創作企画「冥冥の澱」2
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夜闇と共に、人喰いの鬼が人里に降りて来ては、暴虐の限りを尽くす土地。
そこに、狐ヶ崎家を筆頭にした討伐隊が集められた。
狐ヶ崎家当主の狐ヶ崎時光は、最前線で鬼たちと対峙する。
「喰らえ、神狐!」
出会い頭に右手を翳して、鬼を一呑み。
輩が鬼に喰われても、さして動揺せず、時光は進む。散策を楽しむように。
「貴様、名は?」
赤い角を持つ、鬼の頭領が訊く。
「おれは、狐ヶ崎の時光」
「その名、しかと覚えたぞ。貴様の骸は、残らぬ」
「へぇ。そりゃあいい。逃げ帰れたら、お前さんの一族郎党に伝えな。狐ヶ崎の陰陽師には勝てねぇってな。おれにかかれば、虎もころりと猫にならぁ」
無数の人と鬼の屍の中、時光と鬼の頭領だけが笑っていた。
月に叢雲。花に風。
弥生の空には、狐の鳴き声と鬼の雄叫び。
時光は、鬼を。鬼は、時光を。殺さんとして、牙を剥いた。
◆◆◆
200年の時が流れても、人と鬼の争いは続いている。
「晃平殿、今宵、鬼どもの根城に攻め入るのですね?」
「はい。我々は、多くを奪われました。全てを取り返しに参ります」
鬼の棲む山へ向かい、これを掃討せんとする。それが、当代の狐ヶ崎家の当主、狐ヶ崎晃平の宿星。
「しかし、当主自ら先陣を切らずとも……」
「私は、始祖、時光に倣います。当主が動かずして、士気が上がりますか?」
顔に大きな傷のある当主は、整然と言う。
「ですが……」
「妻子のことなら、なんの心配もありません。例え私がおらずとも、生きてゆけます」
「…………」
「では、支度を」
「はい」
仰々しい衣を身に纏い、儀式刀を携え、戦場へ赴く。
山は、人の領域ではない。魑魅魍魎が跋扈する、異形の巣窟。
「先鋒の日下部は、前へ。呪詛を唱える鍵野は、後ろへ。狐ヶ崎は散開し、ひとりが一体を相手取ります」
「承知いたしました」と、日下部の女。
「あい、分かった」と、鍵野の男。
「では、ご武運を」
晃平の指示に従い、輩は動き始めた。
「天狐」
『コン!』
「行きましょう」
鬼の根城の番兵は、日下部の太刀が斬り伏せる。物見櫓の鬼は、鍵野の呪いが体の裏表をひっくり返した。
「掛けまくも畏き稲成空狐よ。狐ケ崎の野原の柳の下に禊ぎ祓え給いし時に生り坐せる神狐等。諸々の禍事・罪・穢有らんをば祓え給い清め給えと白すこと聞こし召せと恐み恐み白す」
晃平は、祝詞を唱え、ひょい、と壁を飛び越える。内から門扉を開いた。
それが、異常を察知するための術を、鐘を鳴らすための一押し。鬼たちが溢れ出し、ぞろぞろとやって来る。
「人が、わざわざ喰われに来たか」
「天狐、喰らえ」
晃平は、右手を翳して、一番槍の鬼を呪殺した。
「狐ヶ崎か」
「伝えろ」
「狐ヶ崎が来た」
「おのれ……」
そこからは、乱戦になる。
最初に喰われたのは、日下部の者だった。太刀をへし折られ、喉笛を噛みちぎられ、死んだ。
狐ヶ崎の者は、一度に一体しか殺せない。そこを突かれて、殺された。
日下部や狐ヶ崎の護りを失くした鍵野の者から、引き裂かれていく。
多くの悲鳴と血煙が、この場を戦たらしめる。
月が陰り、花が散った。
日下部、狐ヶ崎、鍵野でまとまって動いている者たちだけが、無事でいる。それも、いずれは崩される。
晃平は善戦しているが、ひとりだけでは、戦況は覆らない。
そこに。更に、追い打ちをかけるように、一際大きな体躯の鬼が来た。
