創作企画「冥冥の澱」2

夢小説設定

本棚全体の夢小説設定
苗字
名前

 ああ、死神がやって来る。蝋燭の火を消しに。

「時光様」
「どうした?」
「何か、言伝ては?」
「家のもん、みぃんな集めてくれ……」
「かしこまりました」

 床についている男、狐ヶ崎時光は、もう起き上がれない。寿命が、すぐそこまで来ている。

「時光様」
「父上」
「お祖父様」
「時光殿」

 妻子や孫たちが、時光の周りに集まった。

「お前さんたち、自由に生きろ。おれは、そうした。狐ヶ崎の力は、そういうもんのための力だ。分かったな?」

 皆が、返事をする。

「畳の上で死ねるたぁ、人殺しの呪い屋にしちゃあ、上等過ぎるな」

 狐ヶ崎時光は、永眠した。
 涙する妻。志を継ぐ決意をした長男と次男。慰め合う長女と次女。優しかった祖父を偲ぶ孫たち。

「コン」

 そこに、尾のない大きな化け狐が現れ、時光の骸を一呑みした。呆気に取られる家族たちを残し、神狐は陽炎のように消える。
 ずっと前から、狐ヶ崎時光は、神狐のものだったからだ。狐ケ崎の柳の木の下で、時光が全てを差し出したのだから。肉も骨も魂も、全てが神狐のものである。
 時光が神狐に与えたものは、自分の持つ全てと、たったひとつの名前。「月影」という、美しい名を、時光が付けた。
 それをよすがに、神狐は狐ヶ崎を守護し続けることを誓う。
 神の寵愛を一身に受けていた男は、今は腹の中。
 名実ともに、全てを頂戴した月影は、満足して鳴いた。

「コーン!」

 しかし、僅かな寂しさがある。世界から色が失われたような心地。
 その名状し難い感情を、神狐はついぞ吐き出すことはなかった。

◆◆◆

 時は流れて。時代は令和。

「月影よう」
「なんだ?」
「いや、なに、こうしてふたりだけでいると、思い出すねぇ。柳の木の下で出会った時のことを」

 輪廻というものがあるのなら、その円環から、狐ヶ崎時光は外れている。永劫の死者。

「あの選択を悔いているか?」
「まさか。おれは、お前さんのお陰で幸せに生きられた。それで、御の字よ」

 時光の生は幸福なものだったし、死んでからも自我のある者としていられることは、僥倖だった。
 地続きの記憶。意識。魂。
 それに、近頃は、狐ヶ崎宵を通して、現を垣間見られる。
 こんなに愉快な死後が待ち受けていたとは。

「面白くなるところだったのによ。って死ぬ時に思ったんだ。でも、こうして続きがある。月影に全てを渡して正解だったな」
「……そうか」

 神狐、月影は、人の心がない。だが、時光のために、理解しようと努めている。永劫の神。
 優しくて、享楽的な、人殺し。狐ヶ崎時光の心は、どこまでも自由である。
42/66ページ
スキ