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 その日は、かなり焦っていたのだ。
 あろうことか寝坊してしまい、会社の重要な会議に遅刻しそうになった私は、町中を全速力で走っていた。
 遅刻なんてすれば、クビが飛ぶかもしれない。
 歩いている小学生の群れを避け、携帯電話片手に歩くサラリーマンを避け、犬の散歩をしているご老人を避け、私は駆ける。

「ハァ……ハァ…………」

 口で荒く息をしながらの、全力疾走。
 そして、私は赤信号に差しかかり、急ブレーキを踏むように、止まる。はずだった。
 私は、自身の足に足を引っかけるようにしてバランスを崩し、気付いた時には、車道へと飛び出していた。
 あ。死ぬ。トラックに轢かれて、死ぬ。
 やけに冷静に、ゆっくりとした速度で、私はそのことを理解した。
 さよなら。ごめんなさい。今まで、ありがとう。
 家族や友人や同僚の顔が、頭に次々と浮かぶ。これが、例の走馬灯というやつか。どこか、他人事みたいに、私はそう思った。
 ぎゅっと目を閉じる。
 私は、無様な肉塊になった自分のことを考える。すると、「死にたくなかったなぁ」という思いが出てきた。
 しかし、その時が訪れることはなかったのである。
 私は、ひとりの少年によって抱えられて、向かいの歩道へと降り立っていた。

「え…………?」

 何が起きたのか分からない。この眼鏡の少年は何をした? 分からない。

「お怪我はありませんか?」

 彼は、礼儀正しく、私に尋ねる。

「は、はい…………」

 動揺しながらも、答える私。
 私は、自分が死んでないどころか、痛みのひとつもないことに、まだ驚いているところだ。
 だから、返事はほとんど反射のようなものである。

「良かった…………」

 けれど、目の前の少年は、私に対して安堵したように笑みを浮かべた。その笑顔が、とてもカッコ良く見える。
 そして、今になって私は、彼が雄英高校の制服を着ていることに気が付く。
 その後、私が彼、飯田天哉くんこと、ヒーロー名「インゲニウム」のファンになるまで、あまり時間はかからなかった。
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