ブルース・ウェインの両親の命日。
　ウェイン家の屋外使用人の男は、年中辛気臭い顔のブルースの表情が、一層暗くなるのを見ていた。
　ブルースが幼い頃から、ひとつ歳上の男は、彼の従者として生きている。

「ご主人様よ、お辛いのは分かりますがね、そんな顔は正直見てられませんよ」

　わざと軽く話しかける男。

「…………」

　ブルースの表情は変わらない。

「今夜は、久し振りにしましょうか？」
「……ああ。頼む」
「かしこまりました」

　従者は、恭しく礼をした。
　その晩、彼は、ブルースの寝室に行く。

「失礼します」

　そして、男はブルースと添い寝をした。
　黙り込むブルースとは対照的に、従者の男は、よく喋る。

「俺は、このお屋敷が好きですよ。特に、庭師としての仕事が楽しくてね。植物の世話ってのは、生命の管理ですから。いいことをしてる気がしてね」

　ウェイン夫妻の墓前に供えた白いカーネーションも、彼が育てたものであった。

「ご存知の通り、俺は、孤児でしたから。ご夫妻が拾い上げてくれたおかげで、今があります。その恩返しを、一生を懸けてするつもりです」
「君は、恩義があるから従者のままでいるのか？」

　ぼそりと、ブルースが隣に寝そべる男に問う。

「そうですねぇ。半分は、そうです。もう半分は、あなたがいるからですよ。犯罪者どもと戦うと決めたあなたがいるから、俺は、その手助けをしたいんです。まあ、出来ることは多くありませんがね」

　男は、苦笑いをした。

「でも、ご主人様が独りで戦うには、ゴッサムは過酷な場所でしょう？」
「……そうだな」
「それに、俺みたいのがいないと、この家は暗くていけない」

　従者は、主人が寝付くまで、話し続ける。そして、眠ったブルースの頭を優しく撫でた。

「おやすみ、ブルース。いい夢を見ろよ」

　自分は、血縁のある兄ではないし、彼の友人でもない。それでも男は、ブルースのことを大切に想っている。
　その親愛は、かけ替えのないものだった。