「狐ヶ崎が、殺されに来たようだな。時光亡き後、神狐を使える者のいない落ちぶれた一族が。だが、時光には、片腕を奪われた借りがある。代わりに屠るぞ、矮小な子々孫々ども」
「おや、大口を叩きますね。天狐!」
「ふん。天狐など、敵ではないわ」
「コン」
尾のない大きな化け狐が、晃平の影から飛び出し、鬼を喰らおうとする。
「なに……!?」
「天狐と言いましたが、嘘ですよ。何故、陰陽師の言うことを信じたのですか?」
「貴様……」
嗤う狐顔。
実のところ、晃平に神狐は憑いていない。ただ、少し力を借り受けているだけ。
「狐ヶ崎晃平。あなた方を葬る者の名です」
「ふ、はははははははは! いいだろう。では、全力で貴様を殺そう」
「狐ヶ崎晃平、参る!」
「時光と殺し合ったのも、弥生の空の下だったな」
無為な言の葉を吐いた。鬼の頭領は、巨躯を以て、晃平を殴打しようとする。
「月影様、お頼み白す!」
「コン」
晃平を庇い、大狐が鬼の腕を噛み、止めた。
「日下部!」
「はい!」
太刀を構えた女が、鬼の肩口を斬ろうとする。しかし、骨を断てない。
「鍵野!」
「掛けまくも畏き稲成空狐よ! 狐ケ崎の野原の柳の下に禊ぎ祓え給いし時に生り坐せる神狐等! 諸々の禍事・罪・穢をば与え給えと白すこと聞こし召せと恐み恐み白す!」
男は、呪詛を唱えた。それは、日下部が与えた傷口に侵入し、骨を粉々にする。
「う、おぉおおおぉお!」
鬼に残された腕が、落ちた。
「月影様!」
「コン」
神狐が鬼の首を喰らうまでの刹那、鬼は自身の腕を蹴り飛ばして、晃平に向かわせた。
鬼の頭領の首が飛ぶ。晃平の腹に、腕が刺さって大穴が空く。
「晃平殿!」
「相討ち、か……命ある者は逃げなさい……」
「者共、撤退だ!」
「殿は日下部が務めます!」
鬼と晃平は、同時に倒れた。
狐ヶ崎晃平が最期に見たのは、美しい月と星。
「コン」
弥生の空には、狐の鳴き声。
そして、静寂が訪れた。
そこに、狐ヶ崎家を筆頭にした討伐隊が集められた。
狐ヶ崎家当主の狐ヶ崎時光は、最前線で鬼たちと対峙する。
「喰らえ、神狐!」
出会い頭に右手を翳して、鬼を一呑み。
輩が鬼に喰われても、さして動揺せず、時光は進む。散策を楽しむように。
「貴様、名は?」
赤い角を持つ、鬼の頭領が訊く。
「おれは、狐ヶ崎の時光」
「その名、しかと覚えたぞ。貴様の骸は、残らぬ」
「へぇ。そりゃあいい。逃げ帰れたら、お前さんの一族郎党に伝えな。狐ヶ崎の陰陽師には勝てねぇってな。おれにかかれば、虎もころりと猫にならぁ」
無数の人と鬼の屍の中、時光と鬼の頭領だけが笑っていた。
月に叢雲。花に風。
弥生の空には、狐の鳴き声と鬼の雄叫び。
時光は、鬼を。鬼は、時光を。殺さんとして、牙を剥いた。
◆◆◆
200年の時が流れても、人と鬼の争いは続いている。
「晃平殿、今宵、鬼どもの根城に攻め入るのですね?」
「はい。我々は、多くを奪われました。全てを取り返しに参ります」
鬼の棲む山へ向かい、これを掃討せんとする。それが、当代の狐ヶ崎家の当主、狐ヶ崎晃平の宿星。
「しかし、当主自ら先陣を切らずとも……」
「私は、始祖、時光に倣います。当主が動かずして、士気が上がりますか?」
顔に大きな傷のある当主は、整然と言う。
「ですが……」
「妻子のことなら、なんの心配もありません。例え私がおらずとも、生きてゆけます」
「…………」
「では、支度を」
「はい」
仰々しい衣を身に纏い、儀式刀を携え、戦場へ赴く。
山は、人の領域ではない。魑魅魍魎が跋扈する、異形の巣窟。
