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汗びっしょりになって目を覚ました。
まだ早朝だが冷房をつけようと手さぐりでリモコンを探し、ボタンを押す。
「……?」
電子音が付かない。
角度が悪かったのだろうか。
二度三度続けて押すが、冷房の動く気配はない。
「……一方通行、どうしよう」
床で寝ている同居人に声を掛けるが、彼はすぴーと気持ち良さそうに眠るのみ。
彼には反射があるためこの蒸し暑さの中でも快適なのだろう。
うらやましい。そしてねたましい。
私は一方通行を揺さぶり起こし、どうにか彼の力を頼れないか訊ねることにした。
「起きてー!」
「ン、ンー……、うるせェ……」
「冷房壊れたみたい、すごく暑いから助けて」
「……あ?」
赤い瞳がようやく開かれた。
何度か瞬きをした後、状況を呑み込めたらしい。
「……俺は電気屋じゃねェし」
「そっちはいいから、あなたみたくどうにかならない?」
「……」
そう言われても、能力の範囲が及ぶのは一方通行が触れている箇所だけ。
一方通行は名前の肩に触れてみる。
彼女は気持ち良さそうな声を上げた。
「つめたーい……けど、全身はむり?」
「無理」
がっくりと名前は項垂れた。
レベル5の能力にそんなリアクションを取る者も珍しい。
一方通行としてもあからさまにがっかりされるとムッとくる。
「じゃあ寒波呼ぶかァ?」
「かっ……!?それはいい!それはいいよ!」
そんなことをしてはニュースになってしまう。
たかだか一部屋の冷房が壊れただけでここら一帯に冬を呼ぶのは大げさだ。
「だよなァ……」
一方通行が窓を開けると共にびゅうっと音がし、風が入ってきた。
汗が乾いていく。気持ちがいい。
扇風機でいうと強くらいだろうか。
ちょっと不自然な気がするので名前はもうちょっと弱く、とジェスチャーをした。
一方通行もそれに習って徐々に風を弱まらせた。
「気持ちいい……」
「どォだ、満足か」
「んー、ありがとー。これでまだ眠れそ……」
「……おォ」
名前は再び横になり、一方通行に微笑む。
一方通行としても名前に頼られ役立てた嬉しさに頬が緩んだ。
緩やかな風が、早朝の部屋に静かに流れていった。
昼頃、管理会社へと電話をかけた名前は溜息を吐いた。
「どォしたよ」
「冷房、見に来てくれるの明日になるって」
「そォか……」
「それまで風、頼んでいい?」
「別に構わねェよ、任せろ」
「……ずっと家にいて演算頼むのもなんだなぁ……そうだ」
「ン?」
「ちょうどいいからプール行こう!今年まだ行ってないし」
「プールだと……?」
一方通行の頬が引くつく。
何故そんな似合わない場所に行かないといけないのか。
「うん、行こうよ。涼しくなるし一石二鳥!」
「……俺は別に暑くねェし」
「じゃあ一人でも行くもん」
「そォか、じゃあ勝手にし……一人?」
暑さと一方通行に負担をかけたくない気持ちがそうさせるのだろう。
彼女は意地でも涼しい場所に行きたいのだ。
だが映画館じゃない。一人で行って面白い場所とは思えない。
いや、問題は面白い面白くないの話ではない。
「一人で行って水着着るのか?」
名前は質問の意図がわからないという風に首を傾げた。
「そりゃ水着着ないと入れないし……」
一人でプールに行く『寂しい女』状態の名前など、ナンパのカモだろう。
ありとあらゆる嫌な想像が一方通行の頭を巡る。
一つ舌打ちをした後、彼は言った。
「仕方ねェ……俺も行く」
更衣室を出た先で一方通行は溜息を吐いた。
水着に着替えた彼は今、名前を待っている。
見下ろすのはいつもの自分の趣味で選んだ水着だ。
わかっていたが、似合わない。
パーカーを羽織ってはいるがその隙間から見えるのは痩せた胸板だ。
肋の浮いた白い身体で、何故好き好んで水着など着たがるだろうか。
海を再現したプールの方に目を向ければ同年代の少年たちの姿が見えた。
