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「へし切長谷部、と言います。主命とあらば、何でもこなしますよ」

 初めての邂逅で、お前は、確かにそう言った。
 だが、まさか閨事まで引き受けてくれるようになるとは。

「主」
「なんだ? 長谷部」

 初めての情事の痕跡を綺麗に消した後、長谷部は俺に熱い眼差しを寄越す。
 俺は、それを冷ややかな目で見ていることだろう。

「俺が、主の一番、ですよね?」

 艶やかな声。

「ああ、お前は、俺の一番大切な物だよ」
「主…………」

 頭を撫でてやると、長谷部は恍惚とした表情で、嬉しそうにしている。
 俺が、どんなに残酷なことを言っているのかも分からずに。
「人は人を愛するべき」なんて、思ってはいないが、俺は、へし切長谷部を愛していない。
 刀としては、大切に思っているし、みすみす折られるようなことがあってはならないと思ってもいる。
 しかし、長谷部が俺に向けているものは、恋慕だ。物が主を想うのとは訳が違う。
 俺は、長谷部は、それを理解していないのだろうと考えている。
 長谷部は、「人」に成り下がってしまったのだ。ああ、美しい刀だったお前を、俺は愛していたというのに。
 お前が人間みたいに俺に恋情を向けてくるのが、俺は鬱陶しいのだ。煩わしいのだ。
 人間は、俺は、醜い。きっと、清らかであろう長谷部の想いを、踏みにじるようなことをしてしまいそうなくらいに。

「なあ、長谷部」
「はい」
「お前は、どこまで俺をゆるしてくれるのだろうな?」
「どこまでも」

 長谷部は迷いなく答える。

「どこまでも一緒に来てくれるか?」
「はい。地獄へでも、お供しますよ」
「ああ、頼んだ」
「はい、主……」

 地獄は、ここだ。まさに、ここにある。
 俺とお前を、ぐるりと取り囲んでいるのだ。
 この先に、道などない。もう、どこへも行けやしない。
 この世も地獄。死して落ちるのも地獄。俺とお前には、似合いの場なのかもしれないな。
 俺は、ほんの少し口角を上げ、長谷部に口付けを送った。
 それは次第に、舌を絡め合う、欲にまみれたものになり、長谷部の顔は蕩けていく。
 その表情を愛しいと思えたのなら、俺たちは天へと昇れたのだろうか?
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