その一匹の魔物は、ひとりのトールマンに恋をした。いや、恋のようなものと言うべきか。
　彼の名前は、ライオス・トーデン。しかし、魔物にはそれを知る術はない。
　鳴き声や身振り手振りを駆使しても、人には何も伝えられないだろう。けれど、それでも魔物は、ライオスに愛を伝えることにした。その牙をもって、愛を示すことにした。

「ぐがァッ！」
「わぁッ！？」

　それは、ライオスたちからしてみれば、魔物の強襲である。
　ライオスは自身の剣を抜き、間一髪、魔物の噛み付きを防ぐ。
　彼の仲間たちも、臨戦態勢に入る。
　エルフのマルシルの魔術。ドワーフのセンシの斧。ハーフフットのチルチャックの陽動。それらより、一匹の魔物は倒された。
　戦闘をすれば、当然疲労する。そして、腹が減る。ぐー、と誰かの腹が音を立てた。
　食事を摂る必要がある。4人は、目配せをした。
　倒された魔物は、まず血抜きをされる。そして、皮を剥かれて、体に包丁を入れられた。次は、内蔵を取り出された後、香草を詰められて、さらに、炎で丸焼きにされ、4人に切り分けられた。

「いただきます」

　4人の、すっかり常となった魔物を用いた昼食が始まる。
　口の中に入れると、ふわりと香草の良い香りがした。その肉は、とても美味だった。鶏肉に近い味がする。それと、ほどよい弾力のある歯触り。
　ものを食べる。命を食べる。生きていると、実感する。
　肉を切り、口に運び、咀嚼し、呑み込む。食べたものは食堂を通り、胃で消化される。
　ライオスは、魔物食に存分に舌鼓を打つ。
　そして、十分に腹を満たした後、ふぅ、と息を吐く。

「美味しかったな……！」

　ライオスは喜色満面で声を上げて、マルシルはそれを少しばかり睨む。
　すっかり魔物食に魅せられているライオスを、チルチャックは呆れて見ている。
　センシは、テキパキと後片付けを始めた。
　魔物を食べて満足をしたライオスは、先ほどの邂逅を思い返す。鋭い牙に、しなやかな体躯。鮮やかな躍動を脳裏に描く。
　それから、その味をいつでも思い出せるように、脳髄に刻み込んだ。