」
名前を笑顔にしたい。
心から笑って欲しい。
飾られたカレンダーに、暦はもう3月に入っていることに気付いく。
遠退く冬に、一方通行はクリスマスのことを思い出していた。
『積もらないかなぁ』
『冬の間に積もるといいな』
あれから、結局雪は降っていない。
ささやかな期待に答えてあげたら、と一方通行は立ち上がった。
夕食後、一方通行は名前に言った。
「なァ、名前。ちょっと外に出ねェか?」
「……なんで?寒いよ?」
「…………」
至極もっともな疑問に、一方通行は沈黙した。
どうにかごまかせないか、と思ったが気の効いた台詞は出てこない。
歯切れ悪く出た言葉は直球だった。
「……雪が、降るから」
「え?天気予報では……」
「イイから!」
一方通行は椅子に掛けっ放しになっていた名前のコートを、強引に彼女に羽織らせた。
そしてマフラーでぐるぐる巻きにしてしまう。
最後に彼はジャケットだけ羽織り、ドアを開けた。
「どうしたの?急に。雨の予報すらないのに」
「見た方が早ェンだよ」
エレベーターを使って1階まで降りる。
外に出ると雪が降り、一面の白が学園都市を覆っていた。
名前が夕飯を作っている間、一方通行はベランダに出て能力を使ったのだ。
大気を操る演算は複雑だ。
だが230万人の頂点である彼にとって、さほど困難なことではない。
「なんで雪が……もしかして、あなたが降らせたの?」
「あァ。
「すごい!でもどうして?」
「オマエ、クリスマスン時に雪が積もらないかっつってたろ」
「……覚えててくれてたの?」
名前が目を輝かせている。
元気のない名前を喜ばせることができた事実に、一方通行は満たされた。
この少女がずっと笑っていればいい。
ずっと、俺の隣で笑っていればいい。
と、そこで冷たっ、と声が聞こえた。
声の聞こえた方を見ると名前がしゃがんで、何か作業をしているようだ。
「ナニ作ってンだ?」
「雪うさぎ!」
それはただの雪の塊のように見えた。
「それのどこがウサギなンだよ」
「ちょっと待ってよ。これからパーツを付けるんだから」
そう言って名前は立ち上がり、街路樹の葉を摘んで塊の上に乗せた。
そして次はその樹の実を取ろうと背伸びをする。
取れそうで取れないのだろう。
つま先立ちでフラフラとする姿に、一方通行は思わずその背中を捕まえた。
名前の代わりに手を伸ばし、実を摘んでやる。
目を凝らすとその実が赤い色をしていることに気づく。
「滑ったら危ねェだろ。ほら、これは……2つか?」
「そう!ウサギの目になるんだ。……かんせーい!」
名前が一方通行から実を受け取ると、ウサギの目の位置に取り付けた。
彼女はゆっくりとウサギを持ちあげ、一方通行の目の高さに合うようにした。
「ふふ、そっくり」
「……それがやりたかったンだな」
「その通り」
そう言って笑う名前は可愛かった。
しばらく雪遊びをしていたがそれも長くは持たなかった。
両手に息をかけて温める彼女に、一方通行はもォ帰るか、と声を掛けた。
名前の手には雪うさぎが抱えられている。
しばらくは冷凍庫で飼うことにしたそうだ。
歩きながらふと、一方通行は名前に聞いていなかったことを思い出す。
「名前、オマエの誕生日っていつだ」
今まで祝った覚えのないものだから、思い出さなかったのだ。
「……もうすぐだよ。その時に言うね」
「ァあ?その時じゃ用意できねェじゃねェか」
「あれ?なにかくれるの?」
「…………」
「いいんだよ。私はあなたに一生分のプレゼントをもらったから」
「なンだよ、それ」
「ひみつー!」
そう言って名前はマンションの前まで走り出した。
両手が塞がっているものだから、転ぶんじゃないかと不安になる。
今日の彼女は危なっかしくて、目が離せない。
無邪気に笑う姿は可愛いのだが。
「すっかり冷えちゃったね、一緒にコーヒー飲もうか」
「あァ、そりゃイイ。……誕生日、ちゃンと言えよ」
「あなたも今度教えてね」
「……」
「い、言いたくないならいいから、一緒にケーキ食べようね!」
「……あァ」
幸せな子ども時代のなかった俺に気を遣っているのだろうか。
そう思いながら一方通行は、先程の無邪気な名前の笑顔を思い出していた。
to be continued...