創作企画「冥冥の澱」
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時は、平安。斜陽の陰に、男がひとり。
木の根元にもたれかかり、ボロボロの着物だった布切れを纏う青年は、死を悟った。
空腹で、もう動けない。
この後、自分は、どこへ行くのだろう?
極楽浄土か? 地獄か?
可笑しいな。現し世こそ、地獄だ。誰にとっても、自分の存在など塵のようなもの。幽かな存在。
柳を背にして、青年は薄く笑う。
死に際、幻を見た。
尾のない狐が、「コン」と鳴く。
「狐か。おれは、狐ヶ崎の時光」
「コン」
「どうした? 腹でも空いたか? おれは、もうじき死ぬ。食いたければ、食え。いや、食うところなどないか。ならば、玉の緒をくれてやろう」
男は、狐に命を差し出した。それは、魂を差し出すに等しい行為。
稲成空狐は、その戯れを気に入った。
「汝れ、面白いことを言うな。我は、汝れを救ってやろう」
「はは。狐が喋りよる」
いよいよ死ぬか、と。男は思う。
「狐ヶ崎の時光よ、約定を結んでやろう。汝れの血が続く限り、繁栄を授ける」
「繁栄? それより、麦でも粟でもくれよ」
「急くな、時光。汝れの体、借りるぞ」
「好きにしろ。おれはもう、動けん」
狐は、時光の体の中、否、魂の座に座った。
そうすると、男の体には、みるみる精気が宿り、空腹でなくなるどころか、ボロボロの着物さえも綺麗になる。
「いい夢だ。気分がいい」
「現を楽しめ、時光」
「終わらない夢が現なら、そうする」
そうして、狐憑きになった男は、公家に拾われ、呪いを請け負う仕事をするようになった。
この土地の名は、狐ケ崎。後に、男の一族は、“狐ヶ崎”となる。
◆◆◆
時は、令和。薄暗い倉の中に、男がひとり。
狐ヶ崎宵は、家にまつわる古い書物を読んでいた。
知りたいことは、“狐ヶ崎”の始まり。その、三千年以上生きた神狐、稲成空狐の力を借り受ける方法。
しかし、その記述は見付からない。
やはり、氏神の稲成空狐を祀っている神社の倉に行くしかないか。しかし、あそこに入ることは、禁じられている。入れば、空狐の怒りを買う、とも。
「何か、方法を…………」
そこで、メッセージアプリの音が鳴った。
『宵さん、お料理を覚えたいのね』
『私の部屋の机の引き出しに、昔使っていたレシピノートがあります』
『よかったら、私の家の味を継いでほしいわ』
母、花からのメッセージ。少し前に、料理が作れるようになりたいと送ったものの返事。
『ありがとうございます。お母様』
『心行くまま、旅を楽しんでください』
返信した。
さて。では、とりあえずは。
「料理の味から、継承しますか」
神狐のことは、後回しだ。もちろん、諦めるつもりなど毛頭ないが。
狐ヶ崎の嫡子には、必ず一匹の狐が憑いているのだという。つまり、兄には、狐が憑いていて、自分にはない。それを何とかしたい。
「それはそれとして」
母の私室へ向かう。襖を開け、机の一番上の引き出しを探す。
あった。花の筆跡で書かれた、古びたレシピノート。何冊もある。
母は、和洋中問わず、貪欲に料理を極めていたらしい。
帰って来たら、手料理を振る舞ってもらおう。
初めて食べる母の手料理に思いを馳せてから、自らが料理を振る舞いたい者のことを想った。絶対に驚かせてやろう、と。
木の根元にもたれかかり、ボロボロの着物だった布切れを纏う青年は、死を悟った。
空腹で、もう動けない。
この後、自分は、どこへ行くのだろう?
極楽浄土か? 地獄か?
可笑しいな。現し世こそ、地獄だ。誰にとっても、自分の存在など塵のようなもの。幽かな存在。
柳を背にして、青年は薄く笑う。
死に際、幻を見た。
尾のない狐が、「コン」と鳴く。
「狐か。おれは、狐ヶ崎の時光」
「コン」
「どうした? 腹でも空いたか? おれは、もうじき死ぬ。食いたければ、食え。いや、食うところなどないか。ならば、玉の緒をくれてやろう」
男は、狐に命を差し出した。それは、魂を差し出すに等しい行為。
稲成空狐は、その戯れを気に入った。
「汝れ、面白いことを言うな。我は、汝れを救ってやろう」
「はは。狐が喋りよる」
いよいよ死ぬか、と。男は思う。
「狐ヶ崎の時光よ、約定を結んでやろう。汝れの血が続く限り、繁栄を授ける」
「繁栄? それより、麦でも粟でもくれよ」
「急くな、時光。汝れの体、借りるぞ」
「好きにしろ。おれはもう、動けん」
狐は、時光の体の中、否、魂の座に座った。
そうすると、男の体には、みるみる精気が宿り、空腹でなくなるどころか、ボロボロの着物さえも綺麗になる。
「いい夢だ。気分がいい」
「現を楽しめ、時光」
「終わらない夢が現なら、そうする」
そうして、狐憑きになった男は、公家に拾われ、呪いを請け負う仕事をするようになった。
この土地の名は、狐ケ崎。後に、男の一族は、“狐ヶ崎”となる。
◆◆◆
時は、令和。薄暗い倉の中に、男がひとり。
狐ヶ崎宵は、家にまつわる古い書物を読んでいた。
知りたいことは、“狐ヶ崎”の始まり。その、三千年以上生きた神狐、稲成空狐の力を借り受ける方法。
しかし、その記述は見付からない。
やはり、氏神の稲成空狐を祀っている神社の倉に行くしかないか。しかし、あそこに入ることは、禁じられている。入れば、空狐の怒りを買う、とも。
「何か、方法を…………」
そこで、メッセージアプリの音が鳴った。
『宵さん、お料理を覚えたいのね』
『私の部屋の机の引き出しに、昔使っていたレシピノートがあります』
『よかったら、私の家の味を継いでほしいわ』
母、花からのメッセージ。少し前に、料理が作れるようになりたいと送ったものの返事。
『ありがとうございます。お母様』
『心行くまま、旅を楽しんでください』
返信した。
さて。では、とりあえずは。
「料理の味から、継承しますか」
神狐のことは、後回しだ。もちろん、諦めるつもりなど毛頭ないが。
狐ヶ崎の嫡子には、必ず一匹の狐が憑いているのだという。つまり、兄には、狐が憑いていて、自分にはない。それを何とかしたい。
「それはそれとして」
母の私室へ向かう。襖を開け、机の一番上の引き出しを探す。
あった。花の筆跡で書かれた、古びたレシピノート。何冊もある。
母は、和洋中問わず、貪欲に料理を極めていたらしい。
帰って来たら、手料理を振る舞ってもらおう。
初めて食べる母の手料理に思いを馳せてから、自らが料理を振る舞いたい者のことを想った。絶対に驚かせてやろう、と。