創作企画「冥冥の澱」
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1月7日。夕飯は、七草粥だった。
今夜は、とても、月が綺麗。
満月の夜。今夜、私は、儀式を行う。
墨で、心臓の上にまじないの文言を記す。そして、唱える。
「掛けまくも畏き稲成空狐よ。狐ケ崎の野原の柳の下に馳せ参じ給いし我の元。降臨せんことを恐み恐み白す」
「コン」
「え?」
狐の鳴き声がしたと思ったら、私は、いつの間にか部屋の外にいた。いや、部屋の外、どころではない。見覚えのないところ。夜風に吹かれる、柳の木の下だ。
月夜に、ひとり、取り残されたよう。
「時光の子孫か」
いつの間にか、尾のない狐が横にいた。
「狐ヶ崎宵と申します。あなたは、神狐、稲成空狐ですか?」
「左様。汝れの目的は?」
抑揚のない声で、神狐は問う。
「あなたの力を、お借りしたいです」
「そうか。それで、汝れは何を寄越す?」
「……私は、何も持っておりません。だから、あなたに頼んでいるのです」
「片腹痛い。時光は、持つもの全てを我に差し出したぞ」
「私の持ちものは、この身と、この心と、記憶だけです」
「ならば、その全てを渡せ」
「全て、ですか………」
「汝れは、生半可な覚悟で来たのか?」
「いいえ。私は、狐ヶ崎を終わらせに参りました」
「終わらせる? 我と汝れたちの縁を?」
「もう、必要ないのです。人だけの力で、私たちは生きていけます。とても長い間、お世話になりましたが、もう、おしまいにしましょう」
「ならぬ」
言うなり、神狐の体が大きくなった。私の10倍くらい大きな狐が、こちらを睨む。
「ならぬな。宵、汝れの魂を喰らうぞ」
「わ、私は、私の家を、変えたいのです! あのような、人をすり潰す家は————」
最後に見えたのは、大口を開ける神狐だった。
◆◆◆
あれ? ここはどこ? 真っ暗闇の中。
私は。私は、何か、大切なことを忘れているような?
「なんだぁ? お前さん、どっから入った?」
目の前に、着物の男の人。いつの間に。狐火が、ふたりを囲んでいる。
「分かりません」
「お前さん、名前は?」
「私、私は…………」
誰?
「分かりません」
「おれは、狐ヶ崎時光。しがない呪い屋だ」
「呪い?」
「人殺しだよ、おれは」
「人殺し…………」
「安心しろ。お前さんは殺さねぇよ。なんだか、おれと似てるしな。そもそも殺せねぇが」
似てる? 私、どんな顔だっけ?
「あの、私のこと、どう見えていますか?」
「狐みてぇな顔の男。おれとおんなじ。あと、長い黒髪を結ってるな。おれとおんなじ。白い着物なのも、おんなじ。死人の証だな」
「私、死んだんですか?」
「でなきゃ、こんなとこ来ねぇよ」
時光さんは、からからと笑った。
「私は、ここにいてはいけない気がします」
だって大切なことが。あったはず。思い出そうとすると、頭がくらくらした。
「そうかい? 慣れると、存外悪くねぇが」
「私には、するべきことがあったと思うんです」
「へぇ。それじゃあ、暇だからよ、お前さんが出られないか試してみようか」
「よろしくお願いします」
「気にすんなよ! 久し振りに人と話せて楽しいんだからなぁ!」
けらけら。笑う顔は、狐みたい。
「そうそう、なんだか知らねぇがよ。あっちに光るものがあってな。一緒に見に行こうか」
「はい」
時光さんは、この暗闇の中を、ある程度把握しているらしい。
ふたりで並んで歩く。
私は、この暗闇が好きになれそうにない。
「怖いのか?」
「私…………」
両手が震えている。
「仕方ねぇなぁ」
時光さんは、手を繋いでくれた。
「入れたんなら、出られる。そういうもんさ」
「はい…………」
優しい人だと感じる。でも、人殺し。優しい人殺し?
