創作企画「冥冥の澱」2
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
朝、お父様に呼び出された。
「宵、狐ヶ崎へ行くぞ」
「え? 静岡のですか?」
「そうだ。狐憑きの儀式をする」
「なんですか、それ?」
「代々、嫡男のみが行い、伏してきたが……本当は、狐ヶ崎の者なら、誰でも出来ることだ……」
父、狐ヶ崎照雄は語る。かつて、狐ヶ崎家が血で血を洗う内部分裂を起こしたこと。兄弟姉妹で、当主の座を奪い合い、苛烈な呪いをぶつけ合ったこと。その後、当代の長は、狐ヶ崎の当主になれるのは嫡男のみ。狐憑きになれるのも、同じく。そういう取り決めをしたのだそうだ。
「つまり、儀式をすれば、私にも狐が憑く、と?」
「ああ」
「ちょっと待ってください。“今の私”が判断してもいいことなんですか?」
「お前は、何も変わっていない。心根はな。記憶がないくらいで、怖じ気付くな」
そう言われても。
「聞き捨てなりませんね」
ぱし、と襖が開けられ、母が入って来た。
「記憶とは、個人の体験の蓄積です。宵さんは、それがないのですよ? それを、あなたは、記憶がないくらいで? 怖じ気付くな?」
「花……それは、その……」
「その儀式とやら、記憶が戻るまで待つべきです」
お母様は、強く主張する。
「本人の考えを聞こう……」
「私は…………」
どうしよう。狐憑きに、なる? それが、どういうことなのか、よく分からない。
「狐が憑くと、どうなるんですか?」
「人間風情なら、一瞬で殺せる。澱みも、強くなければ一呑み出来る。狐は、憑いた者に逆らうことはない」
「人を殺せることが、強みだと思ってらっしゃるの?」
「花…………」
「私は、狐が好きです。友達になれるのなら、なります」
「……そうか。花、宵はやるそうだが」
「宵さんの意思を尊重します」
かくして、私は、狐ヶ崎へ向かうことになった。
◆◆◆
夜半。静岡県。狐ヶ崎神社にて。
「掛けまくも畏き稲成空狐よ。狐ケ崎の野原の柳の下に禊ぎ祓え給いし時に生り坐せる神狐等。諸々の禍事・罪・穢有らんをば祓え給い清め給えと白すこと聞こし召せと恐み恐み白す」
父に教わった通り、祝詞を唱える。
「狐ヶ崎宵。狐をお供にするため、罷り越しました」
『コン!』
私の足元に、どこからか一匹の狐が来た。
尾のない狐。何故か、付き添いの父が、絶句している。
「あなたは?」
『月影』
「月影さん。よろしくお願いします」
『狐ヶ崎宵、全てを返す。これからは、神狐憑きが、汝れの役に立つであろう』
「ありがとうございます……」と、一礼。
『コン!』
狐は、霞みのように消えた。
「宵、お前、なんともないのか?」
「え? はい。ただ、全部思い出したんですが……時光さんと月影さんに会う約束をしていたんですよ。でも、時光さんは現れませんでしたね」
「神狐が憑いた…………?」
「いえ、違うと思います。憑いたのは、時光さんです」
「同じようなものだろう!」
「全然違いますよ。時光さんは、凄く……優しい人で…………」
人殺しで、どうしようもなく欲深く、生き汚いけど、全てを神狐に差し出した人。
「ああ、私とおんなじ」
後々、狐ヶ崎家は、狐憑きの儀式を望む者には、させる方針になった。
そして。私の夢には、時折、狐ヶ崎時光が出てくるようになる。
「よう、宵」
「時光さん。どうして、私に憑いたんですか?」
「いやぁ、ほんとはよ、月影を憑けてやろうとしたんだが、ごねるからよう。おれで我慢しとけ」
「いえ、とても嬉しいですが…………」
時光さんは、笑っている。
「動作ひとつで呪殺は無理だが、ふたつなら、何とかしてやらぁ」
「ふたつ……」
「お前さんを通して、おれは少ぉし現を楽しめるって寸法よ。お? 朝が来たぞ、宵。そんじゃあ、またな」
いつもの布団。いつもの部屋。いつもと、少し違う朝。
行かなきゃ。あなたに会いに。
◆◆◆
「コンにちはぁ」
『宵くん』
陽一さんがドアを開けるなり、抱き付いた。
「思い出したんです! 全部!」
「よ、よかったぁ…………」
少し泣いてしまった、あなた。あなたのことを、愛してます。
