月明かりに照らされた夜の海は、静かで美しい。少しばかりの恐ろしさもあるのだけれど、今の私にはそれも心地よかった。
　靴を脱いで裸足になり、海へと近付く。
　さざ波が私の素足を撫でる。
　私は、さらに海へと入って行く。膝下まで海に浸かった。
　残暑が厳しい毎日で、すっかりバテてしまっている私。
　ああ、冷たくて気持ちいい。
　恋人との悲しい別れで、すっかり意気消沈している私。
　ああ、悲劇的で、それに少し酔っている自分が気持ち悪い。
　ざぶざぶと、海深くへと歩みを進める。
　そうだ。私は今、死のうとしているのだ。

「バカみたい…………」

　けれど、本気で死にたいと思っている。
　とうとう、首元まで海水がきた。

「待ってて。今、あなたのいるところへ行くから」

　ざぶん、と海へ潜る。海の中は真っ暗で、海水は肌にまとわりつくような感じがして。とてつもなく怖い。
　けれど、私は深く、深くへと潜り続けた。
　ゴボリ。息を吐き出す。肺から、空気が失われていく。
　苦しいなぁ。苦しいのは嫌だなぁ。
　死にたくない。死にたくないよ。
　なんてバカなことをしたのだろう。
　ごめんなさい。私は、まだそっちへは行けません。私は、あの人に謝った。
　そして、なんとか浮上しようとした、その時。
　ベールの様な手足が、私に巻き付いてきた。
　野生のポケモン、プルリルだ。
　ああ、そんな！　絶体絶命。そんな言葉が脳裏をよぎる。
　悲しみを抱えながらも生きようと決めたのに。
　体が痺れている。プルリルに毒針で刺されたのだろう。
　私は、海深くへと、どんどん沈められていく。このままプルリルの棲む深海に連れて行かれてしまうのだろう。
　海中から見上げた水面は、美しい満月が映っていて、綺麗だなと思った。私は諦めの境地で、この景色を愛した。
　せっかくだから、海底にあると言われているプルリルやブルンゲルの国を見てみたいものだ。
　でも、水深8000メートルもの旅路に、普通の人間である私は耐えられない。
　それが、なんだかとても悲しかった。