うちよそ
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ピアニストは、美しい旋律を奏でる。画家は、素晴らしい絵を描く。パティシエは、美味なる菓子を作る。アーティストとは、そういうものだし、そうでなくとも、働くとは何かを生み出すものだ。
ならば、灰崎ありすは? あの女はなんだ?
住居なし。職なし。何もないじゃないか。
白雪天嶺は、そう思う。
ろくでもない女。
生クリームを搾り、ケーキスポンジを彩りながら、内心悪態をついた。
「白雪さん」
「なんだ?」
「灰崎さんという方が、白雪さんに用があると言っています」
「ハァ……?」
噂をすれば影が差す? あの女、何しに来た?
「僕はいないと言え」
「それが…………」
「また来てやったぞ、天嶺」
スタッフの男の背中から、ひょこっと顔を出すありす。
「うわ…………」
思わず声が出た。
「試作品を寄越せ」
「その女、つまみ出せ」
「はは。彼は、私の“友人”になったんだ。そんなことはしない」
ありすは、スタッフの男の肩に手を置き、そんなことを言う。
「仕事に戻っていいぞ。あとは、私と天嶺で話すからな」
「はい……」
厨房にいる者たちに、緊張感が走る。
「もう一度だけ言う。試作品を寄越せ」
「嫌だね」
「そうか。それなら、仕方ない。試食コーナーにあるものを全てもらおう」
「ハァ?! 警察を呼ぶぞ!」
当然の怒り。だが、ありすは、たじろがない。
「警察? お前は、分かってないな。私に試食してもらえるという機会を逃そうとしているんだぞ? 白雪天嶺。それは、愚かな選択だ」
「なんなんだよお前は? 優れた批評家なのか? スイーツの専門家なのか? 違うだろ」
「私は、灰崎ありすだ。人を肩書きで見るのか? お前は」
「僕が、一番のパティシエだから、たかりに来たんじゃないのか?」
「天嶺の作品が美味かったから、食べに来た。それだけだ。美味いだけの菓子なんて、コンビニでもスーパーでも手に入る。しかし、パティスリーに来る、というのは“体験”だ。私は、それが欲しい。だが、お前は不遜で、愛想がなく、傲慢だ。別に、アイドルのようになれとは言わない。客に媚びへつらう必要もない。けれど、この私に試作品を与えないのは、お前の人生における“損失”だぞ」
「おい。傲慢なのは、どっちだよ?」
「私は、私であるだけだ。お前のは、怠慢だ」
信じ難いことだが、この台詞は無職が言っている。それなのに、何故か、微塵も揺らがない自信が溢れていた。
「私はな、美しいから、何もしなくていいんだ。本来はな。だが、こうして足を運んで来てやったんだ。感謝するといいぞ」
灰崎ありすは、女王である。
「私なら、お前の作品を十全に理解してやれる。それが、どういうことか分からないほど馬鹿じゃないだろう?」
美しい旋律も素晴らしい絵も美味なる菓子も、全てを献上されて然るべき存在だと、彼女は自身をそう思い、真実、それを叶えて生きているのだ。
「孤高の“一番”気取りはやめて、私の手を取れ、天嶺。この世で私だけが、お前の真の味方になれる人間だからな」
空間が、ありすの支配下になりつつある。
そこには、気まぐれに人を翻弄することも、理不尽な試練を降らすこともない、慈愛の女神のように微笑む灰崎ありすがいた。
ならば、灰崎ありすは? あの女はなんだ?
住居なし。職なし。何もないじゃないか。
白雪天嶺は、そう思う。
ろくでもない女。
生クリームを搾り、ケーキスポンジを彩りながら、内心悪態をついた。
「白雪さん」
「なんだ?」
「灰崎さんという方が、白雪さんに用があると言っています」
「ハァ……?」
噂をすれば影が差す? あの女、何しに来た?
「僕はいないと言え」
「それが…………」
「また来てやったぞ、天嶺」
スタッフの男の背中から、ひょこっと顔を出すありす。
「うわ…………」
思わず声が出た。
「試作品を寄越せ」
「その女、つまみ出せ」
「はは。彼は、私の“友人”になったんだ。そんなことはしない」
ありすは、スタッフの男の肩に手を置き、そんなことを言う。
「仕事に戻っていいぞ。あとは、私と天嶺で話すからな」
「はい……」
厨房にいる者たちに、緊張感が走る。
「もう一度だけ言う。試作品を寄越せ」
「嫌だね」
「そうか。それなら、仕方ない。試食コーナーにあるものを全てもらおう」
「ハァ?! 警察を呼ぶぞ!」
当然の怒り。だが、ありすは、たじろがない。
「警察? お前は、分かってないな。私に試食してもらえるという機会を逃そうとしているんだぞ? 白雪天嶺。それは、愚かな選択だ」
「なんなんだよお前は? 優れた批評家なのか? スイーツの専門家なのか? 違うだろ」
「私は、灰崎ありすだ。人を肩書きで見るのか? お前は」
「僕が、一番のパティシエだから、たかりに来たんじゃないのか?」
「天嶺の作品が美味かったから、食べに来た。それだけだ。美味いだけの菓子なんて、コンビニでもスーパーでも手に入る。しかし、パティスリーに来る、というのは“体験”だ。私は、それが欲しい。だが、お前は不遜で、愛想がなく、傲慢だ。別に、アイドルのようになれとは言わない。客に媚びへつらう必要もない。けれど、この私に試作品を与えないのは、お前の人生における“損失”だぞ」
「おい。傲慢なのは、どっちだよ?」
「私は、私であるだけだ。お前のは、怠慢だ」
信じ難いことだが、この台詞は無職が言っている。それなのに、何故か、微塵も揺らがない自信が溢れていた。
「私はな、美しいから、何もしなくていいんだ。本来はな。だが、こうして足を運んで来てやったんだ。感謝するといいぞ」
灰崎ありすは、女王である。
「私なら、お前の作品を十全に理解してやれる。それが、どういうことか分からないほど馬鹿じゃないだろう?」
美しい旋律も素晴らしい絵も美味なる菓子も、全てを献上されて然るべき存在だと、彼女は自身をそう思い、真実、それを叶えて生きているのだ。
「孤高の“一番”気取りはやめて、私の手を取れ、天嶺。この世で私だけが、お前の真の味方になれる人間だからな」
空間が、ありすの支配下になりつつある。
そこには、気まぐれに人を翻弄することも、理不尽な試練を降らすこともない、慈愛の女神のように微笑む灰崎ありすがいた。