しばらく、歩いた。ふたりで、話しながら。
「名前がねぇと不便だなぁ」
「そうですね」
「おれが付けてやろうか? 本当はタダじゃあ、しねぇんだが」
「お願いします」
「夜!」
「嫌です」
「なんだと!」
自分でもびっくりするくらい、抵抗がある。
「んじゃあ、昼?」
「テキトー過ぎませんか?」
「日……太陽……陽……?」
「それがいいです」
「陽、な。流石、おれ。冴えてるな」
調子に乗ってる時光さん。狐みたいに、笑ってる。
「ほら、見ろよ、陽。なんだろうなぁ? あれ」
「あれは……?」
きらきらと光っている。
「もっと近付こう」
「はい」
手を繋いだまま、ふたりは進む。
今夜は、とても、月が綺麗。
満月の夜。今夜、私は、儀式を行う。
墨で、心臓の上にまじないの文言を記す。そして、唱える。
「掛けまくも畏き稲成空狐よ。狐ケ崎の野原の柳の下に馳せ参じ給いし我の元。降臨せんことを恐み恐み白す」
「コン」
「え?」
狐の鳴き声がしたと思ったら、私は、いつの間にか部屋の外にいた。いや、部屋の外、どころではない。見覚えのないところ。夜風に吹かれる、柳の木の下だ。
月夜に、ひとり、取り残されたよう。
「時光の子孫か」
いつの間にか、尾のない狐が横にいた。
「狐ヶ崎宵と申します。あなたは、神狐、稲成空狐ですか?」
「左様。汝れの目的は?」
抑揚のない声で、神狐は問う。
「あなたの力を、お借りしたいです」
「そうか。それで、汝れは何を寄越す?」
「……私は、何も持っておりません。だから、あなたに頼んでいるのです」
「片腹痛い。時光は、持つもの全てを我に差し出したぞ」
「私の持ちものは、この身と、この心と、記憶だけです」
「ならば、その全てを渡せ」
「全て、ですか………」
「汝れは、生半可な覚悟で来たのか?」
「いいえ。私は、狐ヶ崎を終わらせに参りました」
「終わらせる? 我と汝れたちの縁を?」
「もう、必要ないのです。人だけの力で、私たちは生きていけます。とても長い間、お世話になりましたが、もう、おしまいにしましょう」
「ならぬ」
言うなり、神狐の体が大きくなった。私の10倍くらい大きな狐が、こちらを睨む。
「ならぬな。宵、汝れの魂を喰らうぞ」
「わ、私は、私の家を、変えたいのです! あのような、人をすり潰す家は————」
最後に見えたのは、大口を開ける神狐だった。
◆◆◆
あれ? ここはどこ? 真っ暗闇の中。
私は。私は、何か、大切なことを忘れているような?
「なんだぁ? お前さん、どっから入った?」
目の前に、着物の男の人。いつの間に。狐火が、ふたりを囲んでいる。
「分かりません」
「お前さん、名前は?」
「私、私は…………」
誰?
「分かりません」
「おれは、狐ヶ崎時光。しがない呪い屋だ」
「呪い?」
「人殺しだよ、おれは」
「人殺し…………」
「安心しろ。お前さんは殺さねぇよ。なんだか、おれと似てるしな。そもそも殺せねぇが」
似てる? 私、どんな顔だっけ?
「あの、私のこと、どう見えていますか?」
「狐みてぇな顔の男。おれとおんなじ。あと、長い黒髪を結ってるな。おれとおんなじ。白い着物なのも、おんなじ。死人の証だな」
「私、死んだんですか?」
「でなきゃ、こんなとこ来ねぇよ」
時光さんは、からからと笑った。
「私は、ここにいてはいけない気がします」
だって大切なことが。あったはず。思い出そうとすると、頭がくらくらした。
「そうかい? 慣れると、存外悪くねぇが」
「私には、するべきことがあったと思うんです」
「へぇ。それじゃあ、暇だからよ、お前さんが出られないか試してみようか」
「よろしくお願いします」
「気にすんなよ! 久し振りに人と話せて楽しいんだからなぁ!」
けらけら。笑う顔は、狐みたい。
「そうそう、なんだか知らねぇがよ。あっちに光るものがあってな。一緒に見に行こうか」
「はい」
時光さんは、この暗闇の中を、ある程度把握しているらしい。
ふたりで並んで歩く。
私は、この暗闇が好きになれそうにない。
「怖いのか?」
「私…………」
両手が震えている。
「仕方ねぇなぁ」
時光さんは、手を繋いでくれた。
「入れたんなら、出られる。そういうもんさ」
「はい…………」
優しい人だと感じる。でも、人殺し。優しい人殺し?
しばらく、歩いた。ふたりで、話しながら。
「名前がねぇと不便だなぁ」
「そうですね」
「おれが付けてやろうか? 本当はタダじゃあ、しねぇんだが」
「お願いします」
「夜!」
「嫌です」
「なんだと!」
自分でもびっくりするくらい、抵抗がある。
「んじゃあ、昼?」
「テキトー過ぎませんか?」
「日……太陽……陽……?」
「それがいいです」
「陽、な。流石、おれ。冴えてるな」
調子に乗ってる時光さん。狐みたいに、笑ってる。
「ほら、見ろよ、陽。なんだろうなぁ? あれ」
「あれは……?」
きらきらと光っている。
「もっと近付こう」
「はい」
手を繋いだまま、ふたりは進む。