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春だった。
名前と会って何回目の春になるだろうか。
今日は大学を出て就職したばかりである二人の休日だった。
かといって何をするわけでもない、ただ買い物に行った帰りだ。
土手を通りがかった時、名前が声を上げた。
「ちょっと寄っていい?」
買った袋をちらりと眺める。
今日の買い物は調味料と野菜、遅くなっても平気だろう。
「イイけど何すンだ?」
「シロツメグサ!」
確かに白く丸い花が沢山咲いているがどうしたというのだろう。
疑問符を浮かべながら、スカートをはためかせ土手を掛け下りていく彼女を追う。
名前は斜面に腰かけ花を摘み始めた。
持って帰るのだろうか。
確かに、家に瓶はある。卒業式で花を貰った際に買ったものが。
花を飾ることは滅多にないが、たまに花を貰うと居間に飾る。
そうすると掃除が捗るとか名前が感心していた覚えがある。
彼女に追いつき隣に腰掛けた。
名前の手の中でのシロツメグサは花束になっているわけではなかった。
いや、束であることには間違いないのだが……
「何を作ってンだ?」
「花かんむりだよ。小さい時作ったことがあったんだけど、また作りたくなって」
「へェ?」
また一つ、名前のことを知った。
いつか、彼女の子どもの頃の写真を見せてもらったことがある。
屈託なく笑うあの少女をそのまま成長させた名前が、ここにいた。
「出来た、はい」
空を眺めながらぼんやり名前を待っていると、何かを頭に被せられた。
「……!」
花かんむりでほんの少し重くなった頭上を見やる。
頭に何が乗っているのか見えるわけではないのだが、花の似合うガラじゃない。
仮に似合ったとして、男に被せて楽しむものじゃないだろう。
それなのに名前は何かに納得したように頷き、ニコニコしている。
「うん、思ったとおりかわいい」
「俺に可愛いとか言うンじゃねェ!俺はイイからオマエが被ってろよ」
「ええーあなたに作ったのに」
自分の頭から花冠を取り、唇を尖らせる名前に強引に被らせる。
「オマエのが、に……あうし」
言い淀んでしまうほど、シロツメクサは彼女によく似合っていた。
無垢で、素朴で、あいらしい。
花と名前のイメージが近いのかもしれない。
名前は少しばかり頬を染め呟く。
「へへ……褒められた」
にんまりしながら照れたように俯くその様子がかわいくて、にやけた口元を密かに覆った。
そこでふと思いつく。
「……名前、指輪の作り方もわかるか?」
「うん、できるよ?」
名前は一本、シロツメクサを手に取って説明した。
「こうやって指の大きさに合わせて輪っかを作ってね、余った茎をぐるぐる巻きつけるの」
「わかった、ちょっと待ってろ」
指輪はすぐに出来た。
こんなものだろうかと眺めていると完成だね、と横から声がする。
「名前、」
名前の左手を取り、指輪を薬指に通した。
意味がわかったのだろうか。
彼女の目が驚いたように瞬く。
「一緒に住んでもォ何年も経つし、俺も働くよォになったから、さ。約束をしてェンだ」
「……うん」
「俺と、結婚して欲しい」
指輪を眺めていた名前と目が合う。
黒い瞳が弧を描いた。
「……、はい」
その返事に、彼女を思い切り抱きしめた。
あぁ、これで、やっと……ずっと一緒にいられる。
「ちょっと、ここ、外だよ……!」
とまどう声は無視した。
構うものか。
目の前の幸福を前に、人目などどうだってよかった。
名前、すきだ。だいすきだ。あいしてる。
溢れ出る感情の多くを呑み込んで一つだけ言葉を絞り出した。
「ありがとォな」
物心ついた時、家族は既にいなかった。
能力が発現していくにつれ友達も失くしていった。
自分の力が怖かった。
寂しかった。
心にぽっかり穴が開いた。
だから、いつか誰かが傍にいてくれるようになったなら。
誰からも注がれなかった愛情をくれるなら。
自分からは絶対に離さないと決めていた。
ソイツのためなら何でもしてやりたいと思っていた。
二度と失くさないように大事にしたい。
できることなら自分の手で幸せにしたい。
そう、思っていた。
「ごめンな。オマエを幸せにする自信がねェ、でも離してやれねェンだ」
ずっと一緒にいてくれなければ、壊れてしまいそうだ。
それほどまでに自分はこの少女に依存してしまっている。
「違うよ、一方通行」
「あァ?」
「幸せになるんだよ、二人で。あなたが自信がないなら私が一方通行を幸せにするよ」
そう言われたらオシマイじゃないか。
「ばか。オマエにそこまで言われちゃ俺の立つ瀬がなくなるじゃねェか」
「だって。今でも私幸せなのに……あなたはもっと自信持っていいんだよ」
「悪かったよ……、一緒に幸せになろォな」
触れるだけのキスをした。
嬉しくて幸せで、少し涙が出た。
end