「コンコン!」と、両手で手遊びの狐を作り、私は満面の笑みを浮かべた。
「宵、狐ヶ崎へ行くぞ」
「え? 静岡のですか?」
「そうだ。狐憑きの儀式をする」
「なんですか、それ?」
「代々、嫡男のみが行い、伏してきたが……本当は、狐ヶ崎の者なら、誰でも出来ることだ……」
父、狐ヶ崎照雄は語る。かつて、狐ヶ崎家が血で血を洗う内部分裂を起こしたこと。兄弟姉妹で、当主の座を奪い合い、苛烈な呪いをぶつけ合ったこと。その後、当代の長は、狐ヶ崎の当主になれるのは嫡男のみ。狐憑きになれるのも、同じく。そういう取り決めをしたのだそうだ。
「つまり、儀式をすれば、私にも狐が憑く、と?」
「ああ」
「ちょっと待ってください。“今の私”が判断してもいいことなんですか?」
「お前は、何も変わっていない。心根はな。記憶がないくらいで、怖じ気付くな」
そう言われても。
「聞き捨てなりませんね」
ぱし、と襖が開けられ、母が入って来た。
「記憶とは、個人の体験の蓄積です。宵さんは、それがないのですよ? それを、あなたは、記憶がないくらいで? 怖じ気付くな?」
「花……それは、その……」
「その儀式とやら、記憶が戻るまで待つべきです」
お母様は、強く主張する。
「本人の考えを聞こう……」
「私は…………」
どうしよう。狐憑きに、なる? それが、どういうことなのか、よく分からない。
「狐が憑くと、どうなるんですか?」
「人間風情なら、一瞬で殺せる。澱みも、強くなければ一呑み出来る。狐は、憑いた者に逆らうことはない」
「人を殺せることが、強みだと思ってらっしゃるの?」
「花…………」
「私は、狐が好きです。友達になれるのなら、なります」
「……そうか。花、宵はやるそうだが」
「宵さんの意思を尊重します」
かくして、私は、狐ヶ崎へ向かうことになった。
◆◆◆
夜半。静岡県。狐ヶ崎神社にて。
「掛けまくも畏き稲成空狐よ。狐ケ崎の野原の柳の下に禊ぎ祓え給いし時に生り坐せる神狐等。諸々の禍事・罪・穢有らんをば祓え給い清め給えと白すこと聞こし召せと恐み恐み白す」
父に教わった通り、祝詞を唱える。
「狐ヶ崎宵。狐をお供にするため、罷り越しました」
『コン!』
私の足元に、どこからか一匹の狐が来た。
尾のない狐。何故か、付き添いの父が、絶句している。
「あなたは?」
『月影』
「月影さん。よろしくお願いします」
『狐ヶ崎宵、全てを返す。これからは、神狐憑きが、汝れの役に立つであろう』
「ありがとうございます……」と、一礼。
『コン!』
狐は、霞みのように消えた。
「宵、お前、なんともないのか?」
「え? はい。ただ、全部思い出したんですが……時光さんと月影さんに会う約束をしていたんですよ。でも、時光さんは現れませんでしたね」
「神狐が憑いた…………?」
「いえ、違うと思います。憑いたのは、時光さんです」
「同じようなものだろう!」
「全然違いますよ。時光さんは、凄く……優しい人で…………」
人殺しで、どうしようもなく欲深く、生き汚いけど、全てを神狐に差し出した人。
「ああ、私とおんなじ」
後々、狐ヶ崎家は、狐憑きの儀式を望む者には、させる方針になった。
そして。私の夢には、時折、狐ヶ崎時光が出てくるようになる。
「よう、宵」
「時光さん。どうして、私に憑いたんですか?」
「いやぁ、ほんとはよ、月影を憑けてやろうとしたんだが、ごねるからよう。おれで我慢しとけ」
「いえ、とても嬉しいですが…………」
時光さんは、笑っている。
「動作ひとつで呪殺は無理だが、ふたつなら、何とかしてやらぁ」
「ふたつ……」
「お前さんを通して、おれは少ぉし現を楽しめるって寸法よ。お? 朝が来たぞ、宵。そんじゃあ、またな」
いつもの布団。いつもの部屋。いつもと、少し違う朝。
行かなきゃ。あなたに会いに。
◆◆◆
「コンにちはぁ」
『宵くん』
陽一さんがドアを開けるなり、抱き付いた。
「思い出したんです! 全部!」
「よ、よかったぁ…………」
少し泣いてしまった、あなた。あなたのことを、愛してます。
「コンコン!」と、両手で手遊びの狐を作り、私は満面の笑みを浮かべた。