ほどよく筋肉のついた奴、引き締まってない奴はいても見てて気の毒な気分になってくるモヤシはいない。
こういう時コンプレックスが刺激される。
一方通行が暗雲な気分に沈んでいると、そこに声が聞こえた。
「おまたせっ」
ビキニを着た名前がそこにいた。
一方通行は思わず言葉を詰まらせる。
今まで寄りつく野郎どもへの危惧はしていたが、名前の水着姿のことはすっかり忘れていた。
一方通行は目のやり場に困りつつ別に待っていないと返事を返す。
直接彼女の凹凸を見たことは……一度だけ事故であったが、服を着ているとわからないもんだ、と彼は思う。
それなりに女性らしい身体であることを見ると彼女を意識せざるを得ない。
「じゃあ行こっか」
「ちょっと待て!」
「ん?」
「まだ行くな」
この恰好のまま、男共のいるプールに行くのか。
一方通行には抵抗があった。
下着と変わらない露出度で、その身体を他の男に見せることに。
一方通行は急いでパーカーを脱ぎ、強引に名前に羽織らせた。
コレを隠すためなら、自分の胸板などどうでもいい。
「……っ、貸すから、着てろ」
「どうして?」
「ンな恰好、みっともねェだろ」
「み、みっともない……見苦しかった?」
名前はがっくり頭を垂れてしまった。
落ち込ませたくはない一方通行は必死で言い訳を考える。
「そォいう意味じゃねェ……ガキどもが目のやり場に困るだろォが」
「なんか今日は教育熱心だね……濡れちゃうけどいいの?」
「イイから」
「……ん、これでいいんだね。行こ」
名前はパーカーに袖を通すとプールへと走った。
一方通行はその後を追いながら、気が気ではない。
上半身の露出度はパーカーを羽織ることによって解決したが、下はそのままだ。
ボトムは前後の布を太ももで蝶々結びすることによって支えられており、無防備さに見ていてハラハラする。
――結び目が解けたら落ちちまうじゃねェか!
そんな一方通行の危惧などどこ吹く風。
名前は人工の海へと足を浸していた。
「つめたーい!ほら、一方通行」
「涼みに来たのに冷たくなかったら困るっての」
そう言いながら一方通行も足を浸す。
思っていたより冷たいことに驚きながら、レジャープールに入ったのは初めてだったかと思う。
見たことのない海を模した波が足首に被さる様を眺める。
そうしているうちに名前が寄ってきて一方通行の手を握った。
久しぶりのプールにはしゃいだ彼女は、彼を深いところへ行くように促す。
「ね、一方通行。プールは初めて?」
「……こォいう娯楽用のはな」
「そっか、水の中は身体が軽くなるから私は好きだなぁ」
「……!」
突如名前の姿が沈んだ。
いや、潜水したのだ。
数メートル先、今より深いところで彼女が現れた。
「ぷはっ」
水上で息を吸うが、また沈んでしまった。
――足、着かねェとか……?
一方通行は慌てて水を掻き分け、名前の方へと近寄った。
名前が一方通行の近くで顔を出したところで彼女を抱きとめる。
水中にいるだけあって、能力を使わずとも用意に彼女を抱えることができた。
「大丈夫か?」
「……っえ、あ、うん!」
名前は混乱していた。
彼女からすれば身体が浮いたと思ったら一方通行に抱きかかえられているのだ。
深い所に行きすぎたので助かったのだが、肌と肌が密着していることに驚いてしまった。
「だ、大丈夫だから降ろしてっ」
「もォちょっと浅いとこでな」
ここなら確実に大丈夫だろう、というところで降ろしてやる。
水底に足が着いた途端、名前は距離を取った。
あからさまな反応に一方通行は眉を寄せる。
そんなにわかりやすく嫌がられたら傷つくではないか。
「……そンなに抱えられるの嫌かよ」
「く、くっついたからびっくりしたんだよ!」
珍しく声を荒げた名前の顔は真っ赤だった。
彼女が意識してくれるのならモヤシでもいいか、と彼は思った。
end
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