創作企画「冥冥の澱」
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朝起きて、身支度をする。鏡に映る自分は、他人のよう。
メッセージアプリの履歴を見たり、画像フォルダを見たり、陽一さんから思い出話を聞いたりしたけど、私の記憶は戻らない。
私は最早、“狐ヶ崎宵”じゃないのかもしれなかった。そんな私に、家族や、陽一さんや、友人たちは優しくしてくれている。
「宵」
「お兄様、おはようございます」
「……おはよう。記憶は?」
「戻りません……」
「そうか。俺は、正直、お前の記憶が戻らなければいいと思っている」
「どうしてですか?」
「俺は、お前に、なんの情も感じていなかった。今みたいに、話すこともなかった。そのことを思い出したら、お前は俺を憎むだろう。それが、俺は…………」
お兄様は、言葉を濁した。私のせいで、右腕は義手に、右脚は義足になった、お兄様。あなたの方こそ、私を憎んでいるのでは?
「お兄様が、以前とは変わったのなら、私はきっとあなたを憎みませんよ。人はいつでも、何度でも変われると思います」
「……そうか。早く戻るといいな、記憶が」
「はい。ありがとうございます」
その後、朝食の時間。
「宵さん、おはようございます。今朝は?」
「おはようございます、お母様。記憶は戻りませんが、元気です」
「そうですか。今日の予定は?」
「陽一さんのお家へ行きます」
「そう。そうね、それがいいわ」
「はい」
家族揃って、朝食を摂る。今日は、ぶり大根と、油揚げの味噌汁と、きゅうりとにんじんの浅漬けと、白米。
「瀬川さん。今日も、お料理、美味しいです」
「お口に合ったのなら、幸いですわ」
瀬川さんは、一礼する。
「瀬川さん、今夜は、私が料理をします」
「かしこまりました、花様」
「花…………」
「なにか? 照雄さん」
「いや、なんでもない……」
私が思うに、この家は、お母様が一番強い。家長であり、狐ヶ崎家の当主であるお父様は、母に頭が上がらない。
両親と次期当主のお兄様は、弟である私を気遣ってくれているし、お手伝いさんたちも、私に優しい。
暖かい家庭。私は、それを愛しく想う。
◆◆◆
「こんにちは、宵です」
『宵くん、いらっしゃい』
ドアが開けられる。
「どうぞ、入って」
「お邪魔します」
入ってすぐに浴室らしき部屋? しきりのないところに流し台? 同じ部屋に洗濯機? 不思議なお家。
「こちら、お土産の木苺チョコレートケーキです」
「わぁー。ありが……ねぇ、これ、ヴァローナのでしょ……?!」
「はい。美味しかったので、陽一さんにも食べていただきたく」
「高いやつ……また高いやつ……?」
また?
「いえ、一万円しないくらいです」
「高いよ! 絶対9500円くらいでしょ!」
「はい」
「もう! ほんとに、宵くんは、宵くんなんだから!」
「なんですか? それ」
面白い人。私は、笑ってしまった。
私は、今でも“狐ヶ崎宵”ですか? 前みたいに笑えていますか?
あなたの隣にいてもいいですか?
メッセージアプリの履歴を見たり、画像フォルダを見たり、陽一さんから思い出話を聞いたりしたけど、私の記憶は戻らない。
私は最早、“狐ヶ崎宵”じゃないのかもしれなかった。そんな私に、家族や、陽一さんや、友人たちは優しくしてくれている。
「宵」
「お兄様、おはようございます」
「……おはよう。記憶は?」
「戻りません……」
「そうか。俺は、正直、お前の記憶が戻らなければいいと思っている」
「どうしてですか?」
「俺は、お前に、なんの情も感じていなかった。今みたいに、話すこともなかった。そのことを思い出したら、お前は俺を憎むだろう。それが、俺は…………」
お兄様は、言葉を濁した。私のせいで、右腕は義手に、右脚は義足になった、お兄様。あなたの方こそ、私を憎んでいるのでは?
「お兄様が、以前とは変わったのなら、私はきっとあなたを憎みませんよ。人はいつでも、何度でも変われると思います」
「……そうか。早く戻るといいな、記憶が」
「はい。ありがとうございます」
その後、朝食の時間。
「宵さん、おはようございます。今朝は?」
「おはようございます、お母様。記憶は戻りませんが、元気です」
「そうですか。今日の予定は?」
「陽一さんのお家へ行きます」
「そう。そうね、それがいいわ」
「はい」
家族揃って、朝食を摂る。今日は、ぶり大根と、油揚げの味噌汁と、きゅうりとにんじんの浅漬けと、白米。
「瀬川さん。今日も、お料理、美味しいです」
「お口に合ったのなら、幸いですわ」
瀬川さんは、一礼する。
「瀬川さん、今夜は、私が料理をします」
「かしこまりました、花様」
「花…………」
「なにか? 照雄さん」
「いや、なんでもない……」
私が思うに、この家は、お母様が一番強い。家長であり、狐ヶ崎家の当主であるお父様は、母に頭が上がらない。
両親と次期当主のお兄様は、弟である私を気遣ってくれているし、お手伝いさんたちも、私に優しい。
暖かい家庭。私は、それを愛しく想う。
◆◆◆
「こんにちは、宵です」
『宵くん、いらっしゃい』
ドアが開けられる。
「どうぞ、入って」
「お邪魔します」
入ってすぐに浴室らしき部屋? しきりのないところに流し台? 同じ部屋に洗濯機? 不思議なお家。
「こちら、お土産の木苺チョコレートケーキです」
「わぁー。ありが……ねぇ、これ、ヴァローナのでしょ……?!」
「はい。美味しかったので、陽一さんにも食べていただきたく」
「高いやつ……また高いやつ……?」
また?
「いえ、一万円しないくらいです」
「高いよ! 絶対9500円くらいでしょ!」
「はい」
「もう! ほんとに、宵くんは、宵くんなんだから!」
「なんですか? それ」
面白い人。私は、笑ってしまった。
私は、今でも“狐ヶ崎宵”ですか? 前みたいに笑えていますか?
あなたの隣にいてもいいですか?