創作企画「冥冥の澱」
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技術の進歩は、目覚ましい。
右腕と右脚を失った男は、考える。
筋電義手・義足になった狐ヶ崎明は、以前ほどではないが、思うように手足を動かせることに感謝した。
「明さん、書類です。お願いします」
「ああ。ありがとう、彩蔵」
「はい……」
部下の文彩蔵が、よく微笑むようになったことに気付く。
前は、一瞥も与えなかったのに。今は、彩蔵の顔を見るようになった。それに、礼も言うようになった。
明は、情をほとんど持ち合わせない人間だったのだが、近頃は、様々なものに敬愛のような感情を抱いている。
父のトロフィーだと思っていた母、狐ヶ崎花。出来損ないだと軽んじていた弟、狐ヶ崎宵。狐ヶ崎を構成する歯車に過ぎないと見下していた、女中たち。都合のいい肉人形としか考えていなかった、複数の女。狐ヶ崎を否定した劣等の分派である、鍵野の陰陽師。いずれ自分の所有物になると見ていた、許嫁。自分に尽くすことが当然だとしていた、部下であり、討伐の際の相方である、文彩蔵。
皆が、魂を持ち、心を持ち、血の通った人間に思える。
ひとりきりで生きていると思っていた世界が、全く別の姿を見せた。それはなんだか、優しい景色で、明が今までいた世界とは、全く別のもののよう。
狐ヶ崎明のいた世界は、権謀術数渦巻く恐ろしいところだった。食うか、食われるかの勝負。幼い頃から、明の世界は、弱肉強食で。強くなければ、生き残れない世界だった。
強くならなければ。そう考えて、努力を重ねた。そうしているうちに、明は、大半の情を失っていく。
そこは、ひとりぼっちの砂漠。容赦なく照り付ける太陽の下。水は一滴もない。
ひとりきりだから、当然、明の叫びは誰にも聴こえなかった。
◆◆◆
仕事帰りに、病院へ行く。
「宵」
病室のベッドの上の、意識のない弟に、話しかける。
「早く起きろ」
話すことがある。まだ、整理がつかないが。言わなくてはならないことがある。
「お前は、何になりたいんだ?」
狐ヶ崎の次男ではなく。家のための駒ではなく。お前は、何になりたい?
俺は、なりたいものなんて持てなかった。揺りかごから、墓場まで決まっていたから。
「自由を手に入れた後、どうするつもりなんだ?」
俺には、何もない。お前には、あるのか?
返事はない。
「馬鹿な奴だよ、お前は。自由なんて、途方もなくて、人の身に余るものを欲しがって。全て決められ、お膳立てされていても、こんなに上手くいかないというのに」
右腕と右脚を失った男は、考える。
筋電義手・義足になった狐ヶ崎明は、以前ほどではないが、思うように手足を動かせることに感謝した。
「明さん、書類です。お願いします」
「ああ。ありがとう、彩蔵」
「はい……」
部下の文彩蔵が、よく微笑むようになったことに気付く。
前は、一瞥も与えなかったのに。今は、彩蔵の顔を見るようになった。それに、礼も言うようになった。
明は、情をほとんど持ち合わせない人間だったのだが、近頃は、様々なものに敬愛のような感情を抱いている。
父のトロフィーだと思っていた母、狐ヶ崎花。出来損ないだと軽んじていた弟、狐ヶ崎宵。狐ヶ崎を構成する歯車に過ぎないと見下していた、女中たち。都合のいい肉人形としか考えていなかった、複数の女。狐ヶ崎を否定した劣等の分派である、鍵野の陰陽師。いずれ自分の所有物になると見ていた、許嫁。自分に尽くすことが当然だとしていた、部下であり、討伐の際の相方である、文彩蔵。
皆が、魂を持ち、心を持ち、血の通った人間に思える。
ひとりきりで生きていると思っていた世界が、全く別の姿を見せた。それはなんだか、優しい景色で、明が今までいた世界とは、全く別のもののよう。
狐ヶ崎明のいた世界は、権謀術数渦巻く恐ろしいところだった。食うか、食われるかの勝負。幼い頃から、明の世界は、弱肉強食で。強くなければ、生き残れない世界だった。
強くならなければ。そう考えて、努力を重ねた。そうしているうちに、明は、大半の情を失っていく。
そこは、ひとりぼっちの砂漠。容赦なく照り付ける太陽の下。水は一滴もない。
ひとりきりだから、当然、明の叫びは誰にも聴こえなかった。
◆◆◆
仕事帰りに、病院へ行く。
「宵」
病室のベッドの上の、意識のない弟に、話しかける。
「早く起きろ」
話すことがある。まだ、整理がつかないが。言わなくてはならないことがある。
「お前は、何になりたいんだ?」
狐ヶ崎の次男ではなく。家のための駒ではなく。お前は、何になりたい?
俺は、なりたいものなんて持てなかった。揺りかごから、墓場まで決まっていたから。
「自由を手に入れた後、どうするつもりなんだ?」
俺には、何もない。お前には、あるのか?
返事はない。
「馬鹿な奴だよ、お前は。自由なんて、途方もなくて、人の身に余るものを欲しがって。全て決められ、お膳立てされていても、こんなに上手くいかないというのに」