「先鋒の日下部は、前へ。呪詛を唱える鍵野は、後ろへ。狐ヶ崎は散開し、ひとりが一体を相手取ります」
「承知いたしました」と、日下部の女。
「あい、分かった」と、鍵野の男。
「では、ご武運を」
晃平の指示に従い、輩は動き始めた。
「天狐」
『コン!』
「行きましょう」
鬼の根城の番兵は、日下部の太刀が斬り伏せる。物見櫓の鬼は、鍵野の呪いが体の裏表をひっくり返した。
「掛けまくも畏き稲成空狐よ。狐ケ崎の野原の柳の下に禊ぎ祓え給いし時に生り坐せる神狐等。諸々の禍事・罪・穢有らんをば祓え給い清め給えと白すこと聞こし召せと恐み恐み白す」
晃平は、祝詞を唱え、ひょい、と壁を飛び越える。内から門扉を開いた。
それが、異常を察知するための術を、鐘を鳴らすための一押し。鬼たちが溢れ出し、ぞろぞろとやって来る。
「人が、わざわざ喰われに来たか」
「天狐、喰らえ」
晃平は、右手を翳して、一番槍の鬼を呪殺した。
「狐ヶ崎か」
「伝えろ」
「狐ヶ崎が来た」
「おのれ……」
そこからは、乱戦になる。
最初に喰われたのは、日下部の者だった。太刀をへし折られ、喉笛を噛みちぎられ、死んだ。
狐ヶ崎の者は、一度に一体しか殺せない。そこを突かれて、殺された。
日下部や狐ヶ崎の護りを失くした鍵野の者から、引き裂かれていく。
多くの悲鳴と血煙が、この場を戦たらしめる。
月が陰り、花が散った。
日下部、狐ヶ崎、鍵野でまとまって動いている者たちだけが、無事でいる。それも、いずれは崩される。
晃平は善戦しているが、ひとりだけでは、戦況は覆らない。
そこに。更に、追い打ちをかけるように、一際大きな体躯の鬼が来た。
「狐ヶ崎が、殺されに来たようだな。時光亡き後、神狐を使える者のいない落ちぶれた一族が。だが、時光には、片腕を奪われた借りがある。代わりに屠るぞ、矮小な子々孫々ども」
「おや、大口を叩きますね。天狐!」
「ふん。天狐など、敵ではないわ」
「コン」
尾のない大きな化け狐が、晃平の影から飛び出し、鬼を喰らおうとする。
「なに……!?」
「天狐と言いましたが、嘘ですよ。何故、陰陽師の言うことを信じたのですか?」
「貴様……」
嗤う狐顔。
実のところ、晃平に神狐は憑いていない。ただ、少し力を借り受けているだけ。
「狐ヶ崎晃平。あなた方を葬る者の名です」
「ふ、はははははははは! いいだろう。では、全力で貴様を殺そう」
「狐ヶ崎晃平、参る!」
「時光と殺し合ったのも、弥生の空の下だったな」
無為な言の葉を吐いた。鬼の頭領は、巨躯を以て、晃平を殴打しようとする。
「月影様、お頼み白す!」
「コン」
晃平を庇い、大狐が鬼の腕を噛み、止めた。
「日下部!」
「はい!」
太刀を構えた女が、鬼の肩口を斬ろうとする。しかし、骨を断てない。
「鍵野!」
「掛けまくも畏き稲成空狐よ! 狐ケ崎の野原の柳の下に禊ぎ祓え給いし時に生り坐せる神狐等! 諸々の禍事・罪・穢をば与え給えと白すこと聞こし召せと恐み恐み白す!」
男は、呪詛を唱えた。それは、日下部が与えた傷口に侵入し、骨を粉々にする。
「う、おぉおおおぉお!」
鬼に残された腕が、落ちた。
「月影様!」
「コン」
神狐が鬼の首を喰らうまでの刹那、鬼は自身の腕を蹴り飛ばして、晃平に向かわせた。
鬼の頭領の首が飛ぶ。晃平の腹に、腕が刺さって大穴が空く。
「晃平殿!」
「相討ち、か……命ある者は逃げなさい……」
「者共、撤退だ!」
「殿は日下部が務めます!」
鬼と晃平は、同時に倒れた。
狐ヶ崎晃平が最期に見たのは、美しい月と星。
「コン」
弥生の空には、狐の鳴き声。
そして、静寂が訪れた。