創作企画「冥冥の澱」
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おにいさま。さいきん、おみかけしないけれど、どうしたのだろう?
わたしは……あれ? わたしは、だれだっけ?
「すいません」
「はい。どうされました? 狐ヶ崎さん」
「きつねがさき……それが、わたしのなまえですか……?」
「え、ええ……」
「あなたは?」
しらないおんなのひと。
「私は、看護師ですよ。戸村といいます」
「かんごしの、とむらさん」
「はい」
わたしは、いったい……?
この、まっしろなへやに、いつからいるのだっけ?
「ここは、どこですか?」
「狐ヶ崎の別宅ですよ。あなたのためのお家です」
「おうち。おとうさまと、おかあさまと、おにいさまは?」
「お兄様は、本宅にいらっしゃいます」
「おにいさまだけ?」
「お父様とお母様は、隠居されて、田舎で過ごされています」
「いんきょ……?」
いんきょってなんだろう?
「あら、もうこんな時間。お昼ご飯を持って来ますね」
「おひる……」
おなか、すいたかな? よくわからない。
ベッドのうえには、スライドさせられるテーブルがある。いつも、ここでしょくじをしていたのだっけ?
「いつも、かぞくでしょくじをしていたのに」
そうだ。おとうさまと、おかあさまと、おにいさまと。しょくじはいつも、かぞくがそろっていた。
「まどのそと。もみじがある」
あかくて、きれい。
「なにか、わたしは…………」
たいせつなことを、わすれているような?
「お昼ご飯、お持ちしましたよ。秋刀魚の骨は、全て取っておきましたからね」
「……ありがとうございます、とむらさん。いただきます」
「どういたしまして。そうそう、今日から新入りのお手伝いさんが来ましたよ。後で、挨拶に来るはずです」
「おてつだいさん」
「まあ、丁度来ましたね」
ドアがひらく。
「失礼します。初めまして、如月と申します。よろしくお願いいたします、狐ヶ崎さん」
「きさらぎさん……よろしくお願いします……」
しらないおんなのひと。きさらぎさんは、おじぎした。
「いけない、お茶を忘れたわ。如月さん、ここをよろしくお願いします。すぐ、戻ってきますから」
「は、はい……!」
きさらぎさんと、ふたりきりになった。
そうだ。わたし。わたしの、なまえ。
「きさらぎさん、わたしのなまえ、なんというのでしたっけ?」
「あなたは、狐ヶ崎さんです……」
「みょうじではなくて、なまえがしりたいのですが」
「あなたは……あなたは、狐ヶ崎翳雄さんです……」
「きつねがさき、かげお?」
きつねがさきかげお。そうか、私は、狐ヶ崎翳雄だ。
“翳雄! 何度言ったら分かるんだ! お前は、狐ヶ崎の次男だろうが!”
“おい、翳雄。お前、狐ヶ崎家の者として恥ずかしくないのか?”
“翳雄さん。母には、あなたをどうすることも出来ないの……”
“翳雄様は、もっと、しっかりしてくれるといいのだけれどね”
“翳雄様には、なぁんにも出来ないのよ”
“愛してるよ、翳雄さん。だけど、さよなら”
「あ……ああぁ…………!」
「ひっ!」
父の叱責。兄の罵倒。母の嘆き。女中たちの陰口。恋人との、別れ。
全部、思い出した。
気持ち悪い。殺した生き物がテーブルに乗っていたから、床に捨てた。
「きゃあっ!」
キサラギさんの悲鳴に、ハッとする。
「ごめんなさい。ごめんなさい。私が馬鹿だから、いつも皆に迷惑をかけて……!」
「か、翳雄さん、落ち着いてください。あなたは……あなたは、私のあ……の……恋人だった……だから、私は……を助けたくて……」
聴こえない。何も、聴きたくない。
私は。わたしは、どうして、あのひとを、まもれなかったのだろう……?
◆◆◆
おにいさま。さいきん、おみかけしないけれど、どうしたのだろう?
わたしは……あれ? わたしは、だれだっけ?
「すいません」
「はい。どうされました? 狐ヶ崎さん」
「きつねがさき……それが、わたしのなまえですか……?」
「……ええ」
「あなたは?」
しらないおんなのひと。
「私は、看護師です。戸村といいます」
「かんごしの、とむらさん」
“初めまして、如月と申します”
「あれ? きさらぎさん、ではなくて?」
「そんな名前の人は、ここにはいませんよ」
「そうですか…………」
なにか、わたしは、たいせつなことを、わすれているような?
どうしても、おもいだせないのだけれど。このさみしさは、いったいなんなのだろう?
わたしは……あれ? わたしは、だれだっけ?
「すいません」
「はい。どうされました? 狐ヶ崎さん」
「きつねがさき……それが、わたしのなまえですか……?」
「え、ええ……」
「あなたは?」
しらないおんなのひと。
「私は、看護師ですよ。戸村といいます」
「かんごしの、とむらさん」
「はい」
わたしは、いったい……?
この、まっしろなへやに、いつからいるのだっけ?
「ここは、どこですか?」
「狐ヶ崎の別宅ですよ。あなたのためのお家です」
「おうち。おとうさまと、おかあさまと、おにいさまは?」
「お兄様は、本宅にいらっしゃいます」
「おにいさまだけ?」
「お父様とお母様は、隠居されて、田舎で過ごされています」
「いんきょ……?」
いんきょってなんだろう?
「あら、もうこんな時間。お昼ご飯を持って来ますね」
「おひる……」
おなか、すいたかな? よくわからない。
ベッドのうえには、スライドさせられるテーブルがある。いつも、ここでしょくじをしていたのだっけ?
「いつも、かぞくでしょくじをしていたのに」
そうだ。おとうさまと、おかあさまと、おにいさまと。しょくじはいつも、かぞくがそろっていた。
「まどのそと。もみじがある」
あかくて、きれい。
「なにか、わたしは…………」
たいせつなことを、わすれているような?
「お昼ご飯、お持ちしましたよ。秋刀魚の骨は、全て取っておきましたからね」
「……ありがとうございます、とむらさん。いただきます」
「どういたしまして。そうそう、今日から新入りのお手伝いさんが来ましたよ。後で、挨拶に来るはずです」
「おてつだいさん」
「まあ、丁度来ましたね」
ドアがひらく。
「失礼します。初めまして、如月と申します。よろしくお願いいたします、狐ヶ崎さん」
「きさらぎさん……よろしくお願いします……」
しらないおんなのひと。きさらぎさんは、おじぎした。
「いけない、お茶を忘れたわ。如月さん、ここをよろしくお願いします。すぐ、戻ってきますから」
「は、はい……!」
きさらぎさんと、ふたりきりになった。
そうだ。わたし。わたしの、なまえ。
「きさらぎさん、わたしのなまえ、なんというのでしたっけ?」
「あなたは、狐ヶ崎さんです……」
「みょうじではなくて、なまえがしりたいのですが」
「あなたは……あなたは、狐ヶ崎翳雄さんです……」
「きつねがさき、かげお?」
きつねがさきかげお。そうか、私は、狐ヶ崎翳雄だ。
“翳雄! 何度言ったら分かるんだ! お前は、狐ヶ崎の次男だろうが!”
“おい、翳雄。お前、狐ヶ崎家の者として恥ずかしくないのか?”
“翳雄さん。母には、あなたをどうすることも出来ないの……”
“翳雄様は、もっと、しっかりしてくれるといいのだけれどね”
“翳雄様には、なぁんにも出来ないのよ”
“愛してるよ、翳雄さん。だけど、さよなら”
「あ……ああぁ…………!」
「ひっ!」
父の叱責。兄の罵倒。母の嘆き。女中たちの陰口。恋人との、別れ。
全部、思い出した。
気持ち悪い。殺した生き物がテーブルに乗っていたから、床に捨てた。
「きゃあっ!」
キサラギさんの悲鳴に、ハッとする。
「ごめんなさい。ごめんなさい。私が馬鹿だから、いつも皆に迷惑をかけて……!」
「か、翳雄さん、落ち着いてください。あなたは……あなたは、私のあ……の……恋人だった……だから、私は……を助けたくて……」
聴こえない。何も、聴きたくない。
私は。わたしは、どうして、あのひとを、まもれなかったのだろう……?
◆◆◆
おにいさま。さいきん、おみかけしないけれど、どうしたのだろう?
わたしは……あれ? わたしは、だれだっけ?
「すいません」
「はい。どうされました? 狐ヶ崎さん」
「きつねがさき……それが、わたしのなまえですか……?」
「……ええ」
「あなたは?」
しらないおんなのひと。
「私は、看護師です。戸村といいます」
「かんごしの、とむらさん」
“初めまして、如月と申します”
「あれ? きさらぎさん、ではなくて?」
「そんな名前の人は、ここにはいませんよ」
「そうですか…………」
なにか、わたしは、たいせつなことを、わすれているような?
どうしても、おもいだせないのだけれど。このさみしさは、いったいなんなのだろう